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短編集
汝は溺れる者
高級車から降り立った堂々とした風格の男は、身分チェックを受けることもなく兵舎の門を通り過ぎた。
 通常、部外者は受付で身分や用件を伝えてから応接室で待機するものだが、彼は、
「ルマン少佐に来客を伝えてくれ」
 と受付の男性に伝えると、勝手に建物の奥に向かって行く。
 それを咎める者はなかった。
 途中、すれ違う兵士が、
「こ、これは、タガク大佐殿!」
 と改まって彼に敬礼してゆく。
 彼は無愛想にそれにうなずいて応えていた。
 
 
 やがて勝手に入り込んだ部屋は、階段をあがって3階の奥にある部屋だ。そこは陸軍少佐、ルマンの執務室であった。
 ノックと同時に扉を開いた男を見て、ルマンは顔をしかめる。
「タガク殿……また」
「受付係は俺の来訪を伝えなかったのか?」
「聞きました。そろそろ勝手に内部を歩き回るのはやめて下さい。あなたは一応、部外者ですよ」
 タガクはルマンの文句を笑って聞き流した。いつものことである。
 タガクは元陸軍大佐。若くして大変な出世をしたエリートだったが、時代錯誤な軍隊で高い地位にいるよりも金になる職を見つけ、いち早く転身してしまった。彼は今では、軍隊にとってなくてはならない、武器商人である。
 たびたび軍部に商用で出入りするのだが、なにぶん、彼の顔を知っている兵は多いので、大佐の時とほとんど変わらぬ勝手な振舞をし、それを咎められる者はなかった。
 ルマン少佐は軍部でも、タガクに意見できる特別な人間である。
「気にするな。俺のところで開発された武器の性能の良さに、お前達は命を救われているんだからな。武器商人様々だろう」
「あなたこそ軍隊様々の立場なんじゃないんですか」
 元大佐に堂々と嫌味を言ってくるこの年若い少佐に、タガクは口角を歪めて笑った。
 それを見たルマンの眉間にはぎゅっと皺が寄る。
「そろそろ商談に入りましょうか」
 タガクが何かを言う前に、ルマンは急いで本題を切り出し電話機の内線ボタンに手を伸ばす。商談ならば、事務局長のルヒートも交えなければ出来ないからだ。
 しかし、ボタンに指先が触れようとする刹那、ルマンの手首をタガクがつかんだ。
 
 上目遣いに睨まれようと、タガクは笑みを浮かべたままひるまない。
「そう急くなよ」
「タガク……っ」
 抵抗するルマンの腕を、彼は軽々と持ち上げてその手の甲に唇を押し当てた。それだけならばまだしも、痩せ気味のルマンの手の甲に出っ張った骨を、舌でねちょりとなぶる。
「っ、あなたは!」
 叫ぶ前に、もうその口も塞がれてしまっていた。
 無理矢理、椅子から立ち上げられ、抱きすくめられてルマンはタガクの肩を押し返そうとするが、厚い胸板はびくともせずにさらに押しつけられた。
「んっ……あっ」
 タガクの舌が口腔に入り込んでくると、それだけで声が漏れてしまう。彼は、ルマンの弱いところを知っているから。
 やがて力が抜けて体重を預けてきたルマンの体を、タガクは執務机に仰向けに乗せてやった。
 上着を脱がせてやることもせず、下履きのみを素早く足から抜き取った。
 透き通るような白い足。しかしルマンのそれは、タガクが知る他の白人よりもきめが細かくなまめかしい。
 気に入っているその太ももの内側に口付けながら奥に指を埋めてゆく。
「ん…く」
 押し殺した声があがり、キュゥときつく指を締め付けられるとたまらなかった。
 
 訓練生の頃から身体の関係があった二人は、一応恋人同士と呼べる仲でもあったのだが、思想の違いから衝突も多くタガクの退役と同時にきっぱりと関係を断ったはずだった。
 しかし。
 こうして年に数度、会う機会があるとそのたびに身体を繋げている。
 机の上で仰け反りながら、ルマンは鍵もかけていない扉に目を止めた。
 今、この基地に敵国からの攻撃があれば自分は死ぬな、と思いながら。
 ルマンはいつのまにか自分が背徳的な愛に溺れていることに気付いた。
 熱い腕を、貫いて奥を揺さぶる熱い身体を、放すことは出来ないのだ。
 彼のその恍惚とした面持ちに目を止め、タガクもまた酔い痴れる。
 こんなにも美しく、それでいて高潔な精神を持つ男を犯す楽しみはやめられない。
 そして彼もまた、ルマンを放すことができない。
 
 
 
 急遽済ませた情事の後、タガクはルマンの乱れた金髪を撫で付けてやった。
 ルマンが不機嫌な声をあげる。
「触るな!」
「何を言う。戦争が激化している状況で、お前もいつ死ぬかわからないだろう。次にこう出来るのはいつになるやら…」
「次などない!」
 突っぱねる可愛い情人に、タガクはまた口の端を歪め、底意地が悪そうな笑みを作った。
 ルマンを見ているその瞳だけが……優しい。
 





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あきゅろす。
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