鳴らない黒猫の鈴
最近、元気ないなぁとは思っていた。
塞いでいるとか落ち込んでいるとかそういったのとは少し違くて、いつもよりイラついてるような感じだった。
もともと傍若無人唯我独尊な性格してたから、ぶっきらぼうなところはあったけれど、根は優しいので、ここまでピリピリしてるのは久しぶりだった。
サスケの部活のヤツらからも、このところちょっとしたミスが多いってグチを聞かされていた。かといって、部活もクラスも違うオレがサスケに会う機会なんて廊下ですれ違うとか、そのくらいだ。
だから、サスケに何があったかなんて全く分からないし、予想もできない。と言いたいところなんだけれど、サスケをそういった目で見ていると自覚したオレにとって、サスケの情報ってのは嫌ってくらい耳につくし目に入るしなんなら臭いでわかったりするくらい、サスケを無意識に欲しているみたいだから、何も関わりがなくても大体の検討はつく。
つくけど、オレがどうにかできる問題じゃないし、っていうかオレはサスケのそこら辺の問題になるべく関わりたくないと思ってるし、できるならそっち側の人間で対処してほしい問題だと考えていた。
だから、サスケが不調になり始めたのを知っていても、なるべく関わらないようにしていたし、話す機会があっても触れないように細心の注意を払っていた。
にも関わらずだ。オレが頼まれたらなんとかしてやりたい性格であることを知ってるサスケの仲間達から「なんとかしてやってくれよ」「幼なじみだろ」なんて日ごとに代わる代わる言われたら、頷かない訳にはいかなかった。
「しゃーねぇなァ。」
オレはポケットからストラップも何も着いてないオレンジのケータイを取り出すと、放課後、問答無用でサスケを近くのファーストフード店に呼び出した。
もちろん、サスケがその日の部活を欠席することは部員から了承を得ていた。
*
「バイトは?」
「休み。」
「最近休み過ぎじゃねぇの。」
「もうすぐ年末で休みなくなるから、今もらってるんだってばよ。あ、オレこのセットひとつ。」
「ふーん。」
平日の夕方。それほど多くもない店内の4人掛けの席に悠々と座る。
「で、用ってなんだよ。」
「ん。大したことないんだけどさ、今年の大晦日、一緒に蕎麦食わねぇ?」
「はぁ?」
とりとめのない会話で場を繋いぐオレにサスケの機嫌がよろしくなくなるのをヒシヒシと感じていた。
サスケがこういう遠回しなやり方が嫌いだって言うことはよく知っていたし、オレも本当言うと好きじゃない。
ただ、この場合、どうしてもオレには逃げ道が必要だった。だってオレは悪くない。何もしていないのだから、オレに何か理由をかこつけられても困る。そんなんオレらしくないってのは重々承知していたが、もともと関わりたくない問題だったんだ。それくらい許して欲しいってばよ。
オレが年越し蕎麦を一緒に食べる理由を並べていくうちに、問題は自然とそこへ向かっていく。
「彼女さんとも一緒でいいからさァ。」
ピシリ。
実際にその音がしたわけではない。けれども確実に、サスケのどこかの血管が浮き出てきたのはわかった。
「アイツがなんだってソコに関わってくるんだよ。」
「いや、別に関わらせたいわけじゃなくてさ、一緒だったらサスケも嬉しいかなって……」
「嬉しいか嬉しくないかはオレが決める。勝手にアイツを持ち出すのはヤメロ。」
明らかに苛立ちを見せるサスケに、オレは宥めることもなく自分の主張を正当化させることに集中する。
「んなムキにならなくたっていいじゃん。オレはただ、サスケがオレと2人で食うのが嫌だったらって話で、実際にそうと決まったわけじゃないんだし。」
「じゃあ決まりだ。オレはオマエと蕎麦食う気なんてねぇし、アイツも呼ぶ気はねぇ。以上だ。」
「なんだよ。そんなにオレが嫌なのかよ。友達より彼女取るっていうのかよ。」
「そうとは言ってねぇだろうが。」
「呆っれた。サスケってそんな彼女命だったっけ?そんなに彼女と一緒にいたいなら、さっさと結婚しちまえば」
「……ッ!」
ガンと机の揺れる音が響き、机越しに胸ぐらを捕まれる。喉元を締め付けられる苦しさからオレは顔を歪めたが、サスケの手は緩むことがなかった。
空いた手が握られあわや殴られるかと歯を喰い縛った矢先にざわめく店内。それがサスケの理性をどうにか留めたのかオレはすぐに解放され乱暴だったが椅子に戻された。
「帰る。」
そう宣言したサスケは騒然とする店内をよそに自動ドアを潜って行ってしまった。オレは、一回だけ息をちゃんと吸ってから、食べっぱなしだったゴミを片付けて、カウンターにいたお姉さんにごめんなさいをしてサスケの後を追った。
下げた頭を上げたとき、こんなときでも素敵な笑顔をくれるお姉さんにスマイル0円と謳ってるだけはあるなと思った。
少しだけ、励まされた気がした。
*
漸く見つけた背中に追いつくと、オレはわざとらしく声を掛けた。
「どうしたんだよ、サスケェ。」
彼女と何かあったのか?
一応、聞いた。聞きたくなかったし、口にしたくもなかったけど。
だって、知っていたから。
彼女と何かあったことくらい。
具体的にはもちろん知らない。けど、仕方ないだろ、目が、耳が、体が、勝手にサスケのことを探しちまうんだから。いらないと思う情報すら拾っちまって、オレにはどうしようもなかった。
ふたりには、幸せになって欲しかった。幸せすぎて、オレには入る隙なんか微塵もないって思わせるくらい、幸せでいて欲しかった。
なのに、それなのに、どうして。
「テメェには関係ねぇよ。」
その言葉も聞きたくなかった。冷たくあしらわれるのだって嫌だった。何より、オレがその問題に突っ込むことで、サスケとの関係を悪くなんてさせたくなかった。
だから、「そうだよなわりぃ」とか「オレは蕎麦の話できればよかったんだった」とかなんとか、いいはぐらかすことなんていくらでもできたはずなのに、すればいいのに、
「関係ないってなんだよ。」
オレには、できなかった。
「オレは、サスケの一番じゃないのかよ?サスケに何かあれば助けたいと思うし、なんとかしてやりたいって思うのが当然だろ?それなのに関係ないだ?ふざけんじゃねぇってばよ。なんかあるなら言えよな!」
その場の端的な言葉の意味だけ拾って今目の前にいるサスケにしか話ができない。
「じゃあ何か?オマエに言えば解決するのかよ?アイツが戻ってくるとでも言うのかよ?物事なんでも上手く納められるとでも思ってるのか。ふざけるな!」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ。ただ一人で悩んで抱え込んだって仕方ないだろ?だったらちっとくらい一緒に悩ませろよ!友達だろ?」
「は、どうだか。その友達が悩んでる時に避けてたのは一体どこの誰だよ。」
「避けてなんか…」
「オマエはいつも大切なことから逃げてるだけの臆病者じゃねぇか。」
そうだ。その通りだ。この問題だって、サスケが悩んでいることを知りながら、関わろうとしなかった。サスケとの関係を壊したくなかったから。話すことで、ボロが出るのが怖かったから。避けていた。逃げていた。それは間違いない。
「そうだ、そうだってばよ……。」
「フン。なら、」
「でも!」
でも、今こうして立ち向かっているじゃないか。サスケと対峙して、逃げずにぶつかっているじゃないか。
「今問題にしてるのはそこじゃないってばよ。サスケが、彼女と、どうしたいのかってことだろ?」
「……ッ。」
「何があったのかは知らねぇってばよ。けど、何かがあったってことくらい、オレにだってわかるってばよ。」
今度はサスケの番だろ。
サスケだって、逃げずに戦うべきなんじゃないのか?
「何があったか話してみろよ。少しは、楽になれるかもしれないし。な?」
この言葉でしばらくサスケは崩落していたと思う。
情けないくらい泣いて。情けないくらいすがって。オレは黙って聞いていた。
辛かった。
サスケが彼女をどれだけ愛していたか、どれだけ好いていたか、嫌ってくらい聞かされた。
あわよくば自分のものに、とかってよぎる自分にも嫌気が差した。
もともと、彼女には恋人がいたらしい。
ただ、その人は家の都合で海外へ行ってしまっていつしか連絡も疎遠になって、自然消滅してしまったそうだ。
そんな傷心している時期にサスケと出会い、励ましている内に恋仲になったとかなんとか。
でも、付き合ってる間も彼女はずっとその彼への思いが忘れられなかったみたいで。サスケは、それを全部分かった上で付き合ってたらしくて。それでも幸せだったって。
そんなところに彼が日本に帰ってきたって知らせがあって。色めき立つ彼女に落ち込むサスケ。サスケもサスケなりに頑張ったんだと思うし、彼女だってサスケを好いていたのは端から見ていて感じていたから、悩んではいるのだろう。だけど、どうしたって彼には敵わなくて。
次第に離れていく彼女に、サスケは誰にぶつけようのない憤を抱えていたと言う。
それが小さなミスだったり、イライラだったり。
そう言うことだったらしい。
「何?じゃあサスケ、まだ別れてないの。」
「ハッキリ、とはな……。」
「話し合ったりは?」
「んなこと出来るかよ。」
「だよなぁ。」
座った土手に手をつき、寒空を見上げる。澄んだそこには小さな瞬きがいくつも広がっていて、慰めてくれるよう。
サスケを?
いいや、どっちもだ。
「一緒に言ってあげようか。」
「バカかウスラトンカチ。」
「馬鹿にし過ぎだろ、それ。」
「臆病者にはちょうど良いだろ?」
「ウルセー。」
「ちゃんと言うよ、自分で。」
「そっか。オレのココはいつでも空いてっから泣きたくなったらいつでもこいよ。」
「きめぇよそれ。」
「渾身のギャグ切られて痛てぇー。」
ズタズタになった心を誤魔化すくらいしか出来ないオレは、それすら受け入れられなくて地面に転がる。
少し元気になったサスケと、より一層複雑になったオレのココロ。
でも、
「空いてるんなら、礼に年越し蕎麦くらいは一緒に食べてやってもいいぜ。」
「どうせなら食べさせてくれってば。」
「調子乗んな。」
ペシリと叩かれた頭を抱えると、サスケが少し笑って見えたので、全部どうでもよくなってみえた。
星が瞬きを増したように感じた。
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