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黒猫と来訪者
仕事終わり、いつものように帰って来たら、サチコが誰かと戯れていた。その人は、サチコのように夜の闇をたたえた艶めく黒髪をしていて、長く伸びる髪を緩やかに纏めていた。

パリリとノリの利いたスーツを着こなすその様子から、性別が伺えないその人はオレの気配に気づくとしなやかに立ち上がった。

「こんばんわ。」

優しく腹の底を擽るような声を耳が拾う。影になっていた顔が蛍光灯の煌々とした明かりに浮き立ち、その美しさと年齢を不詳にさせる頬の皺があることを知らせた。

「イタ、チ……?」
「久しぶりだな、ナルト。」

その容姿から記憶に蘇る名前を呼ぶと微笑む懐かしい顔に、嬉しい反面、彼の面影を見たようで胸が軋んだ。誤魔化すようにイタチの肩を叩くと久しぶり?元気だった?とお決まりの挨拶を交わす。

「ナニナニ?今日はどうしたんだってばよ?」
「この間、たまたまクシナさんと会ったんだ。そしたら、ナルト。こっちへ来てからあんまり顔を出していないらしいじゃないか。心配してたぞ。」
「かーちゃんが?まっさかァ!」
「クシナさんも逞しい人だから気にはしてない風だったけれどな。子が離れて寂しいと思うのが親ってもんだ。顔を見せるのも、子の務めじゃないだろうか。」

たしなめるように、けれども強制はしない物言いに「ん〜そっかー」と素直に頷かせるのは、イタチになせる業だと思う。それに同意するようにニャアと擦り寄るサチコの頭をひと撫ですると、腹が減っているのか手のひらをペロリと舐めた。

「よかったら、上がっていってくれってばよ。」

サチコもそうしたがってるし、と言うと不思議そうな顔をしたので猫の名前だと言ってやった。

「サチコ。」

口の中でその名前を反復するイタチは、もしかしたらその意味を分かってしまったかもしれない。ライトイエローに光るサチコの瞳をチラリと見つめると「じゃあ、お言葉に甘えて。」と言ってまた微笑んだ。







「麦茶でいい?」

綺麗だとは決して言えない、最低限の生活スペースが確保された2Kの部屋。

戸を開けると、我が物顔で座布団を確保するサチコに続いて、中央に置いてあるこげ茶色の簡易テーブルにイタチを案内した。お構い無くとサチコの隣で足を崩すイタチに、じゃあと言って作りおきの麦茶を冷蔵庫から取り出す。

「そいえば夕飯は?まだならなんか作るってばよ。」
「まだだが、家で作ってあるだろうから。」
「なんだ、ならそう言ってくれればよかったのに。引き止めて悪かったってばよ。」
「いや、久しぶりにナルトとゆっくり話もしたかったし。」

そう笑うイタチにへへへと思わず笑みがこぼれた。

冷蔵庫を空けたついでサチコ用のごはんを出すと、その奥に昨日空けたばかりの3本入りパックのみたらし団子――そのうち一本は食べてしまっていた――を見つけた。そう言えばイタチは甘いものが好きだったよなと思い出し、それも一緒に取り出した。

「あ〜飯の話したら、イタチのかーちゃんの料理食べたくなったってばよ。」
「今度また遊びにくればいい。歓迎するぞ。」
「マジで!?行くいく!」

腰のスナップを使い冷蔵庫を閉めながらオレは喜ぶフリをした。

両手に持ったものを近くの台に置くと戸棚からそれほど使っていないグラスを取り出す。さっと洗ってイタチに差し出し麦茶を注ぐと、ありがとうと言って受け取った。

「イタチのかーちゃんの作る筑前煮っていうんだっけ?あれ、めちゃくちゃ美味いんだよな!」
「あぁ、筑前煮は母さんの十八番だから。」

それから、サチコ用のお椀にご飯をあけて、昨日の残りの味噌汁を注ぐ。見計らったように台所にヒョコりと現れたサチコは早く寄越せとニャアと鳴いた。

「イタチのとーちゃんも筑前煮好きだったよな?」
「父さん、口ではなにも言わないけど、筑前煮の時だけおかわりするんだ。」
「頑固だけど、意外と可愛いところあるよな。」
「サスケも、」

ふいに現れた単語に手が滑ってしまった。そのせいでお椀がいつもより大きな音を立てて地面へ到着したが、ギリギリの所で倒れずに平衡を保つ。サチコは一瞬驚いたようだったが、器の中のごちそうを見るとそんなことは気にも止めずに食べ始めた。

「サスケも、筑前煮は好きだったな。」
「そーだっけ。」

気のないフリをして、オレはサチコが食べる姿を一心に見つめる。そんなオレを、イタチは穴が空くんじゃないかってくらい見つめている気がして、サチコから目が離せなかった。

「そーいえば!」

そんな視線を誤魔化すようにして立ち上がると置きっぱなし団子のパックをチラつかせて話題の転換をはかった。

「冷蔵庫に入れてたから固いかもしれないけど」

「食べるってばよ?」とおどけた調子で聞いてみたものの、イタチの視線は心臓を貫いたままだった。

「ナルト。」

あの低音が、今度は腹を抉るように感じた。イタチはそのままユラリと立ち上がるとオレの目の前まで来て肩に手を掛けた。全身から嫌な汗が吹き出し、鼓動が速度を増す。

薄く開いた口。イタチが団子のパックをグシャリと握った。







「チンだ。」
「……は?」
「この手の団子は、チンして食べると美味いんだ。」

思わずすっとんきょうな声が出た。

イタチはオレから団子のパックを颯爽と奪うと、優雅な手つきで戸棚から平皿を一枚取り出し、二本のみたらし団子を綺麗に並べ、そして、チンした。

「30秒くらいで、いい柔らかさになる。」
「へぇ……初めて知ったってばよ。」

呆気に取られている間に、チンもとい電子レンジはヴーンと唸りをあげて中の皿を回転させた。

「サスケも知らないと言っていたな。」
「……。」
「ナルト。」

ピピピ!と、オレの代わりに返事をするみたいにレンジが鳴り、橙色の灯りを消す。それに反応したサチコがピクリと耳を立てコチラを振り返った。

「知らないことは罪か?」
「ん?ええと……。」
「答えは、NOだ。例えば、この団子を温めると美味しいと言うことを知らなくても、この団子は美味しく食べられる。そうできている。」
「お、おう?」
「この場合、知らないと損だと言うだけの話だ。冷たくても美味い団子が、温めて美味いなら、そちらの方がより良い。そうだとは思わないか?」
「そうだな…。」

イタチが何を言いたいのかさっぱり検討がつかない。けれど、レンジから皿を取り出す彼のあまりの自然さに、その上からみたらしを一本受け取るしかなかった。

目で案に食べろと言われ、一番天辺の一個を口にしてみる。

確かにそれはほんのりあたたかく、そして、柔らかさに長けていて、いつもの3本入りみたらしとは違った食感が楽しめた。

「どうだ、美味いか?」
「美味いってば!」
「そうだろう。知ることで、今までの知識が広がり、認識が展開するんだ。」

そう言ってイタチは幸せそうな顔をして自分の団子をひとつ食べた。

難しい話はさっぱり分からないけれど、イタチが言うことにはいつも何かしらの意味があるから、聞き溢さないよう懸命に耳を傾ける。

よく伸びる団子を飲み込んでから、またイタチはコチラを射抜くように見つめる。その視線に捕えられ、まるで幻術にでもかかったかのような気分になる。

「聞かないのか。」
「なに、を。」
「サスケのこと。」
「どうしてオレがサスケのことなんか……。」
「好きなんじゃないのか。」
「!?」

この人は一体どこでそう言うことに気づくのだろう。サスケに対して、そう言う感情を抱いていることは誰にも話してないし、それっぽい相談をしてすらいない。だから、他から情報が漏れたとか、そう言うことは一切ありえない。なのに、それなのに、どこでどうして気づいてしまうんだろう。

「不思議な顔をしているが、キミは存外顔に出やすいぞ。あとは『うちはをなめるな』と言ったところかな。」

オレの考えていることは今も昔もお見通しみたいだった。

「キミは、男同士で恋愛は不可能だと思っている。」

違うか?と聞かれて、オレは何も答えられない。

「それは、今キミが持ってる知識や認識の上に成り立つ現実(もの)だ。だがしかし、そんなものは新たな知識や見方の変化によって、意図も簡単に覆されるものだ。」

この団子のようにな。

イタチはそう締めると、いつの間にか最後の一個になった団子をペロリと平らげ、残った串を皿に返した。

オレは手に持った食べかけの団子を見つめた。いつも常温のまま食べられていた団子が、チンされて柔らかく美味しく食べられたみたいに、オレも何か切っ掛けがあればサスケと上手くやっていけるのだろか?

分からない。

分からないってばよ……ッ。

助けを求めるようにイタチを見ると、聖母みたいな微笑みでオレを見ていて、イタチは男のハズなのになんだか泣いてすがり付きたくなった。

「これが新しい知識の代わりになるかは分からないが、知ることに損はないだろ?」

イタチはそう前置きをして一枚の紙切れを渡す。

「サスケの大学の、学園祭のチラシだ。あと、ココ。オレの番号とアドレスを書いておいた。なにかあったら連絡するといい。それと。」

そこで話を切ったイタチはちょいちょいとオレを手招きした。なんだと思い近づくと、昔サスケにやってたみたいにオレの額を中指と人差し指で小突いた。

「いたッ!」

地味に痛い攻撃で赤くなっているだろうそこに手を当てると「携帯変えたら、ちゃんと教えないとダメだろ。」と安易に繋がりを断ったオレをたしなめ、笑った。







「今日はありがとう。団子、ごちそうさま。」

来たときより爽やかに帰っていくイタチ。その気配を感じたのか、サチコもトトトと玄関までやって来た。

戸を開けるとキィと軋む。サチコが隙間からスルリと抜け、続いてイタチ。オレはそれを見送る。

2つの影は振り返ることなく、夜の闇に溶けて消えていった。

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