短編集 貧乏道中徒然雑食記 〜花飛、山中にて策を弄するも信を失せりの章〜 貧乏道中のさなか、食料が尽きた。 人も通らない山奥の廃れた道。最後の食事を3人で惜しみながら腹におさめた。それでも腹は満たされてない。 「……どうすんだよ」 誰も言おうとしなかったその言葉を、俺はとうとう口にした。 「どうもこうも……」 俯き加減に篝火を見つめながら呟く思麻(シマ)の目も、うつろ。 空腹なのは一緒か……。 「山に入るしかない」 思麻は一大決心をしたかのような声音で言った。 それしかないだろうなぁ。次の町までまだ三日程あるし、恵んでくれる人が通りそうな道ではない。 しかしなぜ思麻がそれほど沈痛な面持ちで言うのかわからない。 尋ねてみると、 「過去、何度か山の食物で飢えを凌いだが、なぜか当たるんだ」 「あぁ…」 当たる、とは、知らずに毒素を含む植物を食べてしまい、毒に当たったということだ。数ある山の植物……どれが毒物なのか、素人にしてみれば命を賭けたギャンブル。 「そうだ!」 黙っていた修契(シュケイ)がその時、大声をあげた。 「花飛(カヒ)はずっと独りで山で暮らしてたんじゃないか! だったら大丈夫だよな!?」 「そうだった。しかも薬草の栽培をしていたんだから…」 思麻までもが、期待をこめたまなざしで俺を見る。 しかし。 残念ながら、俺はゆるく首を左右に振った。 戸惑う二人に告げる。 「俺が住んでた山からずいぶん離れたんだぞ? 気候がだいぶ違う。この辺で育つ草なんか、ほとんど知らないな」 「…なんだ…」 「使えない奴」 勝手に期待しておいてその言い草か! 俺はあえて口に出して抗議はしなかったが、修契をギッと睨む。 …………無視された。 修契を道に残して、翌朝、俺と思麻は山に入った。 「きのこの方が、食べられるものが多いか?」 思麻がそう尋ねてきたのもわかる。けっこうたくさんの種類のきのこが群生していて、一見すると美味しそうだ。しかし、 「きのこの方が、毒性のものが多い。……あ、これは食べられるぞ。割とどんな気候でも育つ草なんだ。煮て食う」 俺が茂みから、ある草だけを選んでむしっていくと、それを見た思麻も倣う。 「この葉か?」 「うん。もっと暖かい地域だと、似た葉っぱの毒性のやつが生えてるから、注意しろよ」 「はい、師匠」 にっこり笑って、思麻はよい子の返事。思わず俺も胸を張る。 「うむ、山の恵みに感謝せよ。では次はこれだ」 また少し奥に入った所にあった、赤い実をたっぷりと実らせた腰ほどの高さの低木を指す。 「あれは、不味い」 「へぇ」 「美味しそうな色をしておいて、アイツは舌を焼く刺客だ。我々の味覚を破壊するために闇より遣わされた恐ろしい刺客ぞ。どんな空腹でも食してはいかんぞよ。よいか」 「はい、師匠。……あっ」 さらに足を進めようとして、思麻が何かに気付いた声をあげたので俺は振り返ってみる。 赤い実のなる木に、鳥がとまって実を突つき始めたところだった。見ていると、実をぱくぱくと食べ始める。 「師匠……?」 思麻の不審の声を受けながら、俺も木に近寄った。実をひとつプチッと取り、口に運ぶ。 「……悪い」 満面の笑みで、振り返った。 「これは食べられるやつだった。ごめんごめん☆」 「……」 フーー、と思麻のため息。 二人で少しその実を摘んで行くことにする。 「採りすぎてはいかんぞ。鳥さんの食べる分を残しておかねばな」 「はいはい」 「ではそろそろ、もう少し奥に行こうか」 道のない山には慣れている俺はどんどんと奥へ入っていく。遅れながらも思麻はついてきた。 「この草は煎じて熱覚ましにするんだ。少し摘んでいくか。おっと、これは珍しいな。酒で煎じて塗り薬にできるんだぞ。こっちは食べられる。おいこれ見ろよ、食中植物って言って、ここに虫が入ると消化液が……あっっ! こ、このきのこは!」 思わず、俺は大声をあげる。 土に這いつくばって草を漁っていた俺を、立ったまま見下ろしていただけの思麻も膝をついて覗き込んできた。 「食べられるきのこか?」 「食える。採れ。頭が良くなるきのこだ。修契に食べさせるんだ。思麻は食べたらダメだぞ」 「……本当に食べられるきのこか?」 「もちろんだ。師匠を信じろ」 「師匠、さっきから笑いをこらえてるでしょう?」 ばれてたか。 しかし俺は言い切った。 「安心しろ」 と。 そう、決して死ぬようなきのこじゃないし。 夕暮れまで山をさまよって、食用から薬用まで様々な草、実を採集した。張り切っていたのは俺だけだ。 日が落ちる頃に、沢で汲んできた水で俺が鍋を作った。 「結構知ってる草があって良かった。あぁ、これで米があれば美味しい雑炊なのになぁ」 鍋をかきまわしながらだんだん良い香りがしてくるのを嗅いでいると、つい米のことまで考えてしまう。しかし俺の口調は浮かれていた。 鍋の横では、例のきのこがそろそろ焼けているようだ。 「修契、ほら、きのこがもう焼けたぞ」 俺はご機嫌の口調のまま、修契を呼んだ。 「おぉ」 一日、空腹で荷物番をしていた修契が何も疑わず近づいてきた。 「鍋もすぐできるからなー」 言いながらきのこを串に刺して手渡す。また鍋に注意を向けている振りをしながら、横目でうかがう。 思麻も何も言わず、修契の様子を注視していた。 「……おっ、けっこう旨……あ、いや、むぐむぐ、味があんましないぞ……?」 言いながらも、腹はすいてるだろうし決して不味くはないので、修契はあっという間に一つを食べてしまった。そのタイミングを狙って、椀を差し出す。 「こっちは旨いぞ〜」 「おう」 「思麻も、はい」 「ありがとう」 俺達、二人は、かたずを飲んで修契を見守った。 何も疑わず、スプーンを口に運ぶ姿を。 「ん、う、っ」 修契が口元を押さえた。 「う、うンま〜〜〜……マズイッッッ!!」 ガンッ! 投げ付けられた椀を軽く避けると、背後で木に当たる音がした。 俺はとうとう笑い出す。 「わははは、バカめ!」 「て、てめ…」 修契に食べさせたのは味覚を狂わせるきのこだ。効果は一時的なもので、明日の朝には治る。 スプーンを握り締めて怒りに立ち上がる修契。迎え撃とうと俺も立ち上がり、そしてその横では思麻が椀をすすった。その瞬間、 「ま、マズ…」 思麻までもが呻いて横を向き、口の中のスープを吐き捨てる。 な、なぜだ? 俺は怒りに燃える修契を放置して、鍋の中身を直接スプーンですくった。恐る恐る、口をつけてみる。 「っ!」 まずっ! 舌を刺す苦味。 咽喉にまとわりつくような触感。 吐き出そうとしてもそれは食道を通っていってしまった。 もがく俺を修契が不思議そうに見る。 「なんだ、わざと不味く作ったんだろ?」 「ち、違……きのこ……まず……思麻、水くれ……」 息も絶え絶えだ。 思麻が渡してくれた水筒の水で口の中を洗い、なんとか息をつく。 「う、うぅ……何か材料を間違えたらしい」 修契にきのこを食べさせることで頭がいっぱいだったせいだ。 鍋をかきまわし、その内容を注意して見てみると、滋養強壮作用のある非常に苦い薬草が混ざっていた。本来、乾燥させて粉末にし、多量の水に溶かして飲むものだ。 しかし…… 「シマサン…」 俺は暗い声で呼び、振り向いた思麻に例のきのこを差し出した。 思麻が顔をしかめるのももっともだ。しかし! 「涙を飲んで食べろ! これを食べれば、スープの苦味も多少は和らぐぞっ!」 「…………」 しばし惑っていた思麻も、空腹感に負けたのだろう、きのこを手に取った。 毒をもって毒を制すのだ。 きのこで味覚がバカになれば、恐ろしいスープの不味さもマシになる。ちょっと苦い薬湯だと思えばいいんだ。体にいいものしか入ってないんだし……。 お腹はすいてるし……。 苦い顔できのこをかじり始めた俺達の顔を修契はしばし交互に見ていた。やがて座り直してきのこを新たに火にくべ始める。 そして呆れたふうに言う。 「きのこだけ食べればいいだろ。これは別にうまくも不味くもないんだから」 「ダメだっ!」 「修契の言う通りだ、花飛。スープは諦めてきのこだけ…」 「思麻っ、俺たちが苦労して採ってきた野草だろ?」 「主に苦労したのは花飛」 「おまえが自分で食えないようなもん作っちまったんだから、諦めろよ。おまえが悪い」 「くっそー……意地でも食ってやるっちゅーねん!」 翌日、俺だけが元気いっぱいだったことは言うまでもない。 鼻血が出るほど元気だった。滋養強壮の薬草を、用法用量を守らず腹いっぱい食べたからな…。 終 [*前へ][次へ#] [戻る] |