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僕だけの祈り
7




「まあ、美しい薔薇には棘がある、って言うし、もともと女は毒のある生き物だからなぁ」
「新条は……」
「女じゃないけど、オカマなんだろ?」
 なんとなく、渡辺の言い方にムッとした。
「俺、そういう言い方、嫌いだな」
 俺が言うと、珍しく渡辺からの反論はなし。
 言ってから自分のせりふを後悔して、恐る恐る渡辺を盗み見れば……渡辺が俺の視線に気付いて、ふっと笑った。なんとなく、胸が痛くなるくらい切なげな、哀しい笑み。
 それが、俺の脳裏で新条のどこか寂しい無表情と重なって、ぎょっとした。
 なんでここで新条が出てくる!?
「ユミ……お前って、ほんと、いい奴」
「どうしたんだよ……渡辺?」
「渡辺だなんて……。ユキって呼んで」
 ……ガクッ。
 俺の耳元で囁くように言った。いつもの渡辺だ。
「ユミとユキじゃ、ほんっとにコンビみたいじゃないかっ」
「いいじゃーん」
「駄目だ駄目だっ。あ、でも雪彦って呼んでもいい?」
「へ?」
 俺の腕にしがみついてケラケラ笑ってた渡辺の、一瞬の間抜け顔。
 それから、怪訝そうに、
「ユミからそんなこと言うなんて、珍しいな。どうしたんだ? ん? 言ってみろよ、ほれほれ。あ、まさかお前、この俺の美貌にクラっときたんじゃ……」
「誰がくるかーっっ! 俺は、ただ……お前にはこれから、新条の家に一緒に行ったりとか、してもらわなきゃなーと思って」
「それって、俺と親しくしておいて損はない、って計算高いこと考えたわけ?」
「いやぁ、俺たちってオトモダチでしょ?」
 渡辺の目がすっと細まる。その鋭利で伶俐な微笑! 冗談抜きで、クラリときてしまいそうになった俺は、思わず渡辺の腕を振り払っていた。
 渡辺の方は、俺の事情をしっかり分かっているらしい。にやぁ〜と笑って、
「ほぅーら、やっぱり俺の美しさに邪な想いを抱いてるんだな?」
「な、なんでわかる……」
「げっ、お前マジ? でもまぁ、相手の気持ちも読めないようじゃ、女の子には嫌われるからね」
 俺を、まるでずっと年下の子供を見るような目で見て、渡辺はふふっと笑う。
 本当に、いろんな顔を見せる奴だ。
 しかし、さすがに伊達に女の子くどきまくってるわけじゃないんだな。自分の微笑とか、どれほど相手に影響を与えるものなのか、すっかり読んでやがるんだ。
 それとも、俺が人一倍、読まれ易いのか? あんまりそうは考えたくないんだが、どうもそれは事実らしいと、知らされてしまう俺だった。
 翌日から、何故か毎日きちんと新条は学校に来た。遅刻もするが、早退はなし。
 しっかり放課後まで教室にいて、帰りは帰りで俺に誘いをかけてくる。
「房近ぁ、帰り、俺んち来ない?」
 机に手をついて、にっこり笑った新条の顔を、俺は押しのけた。机の上のノートに影が落ちて暗いのだ。
「どうせ、また買い物に付き合わせて、荷物持ちさせる気なんだろ」
「今日はちがぁう。しつこい男が来るからさ、追い払うのに口実に使わせてもらおうと……」
「俺はお前の男じゃないだろっ」
「へぇ、ざーんねん。毎週のように俺んちにプリントだのノートだの口実つけて通いつめてくれて、俺の心はすっかり動かされちゃったのに、今更捨てる気なんだ? ごっくあっっくにーん」
「極悪人はお前だーっ」
 すっかり心動かされた? 俺を、利用できる奴と判断したんだろうが。
 しかもこいつの付き合ってる男たちって、なぜかと言うかさすがにと言うか、まともな奴なんていなくて(さすがにとか言ったらちょっと失礼か?)、たまぁに妻子もあってローンありとはいえマイホームも持ってて一見幸せいっぱいに朝は通勤ラッシュに巻き込まれているようなサラリーマン(月収30〜40万前後予想)の男もいるけど、たいていはヤッちゃん一歩手前、っていう男ばっかりだ。チンピラだ。
 そいつらに絡まれた俺の心境をわかってくれ。もう、新条の家に行くのは怖くて仕方ない。
 それでも行ってしまうのは、やはり渡辺……じゃない、雪彦の言った通り、お人好しだからだろう。
 俺って……俺って……。
「あはは、房近、なに固まってんの? 冗談だよ、冗談。本当は今日は、俺んちでもてなそうと思って。新しい料理、昨日ためしてみたらけっこーうまく出来てさ、そいつが余ったもんだから。あっためて食っても旨いはずだよ。な? 帰りに酒買ってぇ、明日は土曜だし、朝まで遊ぼうぜっ」
「俺はお前と違って酒は行事のある日じゃなきゃ飲まないの。たいてい、正月だけどな」
「じゃ、けっこー弱い? だったら炭酸飲料でも買ってく?」
「新条……」
 俺はノートから目を上げて、新条の顔を見上げた。白くて細い顎にはなるべく目をやらず、新条のきつい目だけ見る。




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あきゅろす。
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