奇跡という名の
7章-1





  7、

 桃浪の副官は二人。丙(ヘイ)と春杪(シュンビョウ)。
 二人とも魔術の知識はあるが、術師ではない。
 丙は桃浪が自ら副官に指名したが、春杪は先代の筆頭宮廷魔術師に仕えていて、桃浪がその任に就いた時にそのままついてきたらしい。春杪の以前の主人は死亡している。
 桃浪はどちらかと言えば丙の方を信頼しているが、一人で行動することが多く、副官をそれほど頼りにしているわけではないらしい。
 そこまでは沽先が教えてくれた情報だった。他人を頼りにしないところが、昔からのあいつの姿と重なる。
 俺は王宮人事部に出していた紹介状を取り下げてもらいに行った。受付で言われた通り、採用が決まっていたのだが、なんとか謝罪して取り消してもらう。
 そのまま、城下の外れにある色宿街へ向かった。今度は、高官も利用する高級娼館に雇ってもらうためだ。
 よく考えたら、王宮に入り込むよりもこっちの方が簡単だな。やっぱり、情報を得るなら閨房で、って言うし。
 高級官僚である春杪がよく出入りしている店は、その辺の娼館で尋ねればすぐにわかった。どうしようもないオヤジだよ、と苦笑しながら教えてくれたのは、娼館の下働きらしいお婆さんだった。
「そんなどうしようもない奴に……お前」
 俺の後をついて来る修契は、低い声で言う。ぼろい服装に、色褪せた安物のマントを被っている。娼館に雇われようという俺の付き添いを装っているのだ。貧乏な格好をしてなきゃいけない。
 俺はいつもと同じ服装に、やはりマントを羽織ってしっかりフードで顔を隠していた。
「何度も言っただろ。これが一番いい方法だって。それともお前、王宮に忍び込めるのか?って聞いたら、無理だという答えしか出なかったじゃないか」
「まぁ、そりゃ…王宮に忍び込むなんて絶対無理だけど……でもさ…」
「でも、でもってうるせー」
 まだ何か言いそうな修契だったが、俺の 「うるせー」で黙り込んだ。
 俺がそう言ったからには、聞く耳なんて持たないとわかったんだろう。文句は言うだけ無駄だ。
 紺碧館、という名の娼館だった。
 さすがに、おおっぴらに豪奢な建物というわけじゃないが、この界隈では一番綺麗な外観だ。壁もしょっちゅう塗り替えているんだろう、真っ白だ。
 悪趣味に金ぴかな建物じゃないんだが、さりげなく高級そうな雰囲気を漂わせている。
「よし、正面から行こう」
 小さく呟いて、俺は客用の入り口の前に立った。
 まだ夕暮れには遠い時間だが開いている。扉を開くとその音を聞いてか、早速、身綺麗にした女が奥から出てきた。
「いらっしゃいませ」
 にこやかに言いながら寄って来るが、途中で俺が女と気付いたようで笑顔が消える。俺はゆっくりと歩み出し、足を止めた女の前まで近付いた。
「あのぅ…」
「なんだい?」
 先程の軽やかな高い声とは違う。低い声でぶっきらぼうに女は答えた。
 俺はおびえるようなしぐさを作り出し、
「こちらで、働かせて頂きたいのです」
 言いながらフードを下ろす。
 客ではないと知り不機嫌そうな顔つきだった女が、ふと眉を動かした。
 まぁ、そりゃそうだ。一昨日来い、と追い出すには、もったいない面相だからな、今の俺。
「働きたいって……あんたね、ここがどこだかわかってんの? あー…とりあえず、裏口から回ってらっしゃい。あんたみたいなのが正面から出入りしたら困るんだよ」
「あ、す、すいません」
 よしよし、物知らずな若い娘、って感じをちゃんと出せただろう。
 慌てた風を装いながらいったん外に出ると、俺は裏口に回っていった。
 汚い路地裏。狭い入り口。
 こんこんと扉を叩くと、今度は汚い作業着の女が出て来る。中年も過ぎたような年の女だ。娼婦ではやっていけないような年だから、下働きなんだろう。
「ああ、こっちへ来な」
 愛想のかけらもなく、顎をしゃくって奥へと招くので、その女の後について行く。
 台所を通り過ぎ、廊下を行くと、奥の部屋へ案内された。女が扉を叩き、返事を待たず開ける。
 通された部屋は薄暗く、窓がない。
 奥に、先程正面で俺達を迎えた女が立っていた。
「あ、あの…」
「マントを取りな。働きたいだって?」
「は、はい」
 マントを脱ぎ、手に持つ。
 女は明かりを持って、俺の前に立った。頭のてっぺんから、爪先まで、鋭い目でためつすがめつされる。
 検分されているのだ。
「ふぅーん……まぁ、汚れてはいるけど、綺麗な肌だ。金髪だし、顔立ちも男好きしそうだしね、なにより健康そうな顔色じゃないか」
「は、い…」
「じゃぁ、脱いでみな」
「う、え?」
「なに? 私の前で脱げなけりゃ、客の前でも脱げないだろう。そっちの男はなんだ?」
 女の目線は俺の肩越しに扉の方へと向けられる。振り返ると、俯いて修契が突っ立っていた。
「あれは私の世話係で……私はとある小貴族の末でしたが、家が没落し、行く所のない私に彼だけがついて来てくれたのです」
「貴族……どおりでおとぼけた顔のはずだよ。別にいいけど、あんた、この娼館にいる男は皆、去勢しなきゃいけないんだよ。その男は承知してるんだろうね?」
「え、き、きょせいって何ですか?」



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あきゅろす。
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