4、
ここの組織が、どれほどの警備なのか僕にはわからない。けれど、少なくとも僕の部屋には必ず二人の監視員がいるので万全のはずだった。
だけど。
ある日突然、彼は僕のもとへやって来た。
何故かその日、監視員は交代の時間になってもやって来ず、一人が呼びに行ったのだが、彼は僕の部屋に戻って来なかった。残された一人は、仕方なく部屋を出て、僕を一人きりにしてしまったのだ。
その機に、颯爽と、風とともに窓から飛び込んできた人影があった。
鎖に繋がれたままの僕は驚いたし怖かったけれど逃げることもできず、ただじっと下り立った人影を見ていた。彼は長身で、ベッドの側までゆっくり歩いて来ると、腰を屈めて僕の顔を覗きこんだ。
「ルビィ……迎えに来た」
「え?」
彼の延べた手が、どんな手品なのか、僕の手首のベルトに触れた瞬間、それはスルリと外れてしまった。
彼は僕をゆっくりと抱き起こし、そのまま持ち上げる。
「軽くなってしまったな」
少しだけ切なそうに言うと、彼は身を翻した。
「待って!」
「どうした?」
咄嗟に僕は声をあげて制止していた。
「あなたは、誰?」
「ルビィ……」
彼は眉をひそめて僕の顔をまじまじと見た。
「……記憶が?」
「僕の、仲間なの? だったら、ラグアルとコマイも助けてあげて」
僕の言葉が聞こえなかったはずはないだろうが、彼はまるで何も聞いていなかったかのように今度は眉ひとつ動かさず、また窓の方へと歩き始めた。
「ね、ねぇ…」
僕が再び、声をかけようとした時。
ダダッと廊下の方で足音がした。ほぼ同時に、バァンと音をたてて扉が蹴破られる。
「ルビィ!」
叫んだのは、シシリーだった。
僕の状況を見るや、腰の剣を抜き放ってこちらに駆けて来る。
速い!
僕を助けると言った青年は、ベッドの下に僕を転がすように押し込むと、同じように腰の刀を抜いた。それはシシリーのものより細くて短い。
耳障りな金属のぶつかり合う音が響く。
「ま、待って!」
部屋に飛び込んで来たのはシシリーだけではない。キトウが、剣を打ち合わせる二人に向けて短刀を構えた。
シシリーと青年が離れた一瞬に、キトウの手が翻る。短刀がその手から離れて青年に向かって一直線に飛んだ。
気付いた彼は飛びすさってそれを避け、同時にシシリーの剣も打ち払う。
ほっとするより早く、シシリーと距離をとってしまった青年に対して、キトウは今度は三本連続で短刀を投げた。両手で交互に投げたので時差がほとんど無い。しかも、青年の逃げ場を絶つようにシシリーが彼を壁際に追い込んでいた。
「やめて…ったら!」
僕は立ち上がる。体力の衰えた足にそんな力が残っていたなんて僕も驚愕したけれど、とにかく、僕はその場から跳んでいた。
青年の前に庇うように飛び込むと、同時に左肩にドッと短刀が突き刺さる感触。
「うっ」
次に脇腹と、腿にも。
けどこれで三本とも僕が受け止めたんだから、彼には傷ひとつついていないはずだ。
「ルビィ! おまえっ」
焦った声を出したのはシシリーだった。そこを逃さず、青年が刀を突き出す。
「待って!」
それも止めようと、僕は手を延ばした。
え?
手を出して、どうやって止めるつもりなんだ?
疑問に思うと同時に刀は迫っていて、思わずそれを手で掴んだ。ズズッと手の中で刃が滑り、血が噴き出す。
刃はシシリーに届かなかったから良かった。
突然、争う二人を庇った僕に唖然として、両者ともに動きを止めた。
「待って……待ってよ」
とにかく落ち着いてもらおうと、そればかり繰り返してしまう。
「あの……僕、どうして争ってるのか、わからなくて……」
「阿呆! こいつはおまえの仲間で、俺らの敵なんだよ!」
シシリーに怒鳴られてしまった。
「でも、僕はこの人が仲間かどうかなんて、知らないから……とにかく、争うのはやめて」
「ふざけんな!」
シシリーの剣が一閃した。青年の刀を僕が握っているものだから、彼は身動きできない。
あ、と思った瞬間、彼は刀を手放して後ろに跳んだ。窓枠に飛び乗り、僕に手を差し延べる。
「来い! ルビィ、俺はおまえを助けに来たんだ」
手の中の刃を、とりあえず柄に持ち直した。
僕は一歩も動けない。
行ったらいいのか? 彼について行ったら何か変わるのか?
「ルビィ、一歩でも動いたら、斬るからな」
ぼぅっとしている間に、僕の後ろに回ったシシリーが剣を構えていた。背中にひやりと刃が当たる。ぞっと背筋に何かが走る。
僕は自然と、なぜか手の中の刀を振って、しゃがみ込みながら背後の剣を払っていた。刃を上にしてシシリーに向ける。
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