朔の夜に咲く 3 【信州(上空)】 「ぎぃいやぁァアアっ!」 グラッチェ!咲耶だよ! いま、私はーーー 命綱のない、ホンダム的ジェットコースターに乗ってる。そんな気分です。 「いやぁあっ!家康!死ぬわぁあっ!」 「ん?そうか?」 家康はケロッとした顔で、咲耶の体が飛んでいかないように、抱え込んだ。 「そ、それに、寒いし!」 高所、ジェットコースター並早さ。殺す気かーっ けれど、家康はわざとらしく「ん?なんだ?」と聞き返す。顔が、近くなる。 「っだから、寒い…いや、良いです。ドリームの主人公的カンで、なんだか危険を察知しました」 家康と密着してるだけでも嫌なフラグ立ってるんだぜ! 逃げ場ねぇし! 慶次は、今頃…信州の山中を徳川軍の本隊と一緒に超えている頃だろう。 咲耶も最初は、そうしたかったが徳川が「逃げるかもしれん」と、釘を打ったのだ。 実際、慶次は隙あらば咲耶を連れて逃走しようと考えていた。 「慶次…」 安心できる人だ。 良い意味で。 ***** 【信州(山中)】 「へっくしゅん!」 慶次はひとつ、大きなくしゃみをした。その反動で夢吉が落ちそうになる。 「大丈夫ですか、前田殿」という徳川軍の兵の問いかけに、慶次はニカッと笑って、 「はは、恋の噂かねえ!」とその場を和ませた。 えもいわれぬ、緊張感が徳川軍を支配していた。 「…まさか、石田軍が信州に来てるなんてなぁ」 慶次が、ぽつんと呟いただけで 兵達の表情が強張った。 それに、苦笑する慶次。 「さすがは、凶王なんて呼ばれてるだけはある…」 ちょっと前に、ここいらでは伊達と真田が戦ってたらしい。 理由は、実は『咲耶』を巡ってらしいとか、かすがちゃんは言っていた。 それをめがけてか、否か。 関東から、はるばる石田軍はやって来た。 それを知って、真田と伊達は引いた。戦を引くほど、石田軍の名には威力があるらしい。 「こりゃあ、札に『石田』とでも描いて、玄関に飾れば魔除けになるね!」 「キキィ」 浮かれたように話す慶次だが、その頭ではこれからの身のふりを談議していた。 ーーと、 「…!前田殿!あれを…!」 緊迫した、徳川の兵の声に。 慶次は笑顔のまま「なんだい」と視線を向けた。 ……あぁ、あの背中は。 いつかの俺に似ていると、 慶次は思った。 山中からの遠目でも、よく分かる。 信州の平野を行くあれは… 「石田三成…… 豊臣秀吉の忘れ形見か…」 [*前へ][次へ#] [戻る] |