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短編集
おとぎ話「ただ一人の王子」
 声が出なくなって、城を追い出された。
「なんだってんだよ、唄えねーくらいでよ」
 場末の酒場でぼやきながら酒をあおる。
 でも本当は、八つ当たりだってわかっているんだ。
 唄うために、城に召し上げられていたのだから、僕は。
 
 
 僕の歌声を讃めて、城へ行って王様のお気に召せばいい暮らしができる、と言ったのは、田舎の小さな学校の先生だった。
 僕は先生の言うことに、期待をして、都へのぼってきた。
 先生が紹介文を書いてくれた人を訪ねていったのだけれど、その人は生憎と一番下っ端の兵隊で、仕方なく僕を上司の小隊長に紹介してくれた。
 小隊長は、僕を見るとふっと鼻で笑い、まずは道楽好きな子爵に紹介してくれた。
 子爵は僕の歌声をお気に召し、召し抱えたいと言って下さったんだけれど、僕は王様に仕えたくて来たのだと説明をすると、快く宴の席に連れて行ってくれた。
 王様に紹介され、無礼構ということもあって眼前で唄うことを許された。
 僕は精一杯唄い、王様はお気に召されて、城に置いて頂けることになった。
 それが13歳の時だ。
 ところが、僕はすぐに、僕の歌声だけが気に入られたわけではないことを知る。
 それは、城で寝起きするようになってすぐだった。
 夜、王様のお呼びがかかって寝室へと向かった。
 寝る前に音楽をお聞きになることは聞いていたから、僕は何の疑問も抱かず正装をして向かったのだ。
 ところが、お部屋に入ると、唄う間もなく王様は僕の服を脱がし始めた。戸惑う僕に構わずに。
 その夜、初めて僕は男の人を体に迎え入れた。
 
 唄うよりも、夜のおつとめの回数の方が多かった。
 そうやって数か月過ぎた頃だ。
 僕は久しぶりにお城の外へ行きたくなって、許可を貰って一人で出た。
 誰も僕を止めはしない。僕の代わりなんて、いくらでもいるということなのだ。
 田舎の村で噂に聞いたような、王様に気に入られて気に入られて、出世し、歴史に名を残したような音楽家なんて、本当にいるんだろうか。
 いたとしても、僕のように、体で王様の関心を引き留めていたに違いない。
 僕はすっかり、人間不信になっていた。
 その時、門を出たところで声をかけられた。
「おい、チビ」
 チビなんて、誰が僕をそんなふうに呼ぶんだろう。
 振り返ると、門番の敬礼を受けながら、門から若い男が馬に乗って出て来た。見覚えがあるような、ないような……その顔をじっと見る。
「なんだ、恩人を忘れたのか」
「あっ」
 人を小馬鹿にしたように話す、その人は、僕を子爵に紹介してくれた小隊長だった。
 彼は僕の前で止まると、手を差し伸べてきた。戸惑いながらそれにつかまると、ひょいっと馬の上に引き上げられてしまう。
「お前の噂は聞くぞ。どうやら、ずいぶん王様に気に入られたらしいな?」

「そんなの……」
「体だろうが歌だろうが、気に入られたんならいいだろう」
 そう言うけれど、彼はどこか僕を馬鹿にしたような口調だった。
 悔しくて、涙が滲んでくる。
 いい暮らしをしたくて城へ来たけれど、でも僕は、ただいい暮らしをしたかったわけじゃない。歌を、認めてもらいたかったんだ。
 小隊長は僕の涙を見て、また、ふんと鼻で笑った。
「俺は今は連隊長なんだ。この年齢でこの出世は早いんだぞ。お前にわかるか?」
 なんて、自慢げに言ってくる。
「知らないよ」
「だろうな。お前、無知そうだからな。出世しすぎて、他の連隊長には相手にされねぇし、同い年の奴は俺の足を引っ張ろうと躍起になるが、俺は構わない。出世したもん勝ちだからな」
 僕は驚いて、連隊長の顔を見上げた。
 彼は清々しく笑ってはいるけれど……。
「いじめ、られてるの?」
「城の中よりは、軍隊の方がましさ。功績をあげて実力を見せつければ奴らはおとなしくなる。力がある者には従うからな」
「連隊長さんは、凄い人なの?」
「おいおい、ただの仲じゃないんだから、名前で呼んでくれよ」
 苦笑して、連隊長は僕の耳元に口を近付けた。
 そして、そっと、名前を教えてくれた。
 
 後にも先にも、都へ来てから僕をまともな人間扱いしてくれたのは、彼だけだった。
 城の人達は僕のことを、いい暮らしをしたくて城へやって来たいやらしい子供だと言い、僕を抱く王様まで悪く言った。
 誰も彼も、笑顔で僕の歌声を讃めるけれど、陰では散々悪く言っているのだ。
 そして、3年過ぎ、僕は熱病で咽をやられてしまった。
 王様はろくに僕の歌声なんて聞かなかったのに、声が出せなくなるとすぐに僕を追い出した。
 3年も経ったので、僕の体にも飽きていたのだろう。そういえば、夜のおつとめに呼ばれる回数も減っていた。
 城を身ひとつで追い出され、僕は行く所がない。
 村へ帰っても、分不相応な生活を夢見て挫折した奴だと笑われるのは目に見えている。
 もう唄えない。どうしよう。
 
 場末の酒場で、僕は毎日酔い潰れるほど飲んだ。
 酒は咽に良くない。
 いっそ、全く声が出せなくなってしまったら、いいのに。
 そう思いながら飲んでいた。
 
「もう、やめておけ」
 僕の手をつかんだ人がいる。僕よりずっと大きな手だった。
 ほっといてくれ、と言い捨てて僕はその手を振り払おうとした。でも、力が違いすぎて逃れられない。
 うっとうしいな。何のつもりだ。
 僕はその人を振り返った。
 最初、誰だかわからなかった。
 精悍な顔に、たくましい体。
 粗野な雰囲気だったけれど、その目は温かい。
「…え、エレン」
 僕はその名前をかすれた声でつぶやいた。
 連隊長だったエレンと会うのは、3年振り。
 あの日以来だったのだ。
 
「久しぶり。でっかくなったな、ジーン」
「僕のこと…覚えてたの」
「ああ。クビになったって聞いて、探してたんだ。やっと見つけたぜ。さあ、行こう」
 立たされ、無理やり酒場を連れ出された。
「どうして?  どうして探してたんだよっ」
「お前、どこかで無茶してるんじゃないかと思ったからさ。こんな所で飲んでたら、いつ誰に襲われるかわからないぞ。お前みたいに可愛いのは珍しいんだから」
 エレンの声はいつものように僕を馬鹿にする感じじゃなかった。
 同情してるんだろうか。
「エレンには、関係ないじゃないか」
「俺にとってはそんなことはない」
 エレンの馬に乗せられた。
 どこへ連れて行かれるのだろうか。
 子供の頃のように、エレンの前に座り、後ろから抱かれるかのようにエレンの腕は手綱を握っている。
 ふと、彼の口が耳元へ寄ってきた。
「お前が、ずっと心配だったんだ」
「え…」
「王に捨てられたら、その時は俺が拾おうと思っていた。この日をずっと待っていたんだ」
「ど、同情なら…」
「同情なもんか。俺はお前の虜なんだ。初めて会った日、お前の歌声を聞いてからな」
 小隊長が、自慢の歌を聞かせてみろと言った、初めて会った日。
 僕は汚い兵営で唄った。
 一生懸命、歌を唄った。
「お前の歌なら成功できると思ったが、馬鹿な王様はお前の価値をわかってなかったんだな」
「ありがとう……でも、僕はもう唄えないよ。もう…」
 いまさら、どんなに讃められたって。
 声がでないのだ。
 天使のようだと、村の先生や友達が言ってくれた歌声は出せない。
 けれど、エレンは言った。
「いいぜ、唄わなくても。俺のそばにいろ」
「どうして…」
「わからないのか?  チビは」
「チビじゃない」
「わからないなら、チビだ。心は成長してないな」
 くすっとエレンが笑う。
 でも、それは馬鹿にしている感じではなくて、それがすごく嬉しかった。
「お前が欲しかったんだ。初めて会った日から」
 エレンが後ろでそう言った。
 その意味は、なんとなくわかる気がした。
「僕も……エレンのことは忘れなかった」
 3年間、会わなかったけれど、城で僕を一人の人間としてちゃんと見てくれたのはエレンだけだったから。
 僕はエレンの立派な家に連れて行かれた。
 エレンは僕と違ってどんどん出世していたんだ。
   家に着くと、エレンは僕を正面からぎゅうっと抱き締めてくれた。
「俺のそばにいろ」
「……うん」
 都へ来て初めて、僕は居場所を見つけられた。




終 

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あきゅろす。
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