優しい愛し方 3 なんだこれは。 最初に思ったのはそれだった。 朝御木を起こさなければならない征生は女をホテルに置き去りにし、一人帰宅した。 そして見た御木の姿に驚愕した。 全身の痛ましい傷が何の処置もされず放置されている。 征生は怒りを抑えて、ひとまず御木の治療に当たった。 ぼろぼろの服を脱がせ、洗濯機に投げ込み、救急箱を片手に寝室へ戻った。 目の前に裸の御木がいるにもかかわらず、征生は何の興奮もしなかった。 それもそのはずだ。 なぜなら、御木の身体には自分ではない男の痕がたくさん付いていたから。 征生はただ悲しくなるだけだった。 しかるべき処置をし、そっと服を着せ部屋を後にした。 胸のうちに燻るのは醜い嫉妬と、激しい怒りだった。 征生はその感情をどうする事も出来ず、ただやり過ごすしかなかった。 目が覚めると、体が軽かった。 眠ったおかげで疲れが取れたのだろう。 御木はそう思い、ゆっくり起き上がった。 そして自分の身体に処置が施してある事に気が付き驚いた。 征生だ。 そう思った。 征生に自分がしくじった事がばれてしまった、そのことが気になったが、まずはお礼を言うべきだと思いリビングへ向かった。 まだ外は薄暗く、時計を見ても5時少し過ぎたくらいだった。 御木がリビングに着くと、征生はソファで寛いでいた。 「傷はどうだ、ミキ」 いきなり本題に入られて御木は少し驚きつつ征生に答えた。 「良い感じ、あの・・・ありがと」 「フン、お前が誰と寝ようが勝手だが、相手はちゃんと選んだほうが良い」 突き放す言い方に御木はショックを感じつつ征生の目を見返した。 そこには激しい怒りがあった。 それを見てやっと自分が彼を怒らせるようなことをしたことを自覚した。 「ごめん」 御木は征生の目が怖くて、つい目を逸らした。 そしてそれは、征生がさらに怒る原因となった。 「もういい」 征生はそう言い放つと、部屋から出て行った。 残された御木は愕然と、自分は征生を傷つけてばかりだと思った。 思えばいつも征生を傷つけている。 自分は何故征生といるのだろう。 利害の一致、それで締めくくるにはあまりにも二人の距離は近く、そして遠かった。 御木はため息をつき、寝室へ戻った。 空が薄く明るんでいる。 この時間は征生にとって癒しだった。 外へ出ても、ジョギングしている人間がたまにいるくらいで、ほとんど人なんかいやしない。 そして何より静かなのだ。 夜の静けさとは違った澄んだ静けさが此処にはある。 頭を冷やすにはうってつけだった。 「大人気ないのか、俺は」 誰にゆうでもない独り言は空気に振動し、やがて消えた。 征生は自嘲気味に笑い、車に乗った。 『悲しい事があったならね、海を見れば良いんだよ』 それはいつか御木が征生に言った言葉。 それ以来征生は悲しい事や抑えきれない怒りを抱えるとたびたび海を見に行っていた。 大学生になった今でも征生はその習慣を続けていた。 征生の中で御木はかけがえのない存在なのだ。 無くてはならない、自分を構築する一部、いや、征生の全ては御木のためにあった。 しかし、それは御木の重圧にしかならない。 そのことを征生は理解していた。 だがどうしても、御木の中に自分という存在がいて欲しかった。 御木にとってもかけがえの無い存在になりたかった。 しかし、征生の壊れた心は、正しい二人のあり方が分からず、友情をゆがめてしまった。 今のこの奇妙な関係を作ったのは紛れも無く自分だというのに、征生はただただ、悲しかった。 高校生のあの日、確かにあった友情は、簡単に崩れてしまった。 御木が彼女さえ作らなければ、そう思わずにはいられなかった。 「ミキが、悪い」 潮風は目にしみて、征生は静かに涙を流した。 [*前へ][次へ#] [戻る] |