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short novel
二度目の夏を・・・   (前編)
あなたは私の光     闇に紛れた私を     照らしてくれた・・・ 今の私は
誰かの光になれてるかな





一人の少女が病室から夏の日差しに照らされた外の景色を眺めていた。

少女の名前は水野舞。学校に通っていたとしたら高校3年生である。そう、通っていたとしたら・・・。  

 舞はある理由があり、ずっと病院で生活している。その理由は
『記憶障害』・・・。
原因は事故。自動車に跳ねられた際に頭を強く打ったことが致命的だったようだ。その日は激しい雨が降っていた・・・


「舞さん、調子はどうだい?」
真っ白な白衣を纏い、すこし癖のある髪を直しながら、主治医の笹山慎吾が入ってきた。
「はい、今日は大丈夫でした。こうやって先生とも普通にしゃべれていますし。」
舞は窓から視線を外し、笹山に少しぎこちなく微笑んでみせた。
「そっか。よかったよ。あ、そういえば今日から梅雨明けなんだと。夏本番だなぁ〜俺は夏は苦手だよ。暑いし虫は出るし。」
「あはは。でも私は好きですよ、夏。今年の夏こそ思い出を残したいんですケドね。」
少し切なそうな表情を見せた舞は、また外を見てまぶしそうにした。


その日の午後・・・
「大変言いにくいのですが、このままいけば舞さんの症状は悪化する一方です。今はまだ生活できる範囲ではありますが、確実に進行しています。」
笹山は舞の両親に深刻な顔でこう告げた。しかし、こんなにも重大な問題に、二人は顔色すら変えない。 「それを言うためにわざわざ私たちを呼んだのですか?先生も私たちが忙しいことはご存じでしょう。だからあなたにお願いしたのですよ?」
冷たい口調で言い放った水野忠彦はいかにもダルそうな態度をとっていた。
「はい、それは存じております。けれど舞さんはあなた方のたった一人の娘さんなんですよ?」
その言葉に忠彦は怪訝な顔をし、妻の晴美は顔を曇らせた。
「いえ、あの子をわたくしどもの娘とは言えません。」
「何を言うんです!!前々から思っていたのですが、あなた方はおかしい。舞さんを見ようとしない。なぜです?あの日、あの事故で何があったのですか!?」笹山は怒りなのか悲しみなのかわからない感情で握り締めた拳が震えた。 「先生、それは必要のないことです。これ以上は何も話すことはありません。それでは。」
それだけ言うと二人は出ていった。


その頃、舞は病院の外へいき、ベンチに腰掛けていた。まわりには同じくこの病院で生活を送っている人たちがいる。舞は人々を見て少し悲しい気持ちが自分の中にあることに気付き、疑問に思った。彼女の視線の先には家族で散歩をしている姿。父親が車椅子に乗っており、それを小学生くらいの息子が押している。その後ろを妻と高校生くらいの娘が笑顔で歩いている。
「幸せそう・・・」   見ているだけでこっちまで暖かな気持ちになれた。
「そろそろ戻ろうかな。」

病院へ戻ると看護婦は舞をじろじろ見る。理由は彼女の記憶喪失のせい。舞はもう慣れっこだった。極力病室からは出なかったし、自分から話し掛けようとはしなかった。誰とも話さずに自分の病室へと真っすぐに帰った。すると扉の前で笹山らしき人と一人の男の人が話していた。笹山が舞を見つけた瞬間、彼は舞の方へ走ってきた。その時の笹山顔は少々怒りを含んでいた。     
「舞さん、あなたどこに行ってたんだぃ?!心配するじゃないか!」
「すみません、ちょっと外の空気を吸いたくて・・・。」
「まったく・・・これからは俺に断ってから出かけてくれよ?」
笹山はため息をした後、舞に笑顔を向けた。
「見つかってよかったね、先生。」
先程、笹山と話をしていた男性がこちらへ歩きながら話した。よく見てみると背が高くて整った顔をしている。舞は思わず顔を赤らめてしまった。
「あなたが舞さんか。初めまして!黒沢和希と言います。笹山先生にはいつもお世話になっていて。」 「え、あなたもこの病院に?」
「いえ、父が入院しているんです。」
「和希くんはほぼ毎日見舞いに来てるんだよ。あ、そういえば午後から大学の講義あるんじゃなかったっけ?」
和希はあ、っと言って時計に目をやる。
「大変だ!それじゃこのへんで!」
そう言うと彼は歩いていってしまった。
「いい青年だろう?君をずっと探してくれていたんだよ。」
「そうだったんですか。今度会ったときにお礼をいわないと。」
「そうだね。彼は優しい子だから色々話してみると良い。きっと気が合う。」
 

 その後舞は病室に戻り、さっき会った黒沢和希のことを考えていた。
(久々に笹山先生以外の人と話したなぁ。良い人っぽいし、ちょっと話してみたいな。)
めずらしく舞が嬉しそうな顔を見せた。

このまま、彼女に笑顔が戻ればいいのに―――
けれどそんなうまくいく人生なんてないのだ―――


「舞さん、朝だよ。気分はどうだい?」
笹山の声で舞は目を覚ました。その時、舞はある違和感を感じた。何か足りない。
「今日、和希くんが遊びに来ても良いかと言っていたよ。別に構わないだろ?舞さんも結構彼を気に入ったみたいだったしね。」
笹山はにやにやしながら舞を見たがすぐに舞の反応がおかしい事に気付いた。 「舞さん、俺のこと分かるかい?」
「はい、笹山先生です。私の主治医の。」
「では昨日会った黒沢和希くんは覚えているかい?」その時舞の顔が曇った。彼女は黒沢和希を覚えていない。記憶の中にないのである。
少しの間沈黙が続いた。
笹山は少し渋い顔をした後、笑顔を見せた。
「大丈夫さ!彼を見れば思い出せるよ!」
笹山の言葉に舞はおずおずと頷く。
「・・・私、どんどんダメになってるんですね。」
舞の小さな呟きは笹山の耳には届かなかった。


舞はぼーっとしながら病室で午前中を過ごした。ちょうど昼食を食べ終えた時、病室の扉を誰かがノックした。
「入っても大丈夫?」
聞き覚えのある声だけれど、この時点ではまだ誰なのかわからない。舞は、とりあえず「はい」と返事をして扉の方を見つめた。
「こんにちわ。」    「あ!!」
瞬時に記憶が甦った。舞の声におどろいた青年、和希は目を丸くして「ど、どうしたの?!」と舞に尋ねた。
「あ、いえ・・・なんでもありません。大きな声出してごめんなさい。」
少し頬を染めた舞に和希は近付き、「そう?」と言ってほほえんだ。
「あの・・・黒沢さん、この間はご迷惑をおかけしてすみませんでした。」
「あぁ、別に謝ることないよ。ただあわてふためいてる先生を見ていられなかっただけさ。」
「・・・先生にもまた謝っておかないと。そういえば大学はどうしたんですか?」
「今日はもう終わったんだ。舞ちゃんは今まで何してたの?」
この問いに私は少し困ってしまい、曖昧な返事をしてしまった。
「俺の父親はガンで入院してるんだ。幸い早い段階で見つけられたから治せるらしい。ほんとよかったよ。笹山先生も良い人だしさ!」
「うん、ほんとに良い先生。こんな私の面倒をずっと見てくれてて。私この病院に来てもう半年経つんです。」
「え、そうなんだ。結構長いんだね。それじゃ学校とかは・・・」      舞は返事を返す代わりに弱々しく笑った。
「そっか・・・んじゃ俺が教えてあげるよ!高校生だろ?ならまだ頭に残ってると思うんだ!あ、ちゃんと教えられるかどうかは別問題になるけど。」
和希はそう言うと何やら悩みだした。
「どうしたんです?」
「いや、高校時代の教科書とかどこにやったかなぁ、と思って。」
あまり真剣に言うものだから、舞は思わず吹き出してしまった。
(ああ、なんだかほっとするなぁ)
「毎日来るのは無理だろうけど、週に1回は絶対にくるからさ!俺は結構スパルタだぜ!」
和希は偉そうな態度をとりながら意地悪な笑みを見せた。
「ぷっ!それじゃあ覚悟しておきますね、黒沢先生。」



その後も和希は舞の病室を訪れ、一緒に勉強をし、おしゃべりをし、次第に二人は親しい関係になった。しかし、病魔はすぐそこまで迫っているのだ。



 ある日の夜だった・・・「先生、来てください!!舞さんが!!!」
一人のナースが笹山のもとに走ってきた。笹山は何事かとナースを驚いた目で見ている。
「なんだ、いったいどうしたんだい!?」
「それが今さっき舞さんの病室ですごい音がしまして・・・扉を開けてみたら舞さんが部屋中のものを投げまくっていて・・・い、今も暴れたままなんです!」笹山はナースの話を聞いてすぐに舞の病室へと向かった。近づくにつれ、何かが割れる音や鈍い音をたててものが落ちる音がしてきた。
「・・・舞さん?」
笹山の目に映ったのは、変わり果てた病室と傷だらけになった舞の姿だった。舞はなおもものを振り回し、とても近付ける状態ではない。
「舞さん!落ち着いて!大丈夫だから!」
笹山は舞のもとへと歩いていく。それに気が付いた舞は手にしていた本を笹山目がけて投げ付けた。その本が笹山の肩にぶつかったが、彼は足を止めない。やっとの思いで舞の前にくると、笹山は舞の手を握り、目線を彼女の高さに合わせた。
「大丈夫、君は一人じゃないだろう?ほら、俺のことわかるかい?」
舞は目を真っ赤に腫らしていて、顔や腕などに無数の切り傷があった。
「・・・せ・・んせい、わ、私・・最近、き、きお・・く・・記憶が・・・途切れること、多くなって・・きて・・・」
彼女の丸く大きな目から大粒の涙がこぼれ落ちる。笹山は黙って舞の話を聞いていた。
「かず・・きに・・・教えてもらった・・こと・・・すぐ、忘れちゃって・・どうしよう・・・いやだよ、私・・忘れたくないよぉ!この頃、毎日・・ひっく・・・同じ夢・・見るんです。私のまわりには・・・人がたくさんいて・・・みんな知ってる人のはずなのに・・・っく・・誰かわからないんです。顔が・・・ないんです!」
そう言い終えると、舞はがくっと床に崩れ落ち、がたがた震えていた。しばらくの間、舞は声も出さずに涙を流し続けていた。まるで今みた悪夢を忘れ去るように・・・。
いつの間にか、舞はすやすやと寝息をたてていた。
「よかった。やっと落ち着いたみたい。」
そばにいた看護婦がほっと息をついた。
「・・・こんなに暴れたのは初めてですね。」
笹山は少し悲しそうな顔をしながら舞を見つめていた。
「・・・俺たちは・・なんて無力なんだろうね。今だって、こうやって暴れ回る舞さんを一時的に止めてあげられるだけで・・・現状は悪くなる一方だ。彼女は誰に頼ることもなく、自分というものに恐れながら、独りで生きているのかもしれない・・・。」
「・・・いえ、先生は舞さんの力になっています。それに比べて、私たち看護婦は馬鹿です。彼女は私たちのことも簡単に忘れてしまって、はっと思い出したときの申し訳なさそうな表情に、なんだかもやもやしてしまっていたんです。彼女は何も悪くはないのに・・私たちは結局、自分たちに何ができるのかわからない、無力な自分から逃げていたのですね。」
看護婦は舞の顔や腕の傷を見て、一筋の涙を頬に残した。笹山は何も言わず、看護婦の話をじっと聞いていた。



翌日、舞が目を覚ますと、隣に和樹が本を手にし座っていた。
「あれ・・・あたし・・・和樹さんは・・・どうしてここに?」
私が寝起きの細い声で聞くと、読書に集中していた和樹が顔を上げ、舞にほほえみかけた。
「おはよう。よかった、すごくよく眠ってたから・・・目を覚まさなかったらどうしようかと思ったよ。」ばかだね、俺。と言って少し恥ずかしそうにした和樹は、舞に自分の読んでいた本を差し出した。
その本の表紙には『二度目の夏を・・・』という文字が書いてあった。バックの色は真っ白で、あの文字の色は淡い水色だった。
「この本、なんだか消えちゃいそう・・・どんな内容なんですか?」
「この本の主人公は18歳の女の子なんだ。彼女は脳の障害を持っていて、記憶がすぐ消えてしまうんだ。丁度俺の読んでた場面がさっきの舞と被っちゃって。」そう言って苦笑いをした和樹に対し、舞の表情は堅かった。
「・・・舞?」

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