短編集 大学生。 俺の部屋に入り浸っている浩樹。彼は親友の哲哉が連れてきた男。 後になって哲哉は言った。「あいつ、俺の好きな子の彼氏」。 だから俺はそいつと会う時は、つい身構えてしまっていた。哲哉は狙った女は必ず落とすからさ……その彼氏と仲良くなるのはまずいだろ。俺は哲哉の親友だし。 だけど、そいつは俺のことが気に入ったらしくて、哲哉抜きでも連絡をしてくる。遊びに誘われる。 何の警戒心もない、明るい奴。 そう思っていた。だけど。 困っていた時、そばにいたからつい頼ってしまった。手伝ってもらって、徹夜でレポートを仕上げた日、二人で飲んだ。 寝不足のせいで、俺も浩樹もベロベロで。 俺は酔い潰れて、部屋で倒れた時、浩樹が上に乗って来ても何も思わなかった。服を脱がされても、警戒心も沸かなくて、眠りにつく寸前の状態で意識を保っていただけ。 ぐったりしている俺に、浩樹はキスした。 「……あ?」 俺は目は開いていても焦点が合わないくらいモウロウとしていた。 浩樹は黙って俺の乳首をつまんで揉んでる。 くすぐったいけど、耐えられないほどではなかった。……が、だんだん、くすぐったいのとは違うようなむずむずした感じがしてきて、そのタイミングで、下半身をぎゅっと握られた。 「ぁっ」 浩樹が俺の胸に顔を伏せた。 「勃ってんじゃん」 「疲れてるからな……あ、やめろ、それっ」 やっと俺の意識がはっきりしてきた。 乳首をなめられてる。きゅっと歯で揉まれると、腰がはねた。 その日、そのまま、浩樹に抱かれた。 哲哉のため。 自分にそう言い聞かせながら。 浩樹は俺の部屋に入り浸るようになって、彼女も放っておくような状態。 抜け目ない哲哉が、浩樹の彼女を奪った。 ……後日、哲哉に呼び出された。 「なんか、おまえのおかげで彼女とつき合えたって感じ」 哲哉はそう言って笑った。 ああ、そうだな。ほんとに、俺のおかげだよ。 俺は曖昧に笑う。 「そんなことないだろ。彼女、初対面からおまえのこと気に入ってたみたいじゃん。俺は関係ないって」 「いや、でも、浩樹がおまえとばっか遊んで彼女ほっておかなかったら、俺とつき合ってくんなかったかも知れないじゃん」 「関係ないって」 関係ないわけない。 浩樹が俺の体に溺れてる間に、おまえは彼女とうまくいったんだから。 なんだか俺は、虚しかった。 哲哉の為にしたわけじゃない。 でも、それが哲哉の為になったんだ。おまえは知らないけど……。 「良かったな」 俺は哲哉に、おめでとうと言った。 哲哉は幸せそうに笑っていて、俺は……虚しい。 自分の家に帰った途端、浩樹が俺の胸倉をつかんだ。 もやもやした気持ちをどうにかしたくて飲み過ぎて、軽く酔ってた俺は、最初に抱かれた日のように反応が薄かった。 「おまえに聞きたいんだけど」 「……え……?」 「今日、元カノに会って来たんだよねぇ。で、言われたんだよ。おまえの親友の、哲哉とつき合うって。おまえ、哲哉に頼まれて俺のこと引き留めてたの?」 「は?」 「哲哉の為に、俺のそばにいたのかって聞いてんだよ!」 「言ってる意味がわかんないけど」 引き留めたって、なんだ。 「浩樹が勝手に俺の家に転がり込んで来たんじゃん……俺、何もしてないだろ」 そう言った途端、浩樹の顔が歪んだ。 ばんっ、と頬を平手で殴られて、俺はよろめく。だけど胸倉つかまれたままなもんだから、倒れることはなかった。 「勝手に転がり込んだ、だぁ? あれだけ俺に媚び売っといて、俺をその気にさせといて!」 「……ばか、じゃねぇの」 頬も口の中も痛かったけど、俺は言ってやった。 媚び? そんなもん売ってない。 勝手にその気になって、俺に執着して、それで俺を殴るのかよ。 浩樹を見上げ、俺は、文句を言ってやろうと開きかけた口を、あんぐり開いたままにしてしまった。 浩樹は泣いていたから。 「畜生っ」 ばん、と俺は背中を壁にぶちあてた。俺を壁に押しつけた浩樹の手が離れていく。 「俺が踊らされてただけかよ……くそっ」 俺は悟った。浩樹は俺が好きになったのか。 いつから? 泣いてる浩樹を見ると、俺は責められなかった。 だって、辛い気持ちはとてもよくわかるから。いつでも俺は哲哉に失恋しているんだから。 「……ごめんな」 俺は小さく、呟くように言った。 俺を見た浩樹に、笑いかける。 「そんなつもりじゃなかったんだ、本当に。浩樹といて俺も楽しかった」 浩樹と目を合わせたまま言う。浩樹の目は強い光を宿していて、恐いくらいだった。 だけど、その目がふっと和らぐ。 「わり…」 ぽつんと、謝罪された。 「いいよ。……俺も、ごめん」 ごめん。本当に。 おまえのこと、俺は好きでも何でもない。 一緒にいるのが楽だっただけ。抱かれるのは気持ち良かったけど、ただそれだけ。 どうしようもないよな、浩樹。 俺達、失恋してる者同士、似てるのかも知れない。傷をなめあうには、ちょうどいいのかも知れない。 浩樹は翌週、俺の部屋に引っ越して来た。 浩樹は、俺が哲哉を好きなこと、気づいていたかも知れない。それでもそばにいてくれた。 大学を卒業すると同時に、なんとなく俺達は別れた。お互いに、すれ違う思いを抱えて寂しかったから。 だけど、浩樹がいた間、俺は本当に慰められた。楽しかった……。 終 [*前へ][次へ#] [戻る] |