君がための愛を!
我が身を知る
両親?
それは織田社長の事ではない。けれど、思い当たらないのだ。私の記憶の一番昔は、あの無関心な人混みと私を見下した織田社長。
「……いらない、です」
実にきっぱりと、出て来たその言葉に綺麗な人は目を眇て口元を歪ませた。でも直ぐに、また貼り付けたような笑みを浮かべる。
「…もしかして君は、自分がどんな姿をしているか知らないんじゃないかな?」
「…っ!止めてくれ半兵衛!」
急に、緊迫した慶次さんの声がした。どうして、どうしてそんなに苦しそうなの?
私、どんな顔をしているの?
うっそりと笑みを深くした綺麗な人は、見惚れてしまうような動作で私の前に跪いて、懐から手鏡を出した。
「よく見てごらん、遠梨ちゃん?君は……」
「……、」
にわかには、信じれなかった。そこにいたのは、確かに私なのだろうけれど。
灰緑の目が、キョトンと私を見つめ返していた。
そして、日本人にしては明るい髪の色。
「……異人さん…」
「そう、そうだよ。君はね…仏国の貿易商人と娼婦の、」
「止めろって言ったろ!」
慶次さんが、私を抱きかかえて綺麗な人……半兵衛さんを睨んだ。きっときっと、怖い顔をして居るんだろうけれど、半兵衛さんは普段と同じように笑っていた。
「君のお父さんがね、君に会いたがっているみたいなんだ。母親の方はもう死んでしまってるらしいんだけど…」
「……っ」
「会ってあげないのかな?」
怖い。
私は、
私は、
「君の、たった一人の家族なんだよ?」
私は織田社長の、
「…どうしたい?」
耳元で、慶次さんが囁いた。
冷や汗をかいて震える私を心配そうに見ながら、それでも『選べ』という。
「俺は、アンタの執事だからさ」
「……」
「アンタを守るよ」
例え望まれてなくてもね、と茶目っ気たっぷりに微笑む慶次さんに、私はホッとして泣き出しそうになる。
今は嫌だった。
じぶんが、一気に分からなくなってしまったから。
今の私は、あまりに不完全過ぎて。
走り出した慶次さんの胸に頭を押し付けて、ただただ怯えている事しか出来なかった。
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