僕だけの祈り
4







 で、伏見に申し訳なくって、それもこれも新条のせいだ、と逆恨みして教室に戻った。
 長い髪は相変わらずで、制服をだらしなく着て、新条が窓際の自分の席に座っていた。滅多に来ないくせに話をする友達はいるらしくて、何人かと笑い合っている。
 ふと、俺に気付いて手を上げた。
「よぉ、ユミちゃん」
 こいつ……。お前なんかにユミちゃんと呼ばれる筋合いはないぞ。しかも、視界の隅に、渡辺がにやりと笑ってるのが見えた。
 どいつもこいつも……。
「ユ〜ミちゃんっ。今日の午前中のノート、見せてくれよ」
 無視しようとした俺のそばにわざわざやって来て、新条は机に手を置いた。にこ、と笑った顔はいかにも可愛らしいが、あいにくと俺は色っぽいとか艶っぽいとか卑猥とかいったことが嫌いなんだ。嫌いと言うより、興味ないというか……。
 それなのに、なんで新条に顔を覗き込まれてドキドキするんだ、俺は?
 だってこいつ、女の子みたいに細くて、うなじなんか綺麗だし、髪がふわっと肩にかかっていて、可愛らしいって言うか……。
 俺の視線が釘付けになってるのに気付いてるんだろう、新条は、くすくすと笑った。
「なぁ、ノート」
「あ、ああ」
 半ば無意識に新条から目線を外して、ノートを引っ張り出す。午前中の授業はなんだっけ……古典、英語、数学、化学、だ。ハードな科目ばっかなんだよなぁ。
 それらのノートを渡そうとした俺だったが。
「ノートなら、俺もバッチリだよ。半分は俺が貸してやろっか?」
 という、渡辺の声に、ハッと我に返った。
 新条の目つきが剣呑になって、渡辺を見る。
 雰囲気は最悪になるはずなのに、渡辺の方はクックと喉の奥で笑って面白がってるから、なおさら新条の機嫌は急降下していった。
「ウブなユミからかってどーすんだよ。こいつは、無修正AV見てもケロっとしてる野暮ちゃんだから、誘惑しても無駄だよ」
 うわああっ、教室で大声で(と言っても普通の声音だが)、なに言ってんだよ!
 しかも新条までが、
「AVって、女のだろ? ゲイだったら勃たなくて当たり前じゃん」
 なんてことを言い出しやがった。
 滅多に学校に来ない美人の新条と、女にモテても男の反感を買わないどころかファンが増える一方のアイドルみたいな渡辺が、なんかヤバい雰囲気で話し合ってる。教室中の誰もがこっちに注目して当然だった。
「同類は同類がわかるんだろ? だったら、ユミがゲイじゃないってこともわかるはずだ」
「残念。俺だってゲイじゃねーよ。あんたの方こそ、俺たちの話に首つっこんできたりして、ユミちゃんに気ぃあるの?」
「どっちかって言うと、廻ちゃんに気があるなぁ、俺」
 って、挑発すんな! 渡辺のばかっ。
 うろたえてノートを持ったまま硬直してる俺の横で、伏見が笑ってた。
 こいつ、絶対に状況を理解してないんだろうなぁ。そのアホ面が可愛いんだけど。
 しかし話の矛先は、俺に向かってくるのだ。
 渡辺と新条がいきなり振り向いて、
「ねぇ、ユミ?」
「なぁ、ユ・ミ・ちゃん?」
 話を聞いてなかった俺は、思わず頷いていた。
 教室にいた奴らが、俺の失態を見て、
「あ〜」
「房近、アホ」
 なんて呟いて頭を押さえたりしたのを見て、俺はやっと自分がまずいことをしたらしいと気付く。
 横にいた伏見を振り返り、
「い、今、渡辺たちはなんて言った?」
「え? 房近、聞いてなかったんだ?」
「な、な、なんて言ってたんだ?」
「えっとねぇ」
 伏見より、渡辺の方が口が早かった。
「ユミは男も女もイケる奴かな、って」
「なにぃ!? んなわけないだろうっ。俺を見てりゃ分かるだろうが」
 誰にでも野暮と言われるこの俺が、どーして渡辺たちのそーいう高校生らしからぬ(いや、若き高校生だからこそ、なのか?)生活習慣についていけると思うんだ。
 しかも伏見がけらけら笑っている……。
 俺は、新条にノートを叩きつけて教室を飛び出した。
 ああ……逃げてどうするんだよ。逃げても何の解決にもならんだろう。むしろ、逃げたってことは渡辺たちの言葉を肯定した、ってことになってしまう。
 けど、これ以上あいつらに付き合っていたくはなかった。俺、どんどん汚れてしまうのかぁ?
 渡辺が汚れてると思ったことはない。ちょっと、そりゃぁ乱れた生活してるかも知れないけど、それは個人の自由だ。




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