短編集 おとぎ話「裸の王様」 ある国に、大層傲慢な若い王様がいました。王様は横暴で、機知に欠け、自惚れ屋で、華美を好み、ダメダメでした。でも王様なので、誰も文句は言えません 。 王様はおしゃれでした。派手な衣装が大好きでした。 しかし毎日衣装を取っかえ引っかえし、同じ物は二度と着なかったので、とうとう国中の仕立て屋に飽きてしまわれました。 そんな折です。噂を聞きつけ、是非王様に取り立てて頂こうと外国から二人の仕立て屋がお城にやって来ました。髭を生やした壮年の男と、助手の若い男です。 王様は早速、彼らに今度のお祭りで着る衣装を作らせることにしました。 仕立て屋はメジャーを持ち、パンツ一枚になった王様に近づきます。採寸をして服を作るのです。 王様の向かいに立ち、 「失礼致します」 と言って背中に手を回し、胸部にメジャーを巻き付けます。その時、ぐっと近寄った男の鼻先は王様の胸に触れそうになりました。香水と混じって香る、王様の爽やかな若い男の体臭が仕立て屋の鼻腔をとろかしました。 思わず仕立て屋は間近にさらされた肌を凝視しました。 そうです。王様は何も出来ない人ですが、唯一の取り柄は国で一番美しいその容姿です。 ぬめのようななめらかな肌にぽっちりと乗っているピンクの乳首に、仕立て屋はメジャーをこすりつけるように動かしました。すると王様の乳首はきゅっと緊張し、硬く立ち上がりました。 そっと目を上げ王様のお顔をうかがうと、くすぐったそうにわずかに眉をひそめて小刻みに肩を揺らしています。 そのお顔が、仕立て屋を煽りました。 この男を辱めたい……! 仕立て屋はにやりと笑い、王様に申し上げました。 「王様、実はわたくしめは、特別な、ひじょう〜に珍しい布をお持ちしております。こたびのお衣装はその布で仕立ててはいかがかと」 「なに。どんな布だ?」 王様は目を輝かせて尋ねました。仕立て屋は助手に目配せすると、 「只今、お持ちいたします」 と言い、二人で隣室に消えました。 仕立て屋と助手はすぐに戻ってきましたが、何やら重い物を恭しく掲げています。いえ、掲げているようなしぐさをしていました。誰にも、二人が持っている物が見えなかったのですが、なんと二人はそれを王様の目の前に捧げ持ち、言ったのです。 「これは『馬鹿には見えない布』でございます」 室内は沈黙に包まれました。 その場にいた王様、王様のお世話係や護衛、はたまた大臣まで、誰にもその布が見えないのです。 皆、自分は馬鹿なのだと思いました。しかしそれを知られるわけにはいきません。 最初に王様が口を開きました。 「うむ、見事な布じゃ」 すると途端に、周りの人達が一斉にその布を誉め讃え始めました。 この場にいる人達の中で、一番の馬鹿は王様です。その王様に布が見えているのです。これは、布が見えないとなれば、国一番の馬鹿の王様よりも馬鹿ということになってしまいます。 誰も、国一番の馬鹿だとは思われたくないようです。 「こんな素晴らしい生地は拝見したことがございません」 「王様にたいそうお似合いです」 「本当。素晴らしいですね」 ひきつった笑顔でのお世辞の中、仕立て屋と助手だけが満面の笑みを浮かべていました。 そしていよいよお祭りの日がやってきました。 王様のお誕生日祝いです。王様はお城の前の広場にお出になり、この日だけ一般人と触れ合うのです。 いよいよ広場に、「馬鹿には見えない布」と、「馬鹿には見えない糸」で仕立てられた衣装を纏った王様が現われました。 その瞬間、賑わっていた場内はしんと静まり返りました。 大臣が慌てて解説します。 「王様のご衣装は、非常に貴重な布で仕立てられている。馬鹿には見えない布だ。とても高価な物だ」 広場の大衆は感心したようにため息を洩らしました。もちろん誰にもその服は見えていません。しかし、王様が裸で現われたという突飛な出来事のショックがだんだん薄れてくると、人々は皆、その恵まれた肢体に見入るようになりました。 どんな芸術家も作れない高貴な麗しいお顔立ちと四肢です。輝くばかりの白い肌や、眸の碧も、奇跡のようなきらめきです。 広場のあちこちで、ごくりと咽喉を鳴らす音がしました。 王様は皆の陶然としたまなざしを受け、有頂天です。自分に見えないのは残念ですが、皆の注目を受けていることが、おしゃれ好きの王様の自尊心を満足させました。 王様が良い気分で広場を闊歩し始めた時です。 一人の子供が、群衆の中から飛び出して来ました。王様を一目見ようと頑張って人垣をかきわけてきたようです。 子供は王様を一目見て、指差して叫びました。 「どうして王様は裸なの?」 かっと王様のまなじりが吊り上がりました。 「なんだと!」 思わず王様はこればかりは誰にでも見える布でできている、赤いビロードのマントを手繰り寄せ体を隠そうとしました。 それを見た、群衆の最前列の者が口々に叫びます。 「王様、素晴らしいお洋服ですよ!」 「子供だから、服が見えていないんですよ!」 「そうです!こんな素晴らしいお衣装は見たことがございません!」 「一体、この馬鹿な子はどこの子供だ!」 口々に誉め讃えられ、王様の機嫌は一瞬で直りました。子供は親にひどく叱られながら連れて行かれました。 こうしてまたお祭りの再開です。 ところで、王様はマント以外にもう一点、目に見える布で仕立てられた物を身につけています。パンツです。 なぜ、パンツだけは普通の布なのかと、ある男が誉れ高き仕立て屋に尋ねました。すると仕立て屋は、そっと男に耳打ちしました。 「馬鹿には見えない布は羽のように軽く、そしてとても通気性が良いのです。ですから、どうもこころもとないと王様はおっしゃいました」 「そうですか」 「そうなのです」 二人はひどく残念そうな面持ちでした。 唯一隠された股間には一体どのようなモノが隠されているのかと、余計に人々を淫靡な気持ちにさせます。 王様はその不躾な視線にも気付かず大層ご機嫌でした。 その後、国中で王様の人気が急上昇したことは、仕立て屋の下心が謀らずとも功を奏したといえましょう。 王様は末長く国民のオナペッ……ゲフンゲフン……アイドルであらせられました。 仕立て屋は王様をてごめにしようとした罪で、追放されてしまいました。 めでたしめでたし。 **おしまい** [*前へ][次へ#] [戻る] |