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僕だけの祈り・短編集
文化祭お着替え 前編





文化祭で女装しても大半の男が気持ち悪いとキャーキャー言われ、ピエロのようにおどけるしかない。そしてクラスに1人は女装が似合う男子生徒がいたりして、そいつもまた女子にキャーキャーと騒がれる。
女装が似合うか、似合わないか。
どっちにしろそんなことで女子に騒がれたって何も嬉しくないのに……。
「なに? 圧倒的多数で女装喫茶に決定って、何? どうして?」
房近由実が幾度となくもらした愚痴をまたこぼしたのは、更衣室でだった。
手元のハンガーにぶらさがる、女子の制服。これこそが彼を憂欝にさせている象徴。
 由実のクラスは理系進学コース。完全なる男子クラスだ。
 だからこそ、代々、理系進学クラスは文化祭で女装喫茶をする風習がある。絶対的な規則ではない。しかし、女装喫茶ができるのは男子クラスのみ、なおかつ、進学希望コースにクラス編成がされるのは2年からで、1学年につき1クラス。つまり全学年でも2クラスしかない。
 違う言い方をすれば、女装喫茶は男子クラスのみの特権。
 だからと言って……だからと言って……と由実は歯をぎりぎりと食いしばる。
「ユミ」
隣から、笑いを含んだ声音で呼ばれ、由実は恐る恐る目を向けた。
そして予想通りの輝きをそこに見付け、わずかに目を細める。
そこには、クラスで一番小さい男子生徒が、いや、クラスで一番小さくて童顔で可愛らしい男子生徒、の伏見あきらが、すでに着替え終わった状態で立っている。スカート丈は膝上10センチ。あらわになった脚がまばゆい。
 由実はロッカーに額をごつんとぶつけ、そのままの体勢で固まった。
「わかってた予想はしてた可愛いに決まってるでも実物は想像以上に可愛い…!」
低い声で呟き始めた。
あきらはキョトンと大きな目でその不審な様子を眺め、
「ユミも早く着なよ」
容赦なく、クラスで一番身長の高い男に促す。由実が手にする制服はバレー部で一番体格の良い女子から借りた。
これらの制服は、「私の制服を着て下さい」と多くの女子に頼まれ迫られた男が、他の奴に貸してやってくれと逆に頼んで人数分を集めたのだった。
文化祭でのクラス毎の催し物が決定したその日、文化祭実行委員から即座に漏れた情報は、
「渡辺先輩のクラス、女装喫茶だって!」
「キャー! 絶対行くー!」
と主に女子の間でハイテンションに駆け巡り、校内中に広まった。
そして多くの女子生徒が、渡辺雪彦のもとに制服を持って押し掛けてきた。
「俺ら今年で卒業だし、憧れの渡辺センパイとの思い出が欲しくてみんな必死だな」
女子生徒の様子を横で見ていた、クラスメートの新城廻はハハンと嘲笑うように言ったものだった。
それが一ヵ月前だ。
現在の状況に至るまでを回想しながら、由実はまだ制服を手にしたままうなだれていた。
女装を嫌がる硬派な連中による激しい裏方争奪戦。ウェイトレス役の押しつけ合い。こんなことなら生徒会に入っていればクラスの催しに参加しなくて済んだのに、と、何度思ったか知れない。
数々の挑戦に敗れ、由実は今、ホール係として制服を手にしているのだ。あの時、チョキを出していれば……などと幾度となく後悔もした。こんなのはただの罰ゲームだ。しかし今日という日は来てしまった。





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あきゅろす。
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