あたホス番外編〜キョウヤ〜【13ページ完結】
母の顔
リビングの椅子に座り、あたしは、3歳になったアカリを抱いていた。
アカリは、小さな寝息をたてて、あたしの腕の中で安心したように眠っている。
「アカリ、寝たのか。」
背後から近づいてきたお父さんが、気持ち良さそうに眠るアカリの顔を覗き込む。
お父さんの後ろから、お母さんもアカリの寝顔を覗き込んだ。
アカリを見つめるあたしの表情が、自然と優しくなるのが自分でもわかる。
「うん。今さっき…。」
あたしは、愛しい我が子の髪をなでる。
キョウヤに似た、真っ黒でキレイな髪。
キョウヤとあたしの子供、アカリ。
みんなの視線がアカリに集まり、しばらくの沈黙の後。
「…約束、…守ってくれたのか?」
アカリをじっと見つめていたお父さんが、ポツリと漏らした。
「…約束…?」
あたしはなんのことだかわからずに、視線はアカリに向けたまま、聞き返す。
「…『幸せ』にすると言っていただろ?」
―…ナツコも、生まれてくる子供も、オレが『幸せ』にします。
だから、祝福してください。
ナツコと、この子が『幸せ』になれるように。
いつか、キョウヤが言った言葉。
お父さんがあたしに言いたかったことは、たぶん…。
あたしは、『幸せ』にしてもらったのか。
あたしは、『幸せ』なのか。
……キョウヤがいなくなっても『幸せ』なのか。
あたしは、アカリの髪をなでながら、フッと笑った。
「キョウヤに出会わなかったら、アカリはいなかった。キョウヤに出会わなかったら、あたしはきっと、すごく荒れてて、まともな生活してなかった。」
お父さんの目を真っ直ぐに見つめて、ニッと笑ってみせる。
「あたしはキョウヤにすごく感謝してる。あたしは『幸せ』だよ。」
お父さんは、あたしの顔を見て、少しだけ驚いたような表情を見せ、「そうか…。」と寂しそうにつぶやいて笑う。
黒いネクタイをグイッと緩めて、俯いたお父さんの顔はあたしからは見えなくなった。
「…『幸せ』にしてくれた、キョウヤくんに礼を言わねばならんな…。」
ちょっと震えた声でそう言うと、お父さんは俯いたまま、線香の煙が立ち込める部屋へとゆっくりと歩いていった。
あたしと一緒にお父さんの後ろ姿を見送ったお母さんと目が合う。
「…ナツコ。アカリと、うちに来ない…?」
お母さんが、心配そうにそう言ってくれたけど。
あたしは首を横に振った。
「キョウヤの残してくれた家だから。あたしは、ここでアカリを育てる。」
「…そう…。」
お母さんが寂しそうに呟く。
「困ったことがあったら、いつでも頼ってね。遠慮なんかしないで。…家族なんだから。」
あたしの肩に手をかけ、一生懸命そう言ってくれるお母さんの目は潤んでいて。
「うん、ありがとう。お母さんがいてくれると心強い。…子育て、わからないことだらけだからさ。」
そう言って笑ったあたしの目も、潤んでいた。
「わたしもキョウヤくんに、お礼を言ってこなくちゃね。」
零れ落ちる前に目元をハンカチで拭い、お母さんもお父さんの後を追いかけ、
パタパタと数歩歩いたところで、足をとめた。
足音が止まったので、何か忘れ物でもしたのかと、振り返ったあたしの目に映ったのは。
「ナツコ。いいお母さんになったね。」
お母さんが、小さい頃から、あたしに見せてくれていた優しい母親の顔だった。
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