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消えた黒猫、下
ジャカジャカと鳴り響く着信音で目が覚めた。

いつの間に眠ってしまったんだろう。寝ぼけた頭で電話に出ると、上司からの連絡で曖昧に返事をしてしまった。口の中がネバついてた記憶しか残ってねぇ。こりゃやべえな。月曜行ったら謝ろう。

オレは洗面台へ行くと歯磨き粉をブラシに大量に乗せて口の中に突っ込んだ。シャコシャコという音を聞きながら、鏡に映る寝起きの顔を見つめる。

「ひっでー顔」

あーもう絶対これ、思い出したからだよな。夢うつつに思い出した過去の記憶。ずくずくと胸が痛む。

サスケに「そうか」と言われた後、オレは何でもないように「金がなくってさ!」と軽いノリで流して、ハハハと笑った。サスケは顔を背けただけだった。

それから、急速に離れていったサスケとの距離をオレは何とも思わないようにした。やっと見つけて、並んで、追いつこうとしていたけど、それすらなかったことにして。オレは、サスケとはただの幼馴染で気の合う仲間の地位に落ち着いた。勝手に。ライバルでも何でもない、大勢の中の一人として存在した。

クラスも一緒になることなかったし、丁度よかった。



本当に、よかった?



よくない。



全然、よくない。



そうだ。そうだったんだ。

本当は、オレ、ショックだったんだ。打ちのめされたんだ。

「そうか」って素っ気なく言うサスケはオレにはまるで興味がないって態度で示してた。

サスケはサスケの道をまっすぐ進んでいて、オレの方はもちろん、その途中にどんなに可愛い黒猫がいようとも、見向きもしなかった。

だけど、その事実を認めたくなかった。いや、認められなかったんだ。オレはまだまだ子どもで、それを受け入れられるほど器も大きくなった。だから、痛いところは見ないようにして、覆い隠して、心の奥底に仕舞い込んだ。今になってよくわかる。

平気だってフリして、本当は全然平気じゃなかった。

目の前の鏡がにじんで顔が歪んだ。ひでー顔がもっとひでーことになっているに違いない。でも、涙が止まらない。止まらないってばよぉ……。

「サスケェ」

涙だか涎だか歯磨き粉だかが交じった液体が洗面台に落ちて、排水溝へと流れていく。そのうち歯ブラシを咥えてる気力もなくなって、その白い泡みたいな中へ落ちる。カツンピチョンと優しくない音がして、声にならない呼気と混ざった。息がうまく吸えない。

オレってば弱ぇ。

今になって気付いたって遅い。時間はもう、もとには戻せない。

なんで諦めちまったんだろう。オレらしくもない。サスケの視界に意地でも入ってやろうって、なんで思わなかったんだろう。オレも、限界だったのかな。必死で頑張って、頑張って、頑張って、結局、報われなかったから。糸が切れちまったのかな。いや、切ったのか。自分自身で。

嗚咽しか出てこない。空っぽの胃から競り上がってくるモノは何もなくて、えずいて出くるものは濁った空気だけだ。

あーオレってこんな情けないヤツだったんだな。笑える。ここまでくると、人間笑うしかないんだな。知らなかった。

笑っていいかな。過去の自分を。あぁ、おっかしい。腹がひきつって痛いってば。でも笑ってやる。笑い飛ばしてやる。笑って、そんでもって、



許してやる!



「ウォオオオオ!!」

オレは勢いよく蛇口をひねると溜まっていた泡を洗い流し、落ちていた歯ブラシを洗った。そしてまた、歯磨き粉をたっぷりとブラシに乗せ、泡が鏡にかかるくらい威勢よく磨く。口にたまった汚いものを吐き出すと、手で水をすくい頬にこびりついた涙ごと洗い流してやった。

「行くってばよ!」

正面の自分と向き合う。うん。今日もイケメン。今日は一段とイケメンだってばよ。父ちゃん、母ちゃん、こんなイケメンに産んでくれてありがとう。

オレは急いで着がえると財布と携帯をポケットに突っ込んでチラシを握り締め玄関の扉を開いた。



傷ついて当たり前。そんなのもう、怖くなんかねェ!








いつの間にか雲は晴れていた。

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