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美しい化け物
9
How many miles is it to Babylon?
 
Threescore miles and ten.
  
Can I get there by candle-light?
  
Yes, and back again!
  
If your heels are nimble and light,
  
You may get there by candle-light.




バビロンまでは何マイル?
  
60と10マイルさ
  
ろうそくの灯りをたよりに行けるかしら
  
ああ行って戻ってこれるさ
  
君の足が軽くてすばしこいなら
  
ろうそくの灯りをたよりに行ってこれるさ




「バビロンね...」

「どーしたの」

「いや、世界史で丁度バビロン捕囚についてやったからさ」

「ユダ王国が新バビロニアのネブカドネザル2世に滅ぼされたやつか」

「そうそう、その後アケメネス朝に滅ぼされてイェルサレムに神殿建ててユダヤ教を完成させるやつね」

「だからバビロンまで何マイル歌ったの?」

「深い意味はないって、何時もいってるだろ」

「ああ、そう」

僕も彼も世界史を選択している。
日本の歴史は確かに興味深いが、それより外国の、特に西洋の歴史に興味があったからです。
彼は特にどちらでもよかったようですが、僕に合わせて世界史を選択したようです。
いつも退屈そうに授業を受けているのを見かけます。
彼はノートを開き、そして教科書をたて、そこに文庫本を隠して読んでいました。
僕の知る限り、彼は退屈を嫌う男でした。
だからでしょう、毎日何かしらの文庫本を持ち歩いていました。
そして退屈と判断したらその文庫本を読むのです。
彼が僕といる大半の時間は本を読んでいます。
僕たちは意味のある会話はあまりしません。
だから彼は本を読むのです。
そして今も、熱心に読んでいるようでした。

「あら、先輩方」

突然後方から声をかけられました。
この鈴を転がしたような声は、間違いなく彼女です。

「ジョリーン」

「まあ、本当にそう呼ぶのですね」

「桜蘭」

彼は彼女に気が付くと文庫本から目を離しました。
そして無表情に彼女を見つめました。
この時間の電車というものは人があまりいません。
だからその視界に不純物を捕らえることなく見詰め合えるのです。
二人が見詰め合う様は僕が嫉妬を覚えるほど美しいものでした。
ああ、今すぐ二人の間に飛び込んでその美しい光景を台無しにしたい。
分かっています。
そのようなことをしても無駄だという事は、誰よりも。
しかし、思わずにはいられないのです。
浅ましく、自分の価値を棚上げにし、彼女から彼を奪いたい。
そんな勇気も、力も、資格も無いくせに、そう思うのです。

「用は何だ」

「あら、ふふ、用事が無ければ声をかけては駄目なのですか?」

「・・・」

「見ておかなくてはと、思ったんです」

彼女は絞るような声で言いました。

「美しいお二人が、一緒にいるのを見つめられるうちに・・・」

彼女は僕たちがいつかわかれそれぞれの道を歩む事を、恐れているようでした。
苦しそうなその顔でさえ哀愁が漂い美しかった。

「先輩方が、先輩でいてくれるのは、もうあと一年しかないんです」

「・・・」

彼は黙って文庫本に視線を戻しました。
僕はただそんな二人を見つめる事しか出来ませんでした。

「見つめる事ぐらい許してください」

苦しそうなその声は、彼女もまた何かにとらわれ苦しんでいる事を伝えてきました。

「俺たちは、醜い」

それまで黙っていた彼は本から顔を上げず平生と変わらない口調で言いました。

「美しくなんか、ないんだ・・・だがもし、美しいというなら、それは罪だ」

「ええ、ですが・・・先輩方を美しいと、云わせてください、この目に、貴方たちを焼き付けたい・・・それが罪だとしても」

夕日が差し込む車内には僕たち以外人はいなかった。
美しいことは罪だと、彼は言いました。
美しい彼と醜い僕を見つめる事が罪だと、彼女は言います。
僕たちは同じ罪を背負っています。
この罪から開放される日は、来るのでしょうか。
来ないかもしれません。
ですが、予感がするのです。
彼はこの罪に縛られている事を良しとしません。
何かを、考えている気がするのです。
それはとても恐ろしい事なきがして。
ああ、どうかこれがただの予感で終る事を、僕はただ願いました。






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