奇跡という名の
7章-1




  7、



 町まで出ると、そこから東西へ街道が伸びていた。通行人にパルス聖堂の場所を聞くと、
「ここの街道をずっと行けば、もっと大きな町に出る。その町にあるから、そこでまた聞くといい」
 と教えてくれた。
 そのままひたすら、馬を走らせた。





 荒野ばかり見ていたけれど、街道を走るうちに周囲の景色はどんどん緑豊かになり、空気も澄むようになってきて、荒野の空気はずいぶん乾いていたんだと知る。
 時々、馬を止めて人に道を尋ね、日が沈みきらないうちに僕はパルス聖堂へ辿り着くことが出来た。
 聖堂は町からは外れたところにあり、木々が生い茂る中、建っていた。
 建物の前に立って、緊張する。
 勝手に入っていいだろうか。ユアリー達が先回りしていないだろうか。カーリヒがいなかったらどうすればいいんだろうか。
 不安が心を満たしていたけれど、ここに入らなければ先へは進めない。カーリヒと会って、僕のことをいろいろ聞きたい。
 僕が迷っていたのはほんのわずかの間で、意を決して聖堂の重い扉を開いた。
 中は薄暗かった。人の気配がないが入ってしまおう。
 一番奥に小さな祭壇があった。何も置かれていないけれど、それが祭壇だと知っている。
 そんなことは覚えているのに、どうして自分のことは覚えていないのか。
 机と椅子がたくさん並んでいて、少し食堂と似ていると思った。食堂よりも綺麗で重厚そうな机と椅子だったけれど。
 奥の壁は端の方に扉があり、左右に一つずつ。
 周囲に注意しながら一番奥まで歩いてみたが、人の気配がない。
 あの奥の扉を開けて、さらに先へ進むべきだろうか。
「カーリヒ…?」
 小さな声で呼んでみた。僕以外の人の気配のしない聖堂はひどく静かで、小さな声でも充分に響く。
 しかし、誰の声も返らなかった。
 ……奥へ行こう。
 そう決心したのだが、その時、聖堂の扉が静かに開き始めた。中の様子を伺いながら誰かが入って来ようとしている。
 カーリヒ? でも違う人だったら、勝手に入ったことを怒られるかも知れない。ユアリーやシシリーだったら、見付かるわけにはいかない。
 僕は近くにあった祭壇の裏側へ回って、そこにしゃがみ込んだ。
 扉から人が入ってくる気配。隠れるところを見られてはいないか、少し不安になる。
 足音が近付いて来る。
 誰なんだろう。僕の知らない人か?
「……ルビィ?」
 静かな声が響いた。
 僕は愕然とする。それは期待していたカーリヒのものではなく、ユアリーのものだった。
 天馬は聖堂の裏側にいる。一応、隠したつもりだった。
 僕がここにいることを知らないといい。そう願いながら息を潜めていたけれど。
「ルビィ、ここに来る途中で、カーリヒを捕らえた」
 ユアリーの言葉は僕に衝撃を与えた。
 びく、と肩が震え、体が凍りついてしまったかのように堅くなる。
 僕はここで初めて、気付いた。カーリヒはあの病院跡を逃げ出してここに向かったけれど、多分、天馬に乗っていない。僕が彼より早く着くのは当たり前だった。途中で追い越したんだ。
 そのことに、初めて気付いたのだ。
 なんて愚かなんだろう……。
「出て来なければカーリヒを殺す」
 ユアリーの冷酷な声がまた響いて、僕は震える体を叱咤し、祭壇の裏側から這うようにして飛び出した。
 ちょうど、中央のあたりに立っていたユアリーと目が合い、彼はうっすらと笑んだ。隠れんぼをしていた子供を見付けたように、まるで邪気なく笑っていた。
「本当に、おまえは可愛い」
 ユアリーは僕に近付いて来て、抱き上げるようにして立たせた。
 そのまま手を引かれ外へと連れて行かれる。そこには誰もいなかった。ユアリーの天馬があるだけ。
「カーリヒには会っていない」
 僕に背を向けたままユアリーが言った。
「カーリヒを捕らえてもいない」
「え…」
 僕は、嘘をつかれたのだった。それに一瞬で騙されて、こうして再び捕まった。
 肩越しにユアリーがわずかに振り向き僕を見た。その目がまだ笑っている。
「おまえが人の命を大切にするところを初めて見た」
「……」
「そういえば、カーリヒが初めておまえを取り戻しに来た時、争ったシシリーを庇ったそうだな」
「……とっさに」
「シシリーは生きる価値があると認めたのか?」
 その問いの意味が僕にはわからなかった。
「え……ただ、傷付けたくないと、思ったから」
「おまえを散々、酷く言ったシシリーを?」
「うん」
 そうだ。僕のことを、酷く罵ったシシリーを、僕は決して恨んだり憎んだりしているわけじゃない。
 怖い、けど……嫌いではない、と思う。




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