消えた黒猫、上
どんよりとした曇天が続き、さほどない気温に比べ高すぎる湿度が体を重く感じさせる。
頭まで被った布団から這い出し、その辺に転がしておいた黒のスリムな携帯を掴む。以前使っていたスライド式は外層が所々剥がれていて、中の色まで丸見えだった。だから換えた。当然だろ?
外形をなぞるように探り、脇についてある外付けのボタンを押す。チカチカとライトが光り、点灯したディスプレイが映したのは6:49の文字。休日にしては早すぎる起床時間だった。
オレは布団を抱き締めると再び寝る体勢へと戻る。携帯をその辺に放り投げるとガサガサと予想外の音がした。驚いて視線を向けるとその先には、例のチラシがオレを見てくれとばかりに落ちていた。
サスケに会いたいか会いたくないかと聞かれたら、会いたくないっていうのが正直なところだった。
会ったからって、どうしろっていうんだ。会って、元気だったか?最近どう?学校楽しい?そうか。オレも、仕事は大変だけど充実してる。楽しいってば。なんて、そんなたわいもない話しならいくらでもできる。
でも、それだけじゃあダメなんだ。足りない。もっと欲しくなる。サスケのあの真っ黒な髪も瞳も、整った眉も伏せると長い睫毛も、薄紅の唇も。それから、くっきり浮き出た鎖骨や肩甲骨、無駄に厚い胸板やほんのり見える肋骨や硬い腹筋。逞しい太股や筋の綺麗な脹ら脛、アキレス腱、踝足の甲裏指爪先その白い半月円まで、何もかも全て。
手にいれてしまいたくなる。
会えない…いや、会わない時間が、こんなにも人を愛しくさせるなんて知らなかった。
いつしか忘れてしまうだろうと思っていた記憶は徐々に美化され、綺麗な所だけを残していった。嫌だと思っていた彼女の記憶すら懐かしく、痛みよりもサスケの憂いた姿が星空とともに輝きを増して目蓋の裏に焼きついてしまった。
会って暴走するとは思わない。ただ、なんでもない言葉を交わして別れたあとに、張り裂けそうな胸をどうにかできるとは思えないんだ。
サスケにそんな感情、ありゃしないのに……。
チラシを見る度、いつもそんなことを思う。そして同時にイタチの言葉も思い出す。
『キミは、男同士で恋愛は不可能だと思っている。』
そりゃ当然だってばよ。
イタチは新しい知識があれば大丈夫だと言っていた。
このチラシが新しい知識の代わり?確かに、学園祭の場所と日付と時間と、あとなんか色々。沢山の情報は書いてあるけれど、それを知ったからって、団子がチンされて美味くなったみたいにオレがサスケに会って、感動の再会を果たして結ばれるなんて、そんなシンデレラストーリーはあり得ない。
サスケと会えるかも知れない奇跡みたいな紙切れでも、こんな薄っぺらいもので心が動かされるほどオレもバカじゃない。
自分の醜さが露呈するのは嫌だった。
頭まで布団をかぶって、携帯やチラシが見えないように視界を閉ざした。暑いけれど、こっちの方が楽だった。
いつから、こんな風になってしまったんだろう。
サスケへの思いに気づいた頃にはとっくにこんなだったように思う。その前は?
薄暗い布団の中、オレは静かに目を閉じた。
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