奇跡という名の
5章-1






5、


 シシリーが英雄となったのは、何よりもフェイパがその奇跡を間近で見ていたことが大きかった。彼女が率先してシシリーを祭り上げたのである。
 渋るシシリーに、「黙って英雄になっていろ」と言ったのは、ユアリーと花飛だった。

 シシリー、ユアリーは花飛を連れて首領に接見した。
 謁見室というほど大仰な名は付けられていないが、つき従う者達にとってはまさにそれと同義である、首領と幹部が揃う部屋に通されて、3人は報告を求められた。
 入室するなり花飛は覆面を取ることを強要されたのだが、「この顔と名について口外しないことを約さない限りは外さない」と言い張った。この場においては不審者以外の何者でもない花飛だが、術師協会の中でも地位の高い「特別管理官」という役職を出されては、首領もその言い分に了承せざるを得なかった。
 花飛は自分の顔の美醜については自覚がない。だが、自分の顔がある程度美しく、演技がかって喋れば他人は騙されるということを知っていた。
 例えば美しい娘が巫女の装束を身にまとい、時代がかった喋り方で宣託らしきことを告げれば、真偽が定かでなくとも人は彼女を巫女と信じるように。
 花飛が顔を隠す布を外すと、全員が動揺を顔には出さなかったものの驚いていた。これほどに若い男、それもルビィに匹敵するほどの美青年でありながら、大胆にも単身で反乱軍の拠点にやって来た男。
花飛は堂々としていた。協会は精霊術師としてのルビィが持つ知識が必要だ、その為に記憶の封印を解く手伝いをしたい、そちらにとってもルビィは必要な存在のはずだし、術師協会の人間である自分には逆らえないだろう、場合によってはこの反乱戦争に術師の協力ができるよう協会会長に進言してみてもいい、という内容をぺらぺらと喋った。実に流暢に喋った。
 シシリーとユアリーが呆れるほど、何万の人間を率いている首領の前だというのに調子良く喋りまくっていた。
ルビィの記憶は戻らないだろうと諦めていた首領にとっても、悪くはない話だ。概ねは花飛の望む通りに、ルビィの監視役として反乱軍にいることを承諾した。ルビィを今後の作戦に参加させることを条件としたが。
 次にシシリーが報告を求められ、事情を説明し、自分はスリドル門の勝利の際には何もしていないと言い張ったのだが、それを遮ったのは花飛だった。
「あの場で何が起こったのかわかる者は少ないでしょう。俺が説明します」
 ずいっと前に出てきた花飛を止める者はなかった。
「ルビィも全てを把握していたわけではありませんが、彼が断片的に言っていたことで想像すると、俺には大体のことがわかります。青い光の竜は、リバルド家の守護竜のようです。守護竜が住む石をシシリーがなりゆきでリバルド家当主から受け取り、戦場に持って行ってしまった。そこで、リバルド家の危機、とばかりに守護竜は姿を現そうとしたのです。だがそれは誰が見ても、シシリーが竜を伴って来たとしか見えなかった。リバルドの軍隊は士気を失い撤退しましたね。実際には、竜が攻撃しようとしていたのは、反乱軍の方なのですが。そこでルビィが精霊を使役して竜を収めさせたのです。竜はルビィの精霊に力負けし、姿を消してしまったのです。天空に浮いた人影を見た者が数名いたようですが、それがルビィの力です。実際には反乱軍を救ったのはルビィですが、あの場では誰が見ても英雄はシシリーでした。それでいいじゃありませんか。以前から慕われていた若き剣士、らしいじゃないですか。英雄に相応しい」
 そこで前に出てきたのはユアリーだった。
「俺も同意見です。守護竜の石はリバルド家に戻ったのだから、今後もルビィの存在は必要です。しかし彼を表立って英雄扱いすることは出来ないでしょう。何しろ、あのルビィ・アンですから」
 花飛が続けて言う。
「革命には奇跡が必要ですよ」
 その言葉を聞いたフェイパも口を開く。
「そう、あの場では誰もが奇跡を見た。シシリーは黙って奇跡を起こした英雄となればいいのです」
 シシリーは口をつぐんだ。やっと花飛とユアリーの意図を理解したからだった。
 二人はルビィの存在価値を首領に知らせたかったのだ。もとから信頼の厚いシシリーを、皆は英雄だと信じて疑わない。「奇跡」や「英雄」というものは今後の士気も左右するだろう。そして、シシリーが奇跡を起こすには、実際にはルビィの力が必要なのだ。
「まぁ、実際、リバルドの当主から大事な大事な守護竜の石を受け取ったのはシシリーであるし、偶然とはいえあの場に竜を連れて行ったのはシシリーなんです」
 花飛は笑いながらシシリーを振り返った。その視線を受けて、シシリーは苦い表情を浮かべるが、花飛が気にした様子はない。
「偶然にも英雄。しょうがないよな? シシリー?」
「お前に馴れ馴れしく話しかけられる筋合いじゃない!」
「落ち着け」
 首領に直接諫められ、シシリーは口を閉ざして一歩下がった。
 自分が何を言おうとも、この場にはいない多くの者がシシリーを英雄として認識してしまっている。
 そして首領も、花飛とユアリーの意見に頷いた。
「まぁ、いいだろう。皆に言いたいように言わせておけ。ただし英雄だ奇跡だと言われて否定はするなよ、シシリー」
「……はい」
 噂がどこまで膨れ上がるか想像もできないが、それでもいいと首領は思っているらしい。シシリーが逆らえるはずがなかった。


 3人が出て行った後の室内で、首領は重々しく呟いた。
「革命には奇跡が必要……か。確かにな」
 聞いていた者達も、それぞれ頷いた。
「いい方向に動いていますよ」
「ルビィは記憶がなく、こちらの命令に従う状態です。四天王は信頼できるし、花飛はまだ信用できませんが、彼らに監視を任せていれば大丈夫でしょう」
「この世界は竜王の世界と呼ばれながら、竜はもはや伝説の存在だ。願ってもない奇跡を連れて来たな、シシリーは」
 国軍に押されているこの反乱組織だが、これを機に流れは変わると誰もが信じた。


 ルビィは薄闇の中で目を覚ました。窓には布がかけられていたが、かすかな日が差し込んでいる。
 朝の早い時間だ、となぜか感じた。朝の空気だったからだ。
 ベッドのすぐ近く、見える位置に花飛の姿があり安堵した。彼は相変わらず顔を布で覆い隠し、椅子に座って本を読んでいる。時折手が動いてページをめくるから居眠りしているわけではない。
 ルビィは考えた。ここはどこだろうか。
 視線を動かして見ると、部屋は狭いが綺麗だ。石造りの建物のようだった。
 最後の記憶は宿屋の部屋だが、そこではない。では一体、どこなのだろうか。
 花飛以外の人間の姿がなく、ルビィは一瞬、二人きりでまた遠い場所へ来てしまったのかと思った。だが、花飛は勝手にそんなことはしないだろう、と思い直す。
 そして、戦いに出て行ったシシリー達はどうなっただろうか、と思った。
 起き上がろうと手を動かした。ただそれだけで、花飛はこちらを向いた。そして立ち上がり、本を椅子に置いて駆け寄ってくる。
 顔を隠しておらず、表情が容易に見て取れた。
 ああ、いつもの花飛だ……とルビィは安らかな気持ちで思う。花飛は出会った島で過ごしていた頃と同じ、穏やかな顔をしていた。
「ルビィ、気がついたね。気分は悪くない?」
「悪く……ない」
 声がかすれていた。気づいた花飛が水差しを取って、口許へ運んでくれる。
 一生懸命、水を飲んだ。そしてふぅっと息をつく。
「花飛、シシリー達は大丈夫なの? 無事なの?」
「ああ」
 花飛は笑う。
「大丈夫だ。ルビィのおかげだよ」
「ここ……どこ?」
「シシリー達の組織の拠点だって。なんていうか、海沿いのお城みたいな所。ルビィも来たことあるって、他の人が言ってたよ」
「ああ、あそこ……か」
 反乱軍が拠点としている海沿いの要塞のような城。だが、部屋は以前の牢のような場所とは違うようだった。




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