僕だけの祈り・短編集
文化祭お着替え 後編





「早く着替えなよ」
「あ、うん…」
横から急かされ、返事をしたその時。更衣室の扉が開き、
「まだ着替えてないのか」
朗々と由実をなじる声。
恨みがましい眼差しで由実は振り向く。
学校の名物、金髪の美男子、制服をまとって立つ姿も王子然とした彼が、白と黒のコントラストが眩しいウェイター姿をしてなお美しい……。
「なんでおまえはウェイターなんだよ!」
由実は叫ばずにはいられない。
そう、皆が女子の制服にエプロンという屈辱のウェイトレスなのに。その制服を集めた功労者は、自前で用意したというごくありふれたウェイター衣裳。
雪彦は腰に片手を当てると、どこかあだっぽい微笑で言う。
「俺が誰か一人の制服を着ちゃったら、他の子達が可哀想だろ」
「……」
雪彦は本気で言っている。奢っているのか、自分を客観的に見ているのか、どちらにしても由実を含めその場にいた数人の男子生徒の呆れたまなざが集中した。着替えていた者も、例え半裸であろうとも手を止めてしまっている。
雪彦の言い分もわかるのだが、由実は女装をしなくて良い彼を羨んだ。いや、恨んだ。
そもそも、クラス毎の催しものを決めるHR時、女装喫茶を提案したのは誰あろう雪彦だ。
「なんでおまえは着ないんだよ。やりたかったんだろ? 女装を!」
 責められ、雪彦は芝居がかった仕草と共に言う。
「フッ、誤解を招く言い方はやめたまえ。俺は見たかっただけだよ、我がクラスの美少年達のウェイトレス姿をね。あとおまえの笑えるくらい似合わない女装を」
「いやがらせか!?」
「着なくて済むチャンスはいくらでもあっただろ。だけどユミは自分でそのチャンスを潰した。そう、教室の準備班・片付け班を決めるジャンケンも、調理班を決めるあみだくじも……」
言いながら雪彦は含み笑い。それはだんだんと大きくなり、とうとう腰を折って腹を抱え笑い出す。
「負けすぎ! 弱すぎ!」
「うるせっ」
手元の制服を、笑い転げる親友に向け投げ付けようとして、思い止まる。
どんなに渋ったとしてももう逃げられない。
由実は意を決し、おもむろにトランクスをむき出しにした。
「ぐっ、ぬお、なあぁッ!?」
「スカート壊すなよ」
「そんなこと言っても……ぬうぅ、き、きつい…」
「もうジッパーはそこまでで諦めろ。それ以上上げると壊れる」
「ふぅ、仕方ないな。じゃ、次……」
「おーい、雪彦、準備いいかー?」
由実がスカートのジッパーを半分まで上げたところで諦め、顔を上げた瞬間だった。
遠慮なく更衣室の扉を開け顔をのぞかせたクラスメイトは、
「うっわあああぁぁ!!」
叫び、大袈裟にのけぞった。
「化け物がいるぞ!」
「失礼な!」
抗議したのは雪彦で、
「お嬢様はお着替え中だ! 出ていってもらおう!」
「失礼致しました!」
ミニコントをしつつ二人は廊下に出ると扉をきっちり閉ざした。
ほっとした次の瞬間に聞こえる爆笑音。
「わっははは! 房近、似合う!」
「だろ? 着てみると意外と、こういう外人モデルいるな〜って感じだろ?」
「ああいう女、いるよな!」
……あいつら……。
笑い声が中に聞こえているであろうことは百も承知であろうが、遠慮なく廊下で大騒ぎだ。
「早く着替えちゃいなよ」
雪彦にからかわれる由実をずっと黙って笑顔で見ていた伏見が、優しい声音で促した。
その可愛らしい声には、素直に従うことにする。
女子のリボンタイを絞め、さらに調理実習で使うエプロンをして着替えは終わり。
こんなに簡単なのに、時間がかかりすぎだ。思いながら、由実はエプロンの紐をきゅっと絞めた。
エプロンはよくあるシンプルなピンクのチェック柄。そのそっけなさに、制服を貸してくれた女生徒らしさが出ている。
「似合うよ」
伏見は由実の上から下までを、首を動かしてじっくり見た後、にっこり微笑んで言った。
似合うわけがない……と思いながら、笑い返した。曖昧に。







2005/12/17 日常的戯言に掲載


[前へ]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!