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短編集
サッカーと声援と恋と。
 朝のHRで突然、教師の会議とかの関係で3時間目と4時間目が逆になると知らされて、クラス内は一斉にざわついた。4時間目が体育になったのだ。
 一番の空腹時に体育。
 健康な高校生達はブーイングを禁じ得ない。


「体育終わったら、そっこー購買走る」
 俺、房近由実(ふさちかよしみ)はジャージのポケットに財布をそっと忍ばせた。授業後に教室に財布を取りに行っていたら、購買は混みまくるからだ。
 着替え終わった友人の雪彦も財布を片手に近づいた来た。
「そろそろ外行こうぜ」
「おう」
 まだ教室に残って騒いでる奴が半数、だらだらした足取りで外に向かう奴が半数だ。いま教室にいる奴らは、鐘が鳴ると同時くらいにダッシュで出る。
 俺達はのんびり、歩いてた。
 昇降口で雪彦は下駄箱に財布を置いた。
 そっか、持っていかなくても下駄箱に置いておけばいいか。
 気付かされた俺も、財布を下駄箱の奥に突っ込む。扉には鍵がついているので安心だ。バレンタインデーの前日とかにはわざと鍵を開けておく男子が続出だろうが……今時、下駄箱にチョコを入れる女子がいるとは思えない。
 バタン、と下駄箱を閉めて振り向くと、雪彦は他のクラスの奴に話し掛けられていた。
 俺と雪彦と同じ中学だった、長戸礼詩(ながとれいし)。……あれ、いつもツルんでる友藤御門(ともふじみかど)がいない。
「御門、風邪?」
「ばっかだよなぁ。朝、途中まで一緒だったんだけど、気分が悪いって帰ってった。すごい顔色悪かったんだぜ」
 二人の会話を俺は横で聞いてた。
 長戸とは中学が同じだったのに話をしたこともほとんどなく、むしろ彼は俺を敵対視してんじゃないかと思う。
 風邪の話を聞いた雪彦は、
「じゃ、見舞いに行ってやらなきゃなー」
 なんて、また行く気もないのに言う。雪彦の放課後はデートの約束でいっぱいなのだ。
 校内一モテる男。
 だから見舞いなんて行けるわけない。
 だからなんだろうか。長戸の目つきが鋭くなった。
「俺も行く」
 何やら友人の見舞いに行くにしては鬼気迫る迫力を醸し出して宣言する長戸。雪彦の笑顔が固まった。唇を動かさずに、
「ああ…」
 と生返事。
 その様子に、自分がおかしな態度をとっていたことに長戸は気付いたみたいだった。ぱっと笑顔になり、
「じゃ、放課後なっ」
 ばたばたと校庭に駆け出して行った。
 特別時間割りのおかげで、今日だけ一年全クラスが合同体育だった。男子は外、女子は卓球だ。
 サッカークラス対抗試合だー、と先生が言った。えー、とか、よっしゃー、とか、ダリー、とか様々な声があがる。
 俺はどっちかと言えば、ダリーって感じだったが、わざわざ口に出すほどじゃなかった。
「俺、女子のとこ行っちゃおうかなぁ」
 何も言わずにこにこしてるが人一倍めんどくさかったらしい雪彦が小さな声で呟いた。
「やめとけよ。羽賀ちゃん(女子担当体育教師)に怒られるぞ」
 俺はそう忠告したのだが、雪彦はにっこり笑う。
「羽賀ちゃん、今日は休みらしいよ」
 ウィンク付きでそう言った。
 さすがだ。女を通じて、雪彦にはあっという間に情報が伝わる。
 クラスの中から試合に出るのは11人だ。それ以外は補欠。今日は全クラス合同なので、全員が試合に出る余裕はない。
 だが、レギュラー決めの話し合いで、雪彦はメンバーに入ってしまった。
 運動神経の優れた雪彦を、皆が試合に出させたがったから。それは当たり前といえば当たり前な展開。
 あと、俺は背が高いからという理由でゴールキーパーにされた。
「よっしゃー、勝つぞー!」
「おー!」
 サッカー部の連中を中心に盛り上がる。特にサッカー部員は、部員がいないクラスには絶対に負けたくないらしくて、そのせいで力んでいるんだ。
 そして試合がまると、
「雪彦ーっ、頑張ってー!」
 響く女子の歓声に、皆驚いて卓球場の方を見た。卓球場の窓が開き、女子が顔を出して騒いでいる。女子担当の羽賀先生が休みなもんだから、やりたい放題だ。
「せーのっ、ゆっきー!!」
「頑張ってー!」
「雪彦くーん、かっこいいー!」
「あー、いいなー、ゆっきーは」
 俺の前に立ってたサッカー部の石川が女子の呼び方を真似て言った。気持ちはわかる。活躍してるのはサッカー部の石川の方だ。でも女子は雪彦を見てる。
「ゆっきーがんばれー」
 石川はやる気をなくしたように、力ない声で雪彦に向けて声をかけた。
 その時、ボールに右足を置いて止まっていた雪彦が、卓球場に向けて大きく手を振る。
「ありがとー」
 続けて、その両手を唇に当てた。
「げっ」
「まさか」
 そこら辺で、雪彦を揶揄するように「ゆっきー」と呼んで笑っていた男子目がけて、投げキッスが放たれた。決して女子に向けてじゃない。
 そのキッスは俺達の方にも発射された。
「ぎゃー、やめろって!」
 俺はしゃがみ、石川は横っ飛びに避ける。
「ぁははは」
 女子の笑い声が響いた。
 う、嬉しくない。
 雪彦は一通り男連中に投げキスを食らわせると満足したのか、足元のボールをやっと蹴り出した。
 そこに立ち直った数人が追いすがる。
 ああ、特別何かをしていなくとも、器用にこなしちゃう奴ってのはいるものだ。雪彦を見ていると凡人の俺なんかは感心してしまう。
 ひょいひょいとボールを操って、敵を避けていく。巧い。
 雪彦がサッカー部員のスライディングをジャンプして避けた時だった。着地を狙ったナイスなタイミングで、長戸がさらにスライディング。
 雪彦は避けようとしたが、バランスを崩した。
「あっ」
 俺はその場で一歩踏み出してしまう。
 見事に雪彦は倒れた。長戸ともつれるようにして。
「おいっ」
「大丈夫か?」
 コート内の奴らが駆け寄る。女子の小さな悲鳴。キーパーの俺は一応、その場を動かずに見ていた。
 雪彦は仰向けの長戸に覆いかぶさるような態勢になっていた。体を起こすと、長戸を見下ろしてその頬を叩く。
「大丈夫か? 礼詩」
 長戸は気絶してるのかと思ったが、声をかけられてすぐ目を開いた。そして、途端にその頬が赤くなった。
「ご、ごめ…ん」
 と、口が動いたのだけ、俺には見えた。
 雪彦が手を引いて起き上がらせると、長戸は足腰に力が入らないようによろけた。とっさに雪彦が支えるようにその体に腕を回す。
 長戸は抱かれるように支えられて、なんとか立ち上がった。
 その様子を見ていた女子がまた、いいなーとか、羨ましいーとか騒ぐから、長戸の顔はしばらく赤いままだった。
 
 購買に寄ってから教室に戻った昼休み。
 俺は雪彦より一足早く戻ってきていた。そこに中丸が近付いてくる。
「よう、雪彦は?」
「購買」
「そっか」
 中丸は俺の前の席に後向きに座った。
「あのよ…」
「ん?」
 中丸は俺の目を見ない。机をじっと眺めていた。
「長戸って雪彦の幼なじみだよなぁ」
「そうらしいよ」
「あいつ……長戸。雪彦のこと好きなんかな」
「…………ウソ」
「サッカーの時、様子おかしくなかったか」
「そ、そうかな」
 俺は鈍いんだ。なんで俺にそんなこと聞くんだ。
 俺と中丸はそわそわと教室の入り口を気にしながら続ける。
「どこ見てそう思ったんだよ」
「長戸の奴見てたらなんかわかったんだよ」
「嘘だぁ……だって普通だったろ」
「いや……あ」
 その時、雪彦が教室に入ってきた。
「やっぱり卵サンドにした。……中丸は?」
「へ?」
 入ってくるなり昼食の話。全然違う話題だった俺達は一瞬、ついて行けない。
「……俺は今日は学食」
「あ、そうなんだ。二人で何話してんの?」
「別に。じゃな」
 中丸はすっかりいつもの仏頂面で立ち上がると、さっさと教室を出て行ってしまった。
 あー、逃げた……。
 
 長戸が雪彦を好きでも、あまり驚かない。雪彦には男のファンもいるからな……。
 だけど、男も見惚れる美形の雪彦と、ちょっと無愛想だけど愛敬のある顔をしてる長戸が絡んでるところを想像すると、ちょっぴりドキドキしてしまう俺だった。






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