奇跡という名の
5章-2





 花飛はベッドの端に腰かけると、にっこりと笑ってピースサインを出した。
「ルビィが寝ている間に、首領に会ってここにいてもいい許可を貰っちゃったよ。ルビィも一緒にいていいんだよ」
「ほんと……。花飛、凄い」
「まぁね。ルビィはあれから二日間寝てたんだよ。力を使い過ぎると死んじゃうこともあるから、これから、ゆっくりと力の使い方を覚えていこうね。俺が教えていくからね」
「ありがとう」
「じゃあ、医者を呼んで来るから」
 花飛は出て行くと、すぐに医者を連れ戻ってきた。その顔を見てルビィは驚愕する、と同時に喜んだ。
「ドクター・カリモト!」
「ルビィ、良かった、目を覚まして」
 ルビィが喜んでいるのと同じくらい、カリモトは喜んでいるかのように見えた。荒野の基地でも優しくしてくれた彼の顔を見た途端、ルビィの目の端に涙が浮かんだ。
「ごめんなさい。裏切って……基地は燃えてしまって。ドクターは怪我はなかったんですか?」
「大丈夫だよ。多少の火傷は負ったが、それは皆同じだ。ルビィが無事で何よりだよ。もう会えないだろうと思っていた」
「僕もです」
 カリモトはルビィの診察をしながら、声音を低くして言う。
「カーリヒのことだが……聞きたいか?」
「は、はい」
「彼は重傷だった。あまり良くない……。基地を破壊して逃げ出したが、果たして生きているかどうか」
 ルビィの脳裏に蘇るのは、遠くから見えたカーリヒの最後の姿だけだ。短刀が刺さったかのように見えたが、はっきりと確認できたわけではなかった。
 それ以上の話を聞きたくないと言うように、ルビィは目を閉じた。
 カーリヒに生きていてほしい。どこかで無事にいて欲しい。だが、それを確認する術はないようだ。
「花飛の言っていた通り、どこも異常はなさそうだ。衰弱しているだけだから、あとはしっかり食べて寝れば、大丈夫だな」
 気を取り直すように言ったカリモトの言葉にルビィは目を開いた。カリモトの数歩後ろで花飛が頷いている。
「では私はこれで。何かあったらすぐ呼びなさい。……ああ、キトウが目を覚ましたら呼んでくれと言っていたな」
 最後は呟きながらカリモトは出て行った。
 花飛も水差しを持ち上げ、
「水、汲んでくるからね」
 そう言って出て行く。部屋で一人になり、ルビィはやっと落ち着いて天井を見上げた。
 あれから丸二日経ったらしい。シシリー達は無事らしい。
 寝ている間の出来事を、改めて頭の中で整理してみる。
無事だったシシリーの顔を見たいと思った。
 花飛が戻って来たら呼んでもらおうか? それとも、起き上がって自分で行こうか?
 勝手に部屋を出たら心配をかけるだろうから、花飛が戻って来てからにしようか……。
 どうしようか、と考えていたが、花飛の戻りは案外遅かった。


 花飛が水差しの持ち手に指を入れてぐるぐると振り回しながら廊下を歩いていた所に、キトウがやって来た。カリモトからすぐに話を聞いて来たらしい。
 花飛の顔を見ると、キトウは「ようっ」と手を挙げた。
「のんきな顔して歩いてるとこ見ると、ルビィはほんとに大丈夫みたいだな」
「顔が見えるのかよ」
「ふらふら歩いてるからな。わかるよ」
「あんたはこんな早い時間に起きてたのか? 心配で寝られなかったのかぁ?」
 からかうように花飛は笑った。しかしキトウの表情は別段変わりはしない。
「稽古の為に早く起きただけだ。お前もずいぶん早いじゃねぇかよ」
「睡眠は少なくても大丈夫なんだよ。昨日の昼間は寝てたしな」
「やっぱりお前の言う通り、朝に目を覚ましたんだなー」
 この二人とテンは、ルビィが倒れてから交代で側についていた。だが昨日、今夜くらいに目を覚ますだろうから俺は昼間は寝る、と花飛が言ったのだ。目を覚ます時間に側にいたいから、と。
 見透かしたように言う花飛の態度に、悔しくなり、「じゃぁ本当にお前が側にいる時に目を覚ますかどうか賭けろ!」とキトウはつい言ってしまったのだが、まさに花飛の言う通りとなってしまった。
 ちっ、とキトウは舌打ちする。それを見て花飛はまた笑った。
「経験の差だよ。術師のことは俺の専門だもんな。ああ、そうだ、水汲みに行くからついて来いよ」
「俺はこれから部屋に行こうとしてんだぞ。引き返すことになるだろうが」
「賭けに負けたんだから従いたまえよ」
 言いながら水差しをキトウに押し付けた。渋々と受け取り、キトウは花飛の横顔を睨む。
「どうせ甕の場所覚えてないんだろ」
「ああ」
「なに、ほんとに覚えてないのか」
「ここに来たの昨日だぞ。覚えてないよ。それにどうせここに長居はしないんだろ? 覚えても意味が……」
「いや、しばらくはここに滞在らしい。別動隊はもうセカローン領内に入って北上してるが、俺達はな……。特にシシリーとルビィはもう特別扱いだから」
「さぁ……どうかなぁ」
 意味深に花飛は呟く。聞き咎めたキトウが、続きを言えとでも言うように目で訴えた。
 それに気付いて失笑しつつ、
「あのおっさんはすぐルビィを使いたがると思うが」
「おっさんって……首領のことかよ!」
「声が大きいなー。平気だろ、他の人間の前じゃ言わないからさ。ユアリーとか」
「ユアリーは生真面目だからな。言うなよ、絶対言うなよ。怖いからな」
「あんたさ……あんたの前では言うってことは、俺に舐められてるって気づけよ」
「あ? あっ、そういうことか!? おい!」
「冗談だよ。怒りっぽいな」
 それより、と花飛は続ける。
「今回のことでわかったと思うが、ルビィとシシリーがいれば無血勝利もあり得るだろ。すぐ次の戦場へ、っていうことになると思うがな。セカローンの領主がこのまま反乱軍の通過を黙認するわけもないだろうし」
「そうだろうな。先頭はフェイパが行ってる。あの人、死ぬ気かっていうくらい前に出て行くよな」
「意地とか、あるんだろうな」
 興味ないけど、と小さく花飛は付け足した。
 二人は年齢が近い。なぜか気も合うようで、中見のない世間話をしながら、水を汲んで戻るとルビィの姿がなくなっていた。
「ええ!? ルビィ、どこ行ったんだよ!」
「おかしいな、どうしたんだろう……」
「お前につき合って水汲んでる場合じゃなかったよ。探しに行くぞ」
「あ、俺は待ってる」
「なんで?」
「これからちょっと寝る。あとは頼むよ」
 花飛は笑って手を振った。
「行ってらっしゃい」
「お、お前、心配じゃないのかよー!」
「大丈夫だって。俺がこの城内をうろついたら、俺の方が迷子になるからな」
 キトウは呆れた顔をして出て行った。
 それを見送り、花飛は自分に与えられた、隣の部屋へ向かった。睡眠が短いのは平気だった。だが、表面に出さないだけで、内心ではかなりルビィを心配していたのだ。その心労が一気に押し寄せて来たかのようにだるかったのだ。
「ごめん、ルビィ、ちょっとだけ寝かせて……」
 そのくらいの猶予はわずかにあるだろう。ベッドに入ると、すぐに眠りに入ってしまった。



 花飛の戻りが遅かったのでルビィは一人で部屋を出た。どうしてもシシリーの顔を見たいと思ったからだ。
 何を言われても、やはり顔を見るまでは安心できなかった。




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