[携帯モード] [URL送信]
黒猫の鈴が鳴る、下
逃げ出してしまいたかった。

来るのが少しでも遅かったら書き置きをして、さっさと行ってしまおうと思っていた。

けれど、なんの因縁か、今日に限ってHRが延びてしまう。カツカツと芯の出てないシャーペンで机を鳴らしながら、時計と睨めっ子するなんて昼休み前の焼きそばパン争奪戦以来だと考えていた。

「遅かったな。」
「ああ。」

ようやく終わったHRにざわつく教室。まばらになる人達に紛れてサスケは悠然と7組へやって来た。

「ありがと。」

オレは、渡せるよう準備していた科書と特製ホームワークをすぐに渡し、鞄に荷物を積める作業に集中する。

サスケの顔は見ない。
見たくない。
理由なんて分からないけど、そんなん知らない。
見たくないもんは見たくないんだから。

その間黙ってオレを見るサスケの視線が痛い。
痛くない。
無視、むし、ムシ!

「じゃ!」

最後に勢いよく筆箱を放り込むと鞄をしっちゃかめっちゃかに鷲掴んで教室を去る。

「ナルト。」

チリリンと言う音と共に呼ばれた名前。今度は振り返らなかったのに腕を捕まれて、オレは止まらざるを得なかった。

「バイトなんだけど。」
「まだ時間あるだろ。」
「今日は早く行きてーんだってばよ。」
「なぜ。」
「なぜって、そりゃ…えと。」

サスケと居たくないから、なんて、そんなこと言えない。「理由がないならいいだろ」と言いくるめられ、オレは抵抗をやめて渋々突っ張っていた手を緩める。

自然と離れた手が寂しく感じた。

「オマエ、オレを避けてるだろ。」
「…は、何言って。」
「とぼけるのもいい加減にしろ。オマエ分かりやすすぎて、ツライ。」

そう言って視線を落とすサスケに、ふざけるなと思った。自分ばっか傷ついたような顔して、本当にツライのはオレの方だ。

「ッざけんじゃねーよ。ツライのはオレの方だってばよ!自分ばっか苦しいみたいな顔してんじゃねー!」
「何、キレてんだよ。」
「キレてねぇよ。サスケが自分ばっか被害受けてるみたいな顔してんのが許せないだってばよ!」
「そんなこ…」
「オレだってツラかったんだ!なんでかしんねーけど、サスケといるとツライんだよ!だからもうオレに構うなよ!」

サスケに何か言われる前に、それだけ吐き捨ててオレは教室を出ていった。

オレの罵声にまばらだった教室は静まり返っていたが、そんなのどうだっていい。知らない。知らないんだ、なにもかも。

「待てよ。」
「着いてくんなッ!」

昇降口に近いあの階段を降りる。嫌な記憶しか蘇らない。

逃げるようにして駆け降りるオレ。その後にいたサスケは、数段上から飛び降りることで距離を縮め、またオレの腕を掴んだ。

「待てって。」
「離せ。」
「言うまで離さない。」
「何を!」
「なんでオレといるとツライんだよ。」
「わっかんねーよ!知るかバーカ!」
「バカとはなんだ、ドベ。」
「ドベドベ言うんじゃねーよ、バカサスケ!」
「ドベにドベと言って何が悪い!そんなんだから数学忘れんだよ。ガイに言い付けるぞ!」
「あーッ!先生呼び捨てにしていいと思ってんのかよ。それこそ言い付けんぞ!」
「言えるもんなら言ってみろよ。んなことしたらテメーの忘れもんの方がしょっぴかれるに決まってるだろーが。」
「言ってみなきゃわかんねェよ!」
「じゃあいってこいよ、今すぐ、オラ!」

いつの間にか胸ぐらを掴みあって罵り合っていたオレたち。くだらない幼稚なケンカ。ハァハァと息を荒げるオレたちは、顔を見合わせると、どちらともなく口元を緩ませ声を上げて笑った。

と言ってもサスケはいつものすまし顔を歪めただけだったけど。「腹筋ヤベェ」と腹を抱えている辺り、相当キてるに違いない。

「なぁ、ナルト。」

穏やかな表情のままサスケはオレを呼ぶ。

かつて、オレだけに見せていた特別な顔。

「オレにとって、オマエは何より一番大切なんだよ。」
「うん?」
「だから、つれなくされたらツライ。」

ゴメン。素直に謝るオレの両頬を手で挟むとコツリとおでこを合わせた。

じんわりとした人肌の温かさにオレは泣きそうになる。

サスケと今こうしているのがツライのは同じなのに、こうして肌を合わせていることが嬉しくてたまらない。サスケといると安心する。面倒じゃないなんて、そんなレベルじゃない。ツライのと同じくらい、いや、それ以上に幸せが滲み出てくるんだ。

「彼女は?」
「アイツ?」
「一番じゃねーの。」
「アイツは……別枠だ。」
「別枠、ね。」

別枠だなんて、つまり、特別だってことだろ。そんな言い回ししたって、オレには分かるんだぞ、バカヤロウ。

「今日、一緒に帰ろうぜ。」
「残念、バイト。」
「迎えに行く。」
「つーかオマエ彼女と帰れよ。」
「いいんだ、アイツなら。わかってくれる。」

そう言って優しく笑うサスケは彼女のことを本当に好きなんだって見せつけられてるようで、悔しかった。

けど、もういい。

「何時上がり?」
「9時。」
「じゃ、また。」

そう言って離れる温もり。

でも、それが最後じゃないって分かったから。

遅刻すんなよ、と後ろ手に去る彼に、オマエは遅刻だなと笑ってやった。

誰のせいだウスラトンカチ、なんて言葉は全然胸に痛くなかった。







どこからか、タイミングを見計らったように現れた彼女は、ひょこひょことサスケへ近づくとその隣をなんの躊躇いもなく歩いた。

そんな2人の後ろ姿に、敵わないなぁと心底思うけれど、どこか清々しい気持ちでオレは見守っていた。

きっと、彼女はオレのバイト先の途中までサスケと一緒にやって来るだろう。

それでも構わない。

サスケと一緒に帰る時間がもらえるのだから。



チリリンと耳の奥で、あの痛い鈴の音がなった。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!