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短編集
コイビト前
 先輩とセックスするようになったのは、どうしてだったろう。
 年頃だから、気持ちいいことにはメがなくて、流されてしてしまったような……でも僕もけっこうノリ気だったような。
 確か、1年生の夏休み前だった。
 水井先輩と、俺は会った。
 
 
 体育の授業は外でサッカー。もう、夏休みも間近で暑くて仕方ないのに、どうしてこんな日に屋外授業なんだろう。
 卓球とかが良かった。卓球場の中はなぜか空気が冷えていて、外よりずっと涼しい。多分、校舎の陰に建っているからだ。
 2クラス合同体育だったので、それぞれのクラスでチーム分けをして紅白試合を行っていた。
 出番を終えて見学していた僕は、暑さに耐えられなくなって校庭の隅へとそっと移動し、先生が見ていないことを確認しながら校舎の裏へと移動する。校庭から死角になる辺りに、この時間帯には校舎の濃い影が出来ていた。
 校舎の壁を背にして日陰にへたり込む。
「あっちぃー…」
 みんな熱心だなぁ。
 さっきまでは僕もあの中に混じって、必死にボールを追いかけていたというのに、つい一生懸命になっている連中を揶揄するような思いが浮かんでしまう。だって見学だけって退屈なんだ。
 ふぅ、とシャツの胸元を何度も引っ張って、服の内側に風を招いていると。
 ふと見上げた2階の渡り廊下から、僕を見ている人がいることに気づいた。
 一瞬、ヤバっ、と思うものの、その人の服装が生徒のものだったので、すくみあがった心臓はなんとか元通りに落ち着いてくる。しかしよく見ればネームプレートの隅にある校章の色がエンジ色。それは2年生の学年色で、つまり彼は先輩っていうことだから、サボってるとこ見られてヤバイかな…と恐る恐る彼の顔色をうかがい見た。
 目が合い、ドキドキする。
 あれ、そういえばあの人……なんでこんな時間に渡り廊下にいるんだろう。しかも、手すりに両腕を乗せてくつろいだ体勢で下を見下ろしているのだ。
 まさか、あの人……サボリ?
「何してんの。サボリ?」
 不意に彼が口を開いて僕にそう問いかけてきたので、驚いて一瞬、声が出なかった。
「あ。はい」
 なんとかそう答えた声も無様にかすれていて。
「1年のくせに〜。ま、俺も1年の頃からサボってたけどな。体育、サッカー? 大変だな」
「はぁ」
 よく喋る人だ。
 そう思ったけど、後で思えば彼はその時、暇だったのだ。特に理由もなく授業をサボっていたんだから、暇なのは当たり前だ。
 彼はたまたま見つけた気の小さい1年(僕)を、話相手にしただけだった。
 
 でもその後、廊下や、校内のあちこちで会う(すれ違う)と、彼は声をかけてくれるようになった。
 彼は、水井先輩。
 吹奏楽部の幽霊部員で、サボリ魔だった。
 

 夏休みになっても、僕は学校に通っていた。赤点がひとつだけあって、補習に参加しなければならないから。
 これもサボったら留年するかも知れないと、脅し半分で担当に言われて。
 留年はいやだから。
 確か、一週間の補習の最後の日だったと思う。午後1時に補習も終わり、やっと帰れると勇み足で昇降口に向かった途端、大雨になった。
 夕立とも言えない真っ昼間なのに、空は黒くなり辺りは不気味に薄暗かった。
「よう」
 その時突然、背後からかけられた声にのろりと振り向くと、水井先輩が近づいてくるところだった。
「すげぇ雨。ま、すぐ止むかな」
 僕の隣に立ち、空を見上げて先輩は気楽な声音で言った。僕も適当に相づちをうつ。
「そうですね」
「……」
 先輩は、なぜか首だけを僕の方に回し、じっと見ていた。無視しようと思ってたけど、あまりにも見ているので振り向く。
 目が合った。
 先輩の手が、突然俺の右手をつかむ。びくっとすると、さらに力を入れてつかむ。
 腕を引かれるままに、僕はまた校舎の中へ引き返していた。
 先輩が俺を連れてきたのは視聴覚室。後ろのドアが、なぜか鍵が開いていた。そして、入るなり先輩は鍵をかけてしまう。
「掃除当番の時、鍵は開けたままにしておいて、よく来るんだ。テレビもパソコンもあるからな」
「いいんですか?」
「大丈夫だろ。代々、先輩達がやってるしな」
 先輩が、ふと黙った。
 僕もなんとなく口を閉ざす。
 ざぁざぁと遠くで激しい雨の音。室内は冷房がごぅ…と低い音をたてている。
 それなのに、やけに静かだと感じるのはなぜだろう。
 ふと目の前に先輩が近づいていて、僕はなにげなく見上げた。
 先輩って、そう背が高い方じゃないし、華奢なんだ……。
 その時初めて、そう気付いた。
 僕はかなり小さい方だったから、今まで先輩が大きく見えていた。こうして見ると、顔も整っていて綺麗……
 
 その時、僕は無言で先輩のキスを受けとめていた。
 
 押し退ける気にはならなくて、こうなることが自然のように思えて、先輩が角度を変えてさらに僕の唇をついばんでも、むしろ僕は目を閉じて享受していた。
 
 視聴覚室の床で、机と机の狭間で、僕達は絡み合った。
 僕は俯せで尻だけ高く上げられ、先輩を受け入れた。
「は…ぁ、はぁっ、ぁあ」
 激しい律動に翻弄されそう。
 初めは冷房が寒かったのに、そんなことも、外の大雨も、ここが学校だということも、気にならなくなっていた。
 先輩は僕の顎をつかんで無理矢理後ろにひねると、自分も顔を傾けて苦しい体勢でキスをした。
 息が苦しくて開いた唇に、先輩の舌が何度も入ってきた。
 
 
 全てが終わると雨は小降りになっていて、僕は抱かれてしまったことを少し後悔しながら、そろそろ帰れるかなと考えていた。
「あー、腹へった」
 先輩の緊張感のない声。
 見ると、床に足を投げ出して座り、腹に手を当てている。そして目が合った。
「飯食いに行かない? おごる」
 先輩は今までで一番優しい顔で笑った。
 多分その誘いは、先輩の謝罪の気持ち。
 僕はうなずいた。お腹がすいていたから。
 なぜかさっきのわずかな後悔はどこへやら、先輩を許せる気になっていた。
 
 
 
 
 
++++終++++

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あきゅろす。
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