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short novel
二度目の夏を・・・   (後編)
和樹の落ち着いた優しい声を合図に、舞の目頭は熱くなり、無数の涙の線が頬にできていた。和樹はいきなりの出来事に多少動揺しながらも、「どうしたの?」となるべく穏やかに、まるで小さな子をあやすように囁いた。

「・・・その本の主人公は私ですね。」

哀しげにほほえむ舞はとても痛々しかった。

「・・・え?」

「私・・・記憶障害なんです。今まで黙っていてすみません。ほら、和樹に教えてもらったこと、次の日には忘れちゃってて。あんなに頻繁に忘れるなんて・・・不思議に・・思いましたよね?私・・・そろそろ壊れちゃうのかもしれません・・・そんな・・気がするんです。症状だって確実に進んでいて・・・今も・・・私の気付かないところで・・・・記憶が・・なくなってる・・・」

ぎゅっと握り締めた拳には、いつの間にか涙が落ちていて・・・唇を噛むようにして、彼女にはあまりにも重すぎる影を押し潰されないように必死に耐えている。
「私・・・いずれあなたのことも・・・思い出せ・・っなくなって・・・しまう。そしたら、きっと和樹を傷つけてしまう!私のせいで誰かが悲しむのはいやなの・・・みんなには笑顔でいてほしい・・・」
舞は、視線を下に落としながら話を聞いている和樹を見た。彼は言葉では表しきれないくらい複雑な、はかなげな顔をしていた。 「お願い、そんな顔しないで。私のせいですよね?私が和樹を悲しませてしまっているのでしょう?」
舞は不思議そうにそう和樹に尋ねた。

和樹は一呼吸し、ゆっくり舞と目を合わせた。

「・・・違うよ。俺が悲しんでるわけじゃない。舞が傷ついてるんだよ。一番悲しい思いをしているのは君だよ。」

「・・・私?」

舞は少し赤くなった目を開いて首を傾げた。
「なぜ?今悲しそうな顔をしているのは・・・」
その時、舞は和樹の瞳に映る自分の顔を見た。
「あ・・・」
光りのなくなっている目はまるで暗闇でも見ているよう。
途端に、今まで抱えてきたものが姿を現した。
「・・・恐い。本当は・・・みんなが傷つくのが怖いんじゃなくて・・・自分が傷つくのが・・怖いんだ・・・記憶のなくなった私は、そのことにさえ気付かずに・・・生きていくけれど、私じゃないみたいで・・・夜は独りきりのベット・・・暗闇が恐ろしくて・・・目をつぶったら何もかもわからなくなって・・・いるんじゃないかって!どうせ忘れてしまうのなら・・・極力人とかかわらないようにしようって・・そう決めてたはずなのに。あなたは拒絶できなかった!もちろん、できることならすべて覚えていたい!!でも・・・それが無理なら・・せめて・・・和樹のことは忘れたくな・・・・!」その瞬間、舞は和樹の腕の中にいた。無意識のうちに、舞はまた泣いていたみたいで、和樹の服が涙で濡れてしまっていた。
「もう・・・いいよ。わかったから・・・独りで淋しかったよね。苦しかったよね。でも、俺はずっと君のそばに・・舞と一緒にいるよ。君が記憶を失ってしまうのなら、俺が全部覚えていてあげるから。」
和樹は舞を抱き締める腕の力を更に強くした。
「でも・・・」
舞が何か言おうとしたけれど、それを遮って和樹が言葉を発した。
「・・・舞がなんといおうと、俺は舞のそばにいる。」
涙がつぎつぎにあふれてきてしまい、舞はただただ和樹の服を握り締め、泣き続けた・・・。



舞は泣き止み、二人は沈黙の中にいた。けれどそれは決して悪いものではなく、落ち着いた、気持ちの良い静けさだった・・・。 と、その時―――

ダダダダ・・・
バンッ!!!

「舞!?!?」
扉を思いっきり開いて入ってきたのは、舞の両親の忠彦と陽美だった。
「・・・お母さん?」
息の上がった陽美のあとに続いて、少々取り乱した父・忠彦が入ってきた。
「・・・お父さん?」
舞は慣れない様子で二つの言葉を呟いた。
和樹は場の雰囲気を読み、舞に笑いかけてから病室をあとにした。

和樹のとは違う空気の重い沈黙・・・。その沈黙を破ったのは意外にも忠彦であった。

「・・よかった・・・」
忠彦はそう言うと、舞のいるベットのそばに来た。それに従って、陽美も目に涙を浮かべながら寄ってきた。

「・・・今まで、本当につらい思いをさせた。」
忠彦の目にも薄らと涙が見え、陽美は堪えきれなかった涙を頬に伝わせている。「・・おまえにはこれが一番なのだと思ったんだ。私たちの顔など、二度と見たくないだろうと・・・そう思っていた・・・だから、会いたくても会わずにいた。おまえを苦しめたくはなかったのだ。だが、私たちはどうやら間違っていたらしい。現実から逃れようとしていただけだった・・・おまえの過去の話をしよう。それでおまえが自分を取り戻せるのなら・・・」


舞はとても明るい子で、優しく、しっかりした子だったらしい。
事故に合ったのは今から半年くらい前――― その頃舞は、丁度受験を迎えようとしていた。受験が間近だという緊張と焦りで、舞はかなりストレスが溜まっていた。それに加え、教育熱心な忠彦と陽美は、舞に少し強めの励ましの言葉をかけていた。もちろん本人達は、まさか舞を逆に追い詰めていることに気付いていなかったのだが。

ある夜、体調を崩してしまった舞は、二階の自分の部屋で寝ていた。目を覚ましたのは夜中の一時過ぎ―――。
舞はくらくらする体で、水を飲みに一階へと下りていった。まだリビングの電気がついていた。ドアノブに手を置いた時、忠彦と陽美の少し低い声が聞こえた。舞はそのままの態勢で、二人の会話に耳を傾けていた。
[やっぱり本人に言うべきじゃないかしら?こうしついたっていつかばれてしまうわ。まわりは私たちのこと、疑っているもの。]
[いや、できるだけ真実を明かすのは遅いほうがいいだろう。                    例え、あの子が私たちの本当の娘ではないことがばれたとしても・・・]

舞は最後の言葉が理解できなかった。
(私は・・・二人の子供じゃない・・・?)
その途端、舞は頭が真っ白になってしまった。今まで私は二人に嘘をつかれていた。そして、真実はとても残酷なものだったのだ。
気付くと、舞は自分の部屋に戻っていた。頭の中はぐちゃぐちゃで、何を信じたらいいのかわからなくて、舞は一人、涙を流した。
それから数日しても、舞の頭は思うように動かず、どんどん時間が過ぎていくだけだった。そんな舞を見て、両親は舞を叱った。
[おまえ受験はすぐ目の前だぞ!?しっかりしなさい!!そんな怠けた子はうちの子ではない!!]
[・・・だって・・私はあなたたち二人の本当の子供では・・・・ないのでしょう?]
舞のこの問いに、忠彦と陽美は顔を青ざめ、目を大きく開いていた。
[・・なんで隠していたの!?私は何なの!?!?あなたたちは誰よ!!!もうわからない!!!!]
舞はそう叫ぶと玄関へと走り、家を飛び出していった。二人は舞を追い掛けなかった。いや、追い掛けることができなかった。



「そしておまえは事故にあった。赤信号を無視して渡ったおまえは自動車に思い切り飛ばされたそうだ。」三人とも涙を拭こうとはしなかった。
「・・・なぜ追い掛けてくれなかったのですか?」
「おまえを追い掛けたとしても、私たちにはおまえにかけてやれる言葉が見つからなかった。何をどう言ったって、事実はかわらない・・・」
泣きじゃくっていた陽美がどうにかこうにか落ち着きを取り戻し、舞の手を握った。
「今更遅いけれど、私たちは舞を愛してるわ。血が繋がっていなくても、あなたは私たちの自慢の娘だもの。この言葉をもっと早く見つけていればよかったのにね。そしたら舞をこんな辛い目にあわせずにすんだのに・・・ごめんなさいね・・・舞・・・。」
舞の手をぎゅっと握る陽美の手は震えていた。
「お母さん・・・お父さん・・・私、二人の娘でいていいですか?また三人でごはん食べたり、お話したりしても・・・いいですか?」
忠彦が陽美の手に自分の手を重ね、舞を見て「当たり前だ。」と言った。   「ありがとう・・・私たちを、おまえの親でいさせてくれて・・・」



 舞は翌日、笹山に昨日あったことをすべて話した。「そうか・・・よかったね。俺もすっきりしたよ。」「はい、昨日の夜はあの悪夢も見ませんでしたし。自分でも、何かが変わったことがわかるんです。」
「本当によかったよ!今日やった検査でも、症状の進行が止まったんだよ。この分ならあと少しで退院できるよ。」
私はその言葉を聞き、嬉しいような悲しいような気持ちになった。
「・・・今まで本当にありがとうございました。先生は私の恩人です。」
「いや、結局のところ、俺は大したことはしてやれなかったよ。でも、俺も君を思っている人間の一人だからね。」
そう言って舞の頭を撫でた笹山に、舞は満面の笑みで感謝の言葉を述べた。

「ありがとうございます。私、今年の夏はたくさんの思い出を残せそうです。」



カーテンは夏の風に吹かれていて、キラキラした日差しが隙間から零れていた・・・
私はこれからも、ずっと忘れない・・・
私を愛してくれる人たちが今もここにいるということを・・・












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あきゅろす。
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