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short novel
無からの罪
眩しすぎた光
そんなに照らさないで
私の汚さが
見えてしまうから






世の中っていつも残酷よね。
神様なんか信じないわよ。だって、私には苦しみしか与えてくれないんだもの。
月が灰色に濁った雲の隙間から私を照らす。
今日も孤独という二文字に怯え、静かに涙を流している私を。




「ねぇ、澤田さんのお父さんって刑務所に入ってるの?」
クラスの子が私に冷ややかな視線を向けながら尋ねてきた。その目はまるで私が自分とは全く違う生きもので、ここに在ってはいけないのだといっているよう。
「・・・そうだよ。」
私は平然を装いながら答える。
「・・・ふ〜ん。」

嫌だ。そんな目で見ないでよ。私を蔑まないでよ。

その子はそう言った後、さっさと友達のところへ戻っていった。
あぁ、どうせ今のことを話しているのでしょ?ちらちら見ないでよ。ばれてないとでも思ってるの?
席を立った私はまっさきにトイレへと駆け込んだ。勢い良く扉を開いて中に入り、ぶつかるようにして扉を閉めた。
そして膝からがくっと崩れ、声を押し殺しながら泣いた。
まただ。やっぱりだめなんだ。私は汚れてるの?
なぜ?なんでよ!!


中学二年生の夏、私の父は殺人者となった。
それは決して変えることの出来ない真実。

私は殺人者の娘となった。
その事件はすぐに全国に知れ渡った。
もちろん、私の通う中学の全ての人にも知られた。
おもしろかった。あぁ、人ってこんなにも簡単に変われるものなんだ。
皆の態度はそれはそれは冷たいものだった。
殺人を犯したのは私ではないのに。
無視されるくらいならまだ耐えられた。予想していたことだったし。
でも人はだんだん追い詰めることに快感を覚えるのね。その後いじめはだんだんとエスカレートしていって、最終的には死にかけたりしたわ。
あの時死んでたら楽だったかもしれないね。


母も頭がおかしくなっていた。私は週に一度母を精神科に連れていった。
私も母のように何もわからないぐらい狂ってしまえば良かったのに。





中学三年生になるとほぼ毎日家にこもり、学校には行かなかった。
それでも、なぜか私は高校受験を受けた。
そして合格してしまった。 祖父母が「受けるだけ受けてみたら?」と言ったからかしら。

正直、私は期待したの。受かった高校には知り合いが一人もいなかったから、もしかしたらやり直しがきくかもしれない。
ま、結局は甘い考えだったのよね。
最初の一ヵ月は楽しく過ごせた。友達も少しできて、誰も私を見下す人はいなかった。




その後の状況がこれよ。私は泣き腫らした目でトイレを出た。
その時、一人の女子生徒とすれ違った。
私は下を向いたままだったから当然その生徒の顔は見えなかった。
が、いきなり私の体はがくんと落ちて床に倒れこんでしまった。
立ち上がろうとしても力が入らない。
まわりのざわざわした声が聞こえた。

「大丈夫?」

声をかけてくれたのは眠そうな目をした女の子。
肩まである金色の髪が光にあたっていて眩しかった。 私は俯き黙ったままでいた。しかし突然床から体が遠ざかった。驚いて顔を上げると、私は女の子によって立たされていた。
「とりあえず保健室行こう。」




「あの・・・あなたは?」廊下を保健室へと歩いている最中、私は勇気を振り絞って聞いてみた。
「うちは新島千春。あんた澤田郁ちゃんやろ?えらい噂広まってるなぁ。」
この子、それ知ってて助けてくれたの?
「なぜ?私が殺人者の娘って知ってて・・・」
「関係ないやん。だって人殺ししたんは澤田さんじゃないやろ?」
開いた口が塞がらない。こんなこと言われたことがない。私が欲しかった言葉をいとも簡単に言ってしまうこの子っていったい?


「着いたで〜あ、先生おらんなぁ。とりあえずベットで寝とき。」
そういうと新島さんはベットをとんとんと叩いた。
私はおとなしく布団をかぶりしばらくぼーっとしていた。
「んじゃうちは教室戻るから。澤田さんとこのクラスの人に伝えとくなぁ。」
扉をガラッと開いた新島さんに、私は「待って!」と叫んだ。
新島さんはくるっとこちらを向き眠そうな目で私を見ながら「何?」と尋ねてきた。
「ありがとう。」
少し上ずった声でお礼を言うと新島さんはくすっと笑った。
「いえいえ。」



布団にくるまりながらずっと考えていたことは、新島さんにもらった言葉。なんの抵抗もなく手を差し伸べてくれたことが嬉しくて嬉しくて。心にぽっと明かりが灯ったようだった。




「澤田、体大丈夫か?」
目が覚めた時には授業はすべておわっていた。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだわ。
「はい、大丈夫です。では失礼します。」

職員室の立て付けの悪い扉をガラガラと音を立てながら閉め、教室へと足を運んだ。
ちょうどその時、廊下の向こうに新島さんを見つけた。新島さんも私に気付いたようで、こちらに小走りしてきて「よーなった?」とふわふわした声で言ってくれた。私はこくんと首を縦に振り、もう一度お礼を言った。
「今から教室いくん?」
「うん、荷物とってこないといけないから。」
新島さんは私から目を逸らしながら、「まだいかんほうがええよ」と呟いた。
「え?」
「ちとまっとって!うちがとってくるから。」
そう言いすぐさま走りだした新島さんに、私は何も尋ねることができなかった。


数分して新島さんが私の鞄と自分の鞄を両手に持って戻ってきた。
けれど私の鞄にはなかったはずの傷や汚れができていた。
「・・・ごめんな、遅くなっ「ありがとう!」
手にぎゅっと力を込め、涙を流すまいと頑張ってみたものの、床には水の粒がてんてんとしていた。
俯いたままの私の頭に手を置き、新島さんが「いいんよ」と言った声は深く深く私の心に響いた。




夕日を眺めながら、私たちは近くを流れる川の土手に座っていた。
「・・・ごめんね。」
絞りだした声は思った以上に小さかった。
「何が?」
「気を遣ってくれたのよね?まぁ、覚悟してたことだから・・・いじめ。今までもあったことあるし。でも・・・教室に入る勇気は出なかったかも・・・ありがとう」
「いいんよ。」

その後私の間に静けさが戻ってきた。




「・・・やっぱそうや。」
沈黙を破ったのは新島さんだった。

「澤田さん、あんた自分を正当化してるだけやろ?」
一瞬頭が真っ白になった。言い返そうとしても言葉が出てこない。

「・・・負けてるんよ、自分に・・・受け入れてへん、自分を・・・」

ぽつりぽつりと新島さんの口から零れる言葉が私の奥底に落ちていく。

「・・・どんな過去があるのかは知らん。けどな、それじゃ周りの人が理解できひんのも当たり前や。うちもそうやったもん。」

「・・・え?」

「うちも色々苦労してきたんよ。だからわかる。難しいねん。どんなに残酷な真実でも事実。頭で分かってても心はわかってくれへん。だから心を閉じ込める。周りのせいにして自分を保とうとするんよ。」



その通りだった。今までは無意識だったからまったく気付かなかったけれど、人に言われて初めて気付いた・・・。


「・・・ご、ごめんなさい。怖くて・・・自分が殺人者の娘だってことが・・・まるで他人のことみたいに思えて・・・誰かが私を責めてくれないと忘れてしまいそうだったの・・・」

震える手も、途切れてばかりいる声さえも、自分のものだという実感がない。
私は?
私はどこにいるの?

「・・・お疲れさん。」

ただ震えるばかりの手に、新島さんの温かい手が重なっていた。

「もう大丈夫やで。あんたはあんたや。誰でもない。ただ一人しかおらん。あんたはここにおるんよ?うちが握ってるこの手も、汚れてなんかない。」

苦しいくらい膨れ上がった思いが弾けて、私は声をあげながら泣いた。まるで小さな子供が迷子になって、誰かの助けを求めるみたいに。






ありがとう       光はいつも
私を励ましていたのね
一人じゃないよと
教えてくれていたのね

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