奇跡という名の
2章-2




 思い出してしまう。病院跡で、憎まれて傷付けられて、僕を助けに来たカーリヒも殺されかけた。あそこには僕を傷付けようとしている人がたくさんいた……。
 僕が王子だとしたら? あの人達は、僕に虐げられた国民?
 それで僕を恨んでいるの?
「ごめんね、ルイ」
 声をかけられて振り向くと、カヒが神妙な顔で僕を見ていた。
「何も覚えてなくて不安だろ。変なこと言って、ごめん…」
「い、いいんです」
「いいって顔してない」
 カヒは立ち止まる。カヒの手が僕の頭に乗せられた。何をされるんだろう、と思っていると、その手が力いっぱい僕の髪の毛をかきまわす。
「カヒっ」
「あ、泣きそうな顔してたからつい…」
 カヒは手を止める。乱れた髪の毛を一生懸命、両手で直してくれた。カヒの真剣な顔が間近だ。
「カヒ…ありがとうございます」
「いや、俺が悪かった」
「いえ、僕は髪を直してくれたことでお礼を言ってるわけじゃなくて」
「そうなのか」
「僕のことをこんなふうに気にかけてくれて……ありがとうございます」
「それは、俺が構いたくて構ってることだから。ごめんな。今、行方不明になってる王族の話なんて聞かないから、ルイは違う」
「わかってます」
「行方不明っていう話は、ないことはないんだけど…」
 カヒは再び前方を向いて歩き出した。
「この国は戦争ばっかりしてるから、吸収した国の支配階級の人間はほとんど行方不明だ。元の国民が王族を探してるっていう話はよく聞く。もっとも、侵略の際に王族は殺されてるだろうけどな」
 初めて聞く話だった。
 それに僕の記憶にも無い話。
「戦争ばっかり?」
「国土は50年前に比べて2倍以上になってる。周辺の大国も、この国の矛先がいつ自分の国に向けられるか恐れてる。俺が住んでいた弥生国も、国土の3分の1は葉月国に侵略されたが。弥生国は魔術の研究が進んでいるからな、戦力が拮抗して長引きそうなんで、葉月国はひとまず手を引いた。この先、戦力を蓄えたらまた攻め込むだろうけど…」
「けど?」
「内戦でそれどころじゃないかもな」
「内戦って?」
「そうか、日常的なことは覚えていても、世間の事情は覚えてないのか。今いるこの国は、葉月国。ここはな、5年前から内乱が始まって、あちこちで反乱軍と正規軍が戦争してるんだよ。反乱軍は、かつて侵略した国の国民がほとんどみたいだ。葉月国の貴族にも、反乱に手を貸してる人はいるみたいだけど」
 カヒはいったん、言葉を切ると、少し考え込む素振りを見せた。
「……反乱に手を貸す貴族は、国を愛すればこそ、かな。周辺の大国に睨まれて、葉月国はいつ連合軍に潰されるかわからない。それならいっそ、今の王を下ろして新たな政治を始めた方がいい。吸収した国土と国民を、今更どうするかは知らないけどね」
「……」
「もっとも、これは俺の考えだから。周辺の大国の動向は、ちょっとわからないな。葉月国を潰すために連合軍でも設立してくれればいいのに、反乱を待ってたかのように黙って見守ってたんだ。うーん……反乱で疲弊したところを、一気に攻めるつもりかな」
「はっきり事情が理解できたわけじゃないけど、この国の中で争いが起きていることはわかりました」
「ルイみたいな子は、多分多いんだ。戦争のショックで記憶をなくしちゃったりとかね…。手や足を失った人だっているはずだ。でも、その魔術具が」
 カヒは僕を見たけど、目線は低い。袖に隠れた僕の手首を見ているんだ。
「その魔術具を付けている人間はそういない。それが気になってね」
 僕にこれを付けたユアリーとシシリーのおかげで、僕はカヒに拾われた。


 カヒがこの島に来た時に乗った船は、島への定期便。カヒと僕がここに着いてから十日後、同じ定期便が来ることになっていたので、僕達はその船に乗ることにした。
 ハイラン島経由で、南シリア大陸に行く船らしい。その大陸がどこなのか、どういう所なのか、僕はよくわからないけど。
 船の上で、甲板に立って僕達は並んで遠ざかって行く緑あふれる島を眺めていた。
「人魚の研究は?」
「ああ、あの鱗ね……全部、推定150年前のしろものだったよ。やっぱり伝説は伝説だなぁ。この島にはもう現れないみたいだ」
「そうなんだ…」
「元の場所に捨てて来たよ」
 鱗を、拾った場所に戻してきたということだ。
「結局、人間がいる場所は霊獣は住みづらいらしいんだな。天馬だって、馴らせない者が乗る時は羽を切ってしまうからな。可哀想に。……天馬って知ってるか?」
「あ、うん」
 反射的にうなずいてしまった。
 だけど、僕が天馬を知っていることに、カヒは疑問を持たなかったみたいだ。
「術師は術師で、霊獣を利用することしか考えてないんだから。どっちにしろ、人間っていうのは自分が利用することしか考えないんだ」
 カヒは悲しげに呟いた。
 島は遠く、緑の輪郭がぼんやりと見えるだけになっていた。
 カヒはくるりと島に背を向け、船室に向かって歩いて行く。僕もそれについて行った。
 僕が初めて乗った船は、大部屋で大勢が雑魚寝をしていたけど、今度は違う。二人で一つの小さな部屋だった。寝る場所はベッドが一つと、ベッドの上に吊るされたハンモックが一つ。
 部屋に入る時、通りかかった水夫がカヒに声をかける。
「おう、魔術師さんよ。その子はもしかして、この間の子かい?」
 扉を開けて入ろうとしていたカヒは振り向いた。知り合いの水夫らしい。それに、彼は僕のことも知っているようだ。




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あきゅろす。
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