黒猫の鈴が鳴る、中
「ギャー!!数学一式忘れてきたってばよ……!」
数学。そう、それは、オレたち2年7組にとって戦とも呼べる熱血漢との戦いであった……!
出される宿題そのものはそれほど難しくはない。バカなオレにだって解けるほど、良心的な作りになった熱血漢らしいオリジナル問題集だった。
しかし、ここで甘く見てはいけない。易しい問題であるだけに、それを忘れたものにはそれはそれは恐ろしい仕打ちが待ち受けているのだ。
放課後残されたその人物は、ジャージ姿で教室に集まるよう指示される。そこでは、制限時間以内に出された問題を解くことを要求される。質より量。とにかくその時の単現に合わせた大量の問題を、短時間の内に集中して解かなければならない。
それが終わるとグラウンド3周を先生と一緒に走らされる。問題が点数に満たなかった者はプラス2周だ。
そして、15分の休憩をした後、同じ問題を解き、修了。
数学とランニングなんてなんの縁もないように見える。が、彼曰く、かのソクラテスもプラトンも皆一様に筋肉を鍛え上げ、美しい肉体美を手に入れている。
賢い脳は逞しい筋肉から作られる。
その言葉を信じて疑わない彼は、青春の汗と血と肉をたぎらせながら数の学問を解きほどいていくのだった……。
って解説なんかどーでもよくて、つまり、オレは今、熱血漢と愉快な数学ランニングの危機にさらされているわけなのだ。
オレの絶叫にクラス中から憐れな視線を受けるのは免れない。
「オレ、どうすればいい!?」
困った時のシカマル頼み。
ぐるりと振り返り、斜め後ろでのんびりしているヤツに半泣きで乞う。
「んなこと知らね〜よ!」
なんて言いつつ、クラスのヤツをほうっておけない強い意志を持ってるのはよく知ってる。
今だって「シカマルウゥゥ!」とガクガク肩を揺さぶるオレに「ちょっと落ち着け」とか言いながら、オレがどうすれば居残りから逃れられるか、明晰な頭脳で考えてくれているのだ。
「おい、シノ。」
「なんだ、シカマル。」
シカマルは考えがまとまったのか、前の席にいるシノへと呼び掛けた。シノは前を向いたまま後ろから話すシカマルに淡々と答える。
「今日、ガイが持ってるクラスで、数学あって、一番進んでるのは何組だ。」
「少し、待っていろ。」
シノは机から何か取り出してたかと思うと、ぶつぶつ一人言を言っているように見えた。そして、くるりと振り替えり、「3組だ」とやっぱり淡々と答えた。
シカマルは「ありがとよ」と礼を述べると、オレを見た。
「3組のヤツから借りてこい。それなら宿題終わってるハズだから、聞かれても答えられる。」
「3組…。」
シカマルの導き出した答えに、オレは無意識の内にその言葉を口から溢した。
「知り合いくらいいるだろ?」と訝しげに聞き返えされても、オレは曖昧にしか答えられなかった。
3組は、サスケのいるクラスだった。
*
なんだ、何を躊躇ってるんだ。ただ、友人に教科書借りるだけだろ。それ以上でもそれ以下でもないはずなのに。けど、まぁ、しいて言うなら、最近まともに会ってないってだけだ。
なんだ。だから緊張するのか。そうに違いない。
時間もない。オレは自分でもよくわからない言い訳を並べるとすぐさま席を立ち、廊下へと飛び出した。
10分休み、教室から出てるヤツなんてトイレか次が体育のクラスだけだ。その間をすり抜けるように進み30秒。オレの目の前には、3組の扉が立ちはだかる。
けれども、たまたま入れ違いで出ていったヤツがいて。それに便乗して、ドアを開けることなくお邪魔する。
よそ様の家に入るみたいで気恥ずかしいし、見慣れない顔に視線が集まっている気がして少し、痛い。ただで緊張しているのに余計に体が強張る。
オレは目的のその人を見つけると、すぐ声をかけた。
「サスケ。」
久しぶりに見る顔。
「なんだ。」
久しぶりに聞く声。
「数学一式忘れちゃってさ。教科書とガイ先生のアレ、貸してくんない?」
久しぶりの、
「……何やってんだ、ウスラトンカチ。」
悪態。
盛大にため息を吐くサスケに「悪ぃ悪ぃ!」と大袈裟に笑う。
オレは、普通に話せているだろうか。前と変わらず、友人ぶれているだろうか。
「ほら。ウチのクラスもう数学終わったから、返すの放課後でいい。」
「サンキュ!」
「最初で最後だからな。」
「分かってるってばよ!」
じゃあまた放課後!
ニシシと笑ってオレは立ち去る。
オレの使命は終わった。これで無事に数学を受けることができる。
返すのなんて、サスケがいなくても机の中にでも入れてあとからメールすればいいから、全然苦にならない。
苦にならない?
オレはサスケといるのが苦しいのか。分けがわからない。前までそんなことなかったのに、今になってどうして。
……考えたって仕方ない。それより教室に戻る方が先だ。
「ナルト。」
ガタリとイスが床にぶつかる音がして、呼ばれた名前に反射的に振り替えった。
チリリンと、あの黒猫と鈴がぶつかる音がした。
「何……。」
呼んだ癖に何も言わないサスケに煩わしそうに聞くと「放課後、オレが取りに行くから教室で待ってろ」と有無を言わさぬ視線に「分かった」と返すことしかできなかった。
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