美しい化け物
6
When the wind lies in the east,
"Tis neither good for man nor beast;
When the wind lies in the north,
The skilful fisher goes not forth;
When the wind lies in the south,
It brows the bait in fishers'mouths;
When the wind lies in the west,
Then'tis at the very best.
風が東よりに吹いているときは
人にも獣にも良いことがない
風が北よりに吹いているときは
腕利きの漁師も漁をしない
風が南よりに吹いているときは
魚でさえ餌を吹き飛ばされる
風が西よりに吹いているときは
誰にとっても万々歳
「意味の分からない歌詞だよね」
「どうして」
「西以外は皆駄目なんだよ、西である意味は?もしかして偏西風万歳なうたなのかな」
「京は意味も分からない歌を歌ったの」
「そーだよ、マザーグースの意味なんて、知らない、でもじゃあ聞くけど、日本人は洋楽を聴くときわざわざ意味まで理解して聞いてるの?」
「知らない」
「遼は、どうなのさ」
「俺は、feelingだから」
「ほら、遼だって意味は考えてない」
「そうだね」
「一般論で言えばあれは歌というより音って云った方が正しいらしいね」
「音の定義にもよるけどね」
「全部ひっくるめて一般論で考えるのさ」
「ああ、そう」
「遼は本当に皮肉屋だね」
「京も人の事いえない」
「そう?」
不意に浮かんだこの歌は僕が幼稚園生の頃に祖父が聞かせてくれたものです。
祖父も意味なんて考えていなかったでしょう。
僕も考えていないのですから。
「・・・なんか、騒がしいね」
不意に、それまで雑音として考えていた喧騒が気になりました。
廊下の方が騒がしいのです。
今は昼休みなので騒がしいのはいつものことですが、なぜか気になりました。
遼は相変わらずの無表情です。
まだ人間失格に夢中のようで、文庫本から視線を外しません。
集中しているのかこの喧騒も気にならないようです。
「ねぇ」
「は、はいッ」
適当に近くにいたクラスメイトに声をかけると事情を聞きました。
クラスメイトはなぜか顔を紅く染め落ち着きがありませんでした。
「美少女?」
「うん、二年生の美少女が教室まで来たらしいんだ」
「あ、みーつけた」
扉の方を向くと昨日の女の子がこちらに向かって手を振っていました。
僕は自分の顔が歪まないよう勤めました。
そうでなければ、この群集の前で醜悪な顔をさらしてしまうからです。
女の子は迷わずこちらに歩いてきました。
そして僕の前で立ち止まりました。
「ああ、近くで見るとそっくり」
彼女はおそらく僕と、遼の容姿のことを言っているのでしょう。
ますます不愉快になりました。
僕は美しい彼と違い醜悪な顔をしています。
そっくりなどと言われる筋合いはないのです。
「桜蘭」
それまで黙っていた彼がいきなり彼女の名前らしき言葉をつぶやきました。
彼女は桜蘭というそうです。
「なんですか、先輩」
「何故来た」
「だって気になったんですもの」
「帰れ」
「まあ、つれない」
彼女はさして傷ついた風でもなく肩をすくめて帰っていった。
そして最後に振りかって僕に手を振ってきました。
よく分からない子だな、と愕然と思いました。
「あいつには関わるな」
珍しく彼はおこっているようでした。
仲がよいのではないのでしょうか。
ああ、それとも、彼女が僕に手を振った事が気に入らないのでしょうか。
それなら納得がいきます。
「僕みたいなのは、そうじて関わる事はないよ、美しい人とはね」
彼は眉を寄せました。
無表情の彼が、眉を寄せたのです。
その行動で僕は悟りました。
彼の中では彼女もまた、醜い存在なのだと。
それが分かると、なぜか心が急に楽になりました。
「京」
「何」
「お前は醜い」
「ああ」
「俺も醜い」
「ああ」
「あいつも醜い」
「ああ」
「これは俺たちの罪だ」
「ああ」
可哀想な遼。
その罪から逃れようともがく様は彼にしては珍しく滑稽に映りました。
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