短編集 たばこのように消えていく 窓を開け、少し肌に冷たい空気を感じながら煙草に火をつける。枠に腰掛けて煙を吐き出した。 こちら側の窓は住宅街向きなのか、まばらに明かりが見えるだけのひどく暗い夜景を肩越しに眺める。反対側は駅前の歓楽街で、気まずくなるほどに明るい景色が見えるはずだ。 俺は寂しいんだろうな。 今更になり理解した。 こうしてハッテン場で行きずりの男と出会い、体を重ねているのは、やはり寂しいからなんだ。 俺は寂しい人間だったんだ。 最初の一口だけで、指の間で放置していた煙草から、はらりと窓の外へ灰が落ちた。その様子をやけに寂しげに見下ろしてみると、なんだか虚しくなってくる。 寂しい人間だなんて言って、かっこつけてどうなる。何やってんだ……。 室内へ視線をやるとベッドの上では俺に背を向けて眠っている、今日会ったばかりの男が見える。 セックスはまあまあよかった。一時、俺を満足させてくれた。悪くない。 話も合った。 煙草の銘柄も同じだったりして、ちょっと縁を感じた。 それで満足だ。 そう思った。 そう思わなければ、寂しくて生きられない。 思えば生きがいもなく仕事も適当で、恋人もなく友人はいるけど本当の友達はいなくて家族仲も悪くて……………………寂しい。 気付いてしまえば一層寂しい。 俺はこんな人間だったんだなぁ。 生きている意味なんてないなぁ。 もう二十代も半ばを過ぎるというのに、なぜ今更気付いたのだろう。 こんなこと、思春期に悩むことなんじゃないのか? 胸には虚しさが暗い穴を開けていた。 灰がまた落ちそうになり、中央のテーブルにある灰皿に歩み寄る。煙草を押し潰して俺もベッドにもぐりこんだ。 男の背中に抱きつくと、熟睡はしていなかったらしいそいつが振り返り、俺を抱き寄せた。 「体、冷えてるな」 寝呆けた声。 「窓開けて煙草吸ってたから。あ、悪い、窓開けっ放し……寒いか?」 「いーよ。こうして寝てれば寒くない」 ふ、と笑みが浮かんできた。 俺も男の胸に擦り寄り、 「そうだな」 そう呟く。 顔を少し傾けた男が、俺の唇に軽くキスをした。そしてまた目を閉じる。 俺も目を閉じた。 明日はまた会社に行って、たまに誘われる飲み会に行ったり、残業で疲れて弁当買って帰ったり、俺に気がありそうな女の子をかわしたり、むらむらしてゲイAVで一人で抜いたりハッテン場行ったり……この男に連絡をとってみるのもいいかも知れない。 寂しくても、それが人生だ。 俺は自分に言い聞かせた。 終 [*前へ][次へ#] [戻る] |