[携帯モード] [URL送信]

短編集
聖なるかな

嫌いになった?とあなたが聞く。
笑っているかのように薄く吊り上がった唇が、僕の視界の端に映った。

やがて血が、まぶたの内にまで滑り込んできて、あなたの顔が見えなくなる。




痛い痛いと、嘆いてばかりいたのは初日だけ。
七日も過ぎれば痛みを痛みと感じない。
ただ、僕を痛め付けながら、時折あなたが笑っているような気がして。
そんなはず、ないよねと、思いながらも胸がしくしく痛み出すんだ。

何をしても痛がらない僕に、あなたはいらついたように、さらに強い力で殴って蹴って繰り返す。



でもある日、昨夜強く蹴られてお腹の痛みが治まらず、ご飯を食べられず吐いた僕をあなたは心配した。
自分で蹴ったのに。

あの時、あなたは何も言わなかったけれど、その思いを僕はちゃんと聞いたんだ。
心の中で、ごめんねって言ってくれたはず。きっと。
僕にはそう聞こえていた。
 血反吐を吐いてトイレで倒れこむ一瞬、その声を聞いたんだ。

革のベルトは非情に僕の腕を締め付け、青い鬱血があちこちに広がっていた。
脳みそに酸素が行き渡らない僕は、大きく口を開けて喘ぐけれど、

バシン!

と鋭く響く音と共に反射的に悲鳴が漏れた。
あなたの手が僕の髪をつかんで、首をいっぱいまで仰向かせる。
のぞきこむあなたの顔、汗がびっしょり。
「痛いんだろ?」
「…くないよ」
切れ切れに僕は答えて、次の瞬間再び僕の肌を棒きれが打つ音が響く。
「あうっ!」
反射的に僕が顔を歪めると、あなたはそれ見ろと言うように笑った。
「俺が嫌いになった?」
「な……ない……」
口から唾液が零れて喉を伝う。飲み込む力もない僕をあなたは非難したりしない。
痛みはないのに、筋肉がどんどん、正常に動かなくなっていく。
ぼやけた視界にあなたが居る。

「痛いんだろ?」
ガリ、と何かが僕の頬の肉をえぐった。
あなたが振り上げた、銅製の置時計。
「痛くない」
本当に、痛くはないんだ。
「痛いだろ? 俺が嫌いだろ?」
「き……じゃない……じゃ…な、いよ」


痛い痛いと、嘆いていたのは初日だけ。
七日も過ぎれば痛みを痛みと感じない。




 そう。


あなたの置時計が、僕の頭蓋を割った時でさえ。

痛みは感じなかったんだ。




大量の吹き上げる血と共に、溢れてくる僕の髄液にあなたは恍惚とするのだろう。
あなたがあれほど望んでいた、痛みを感じないモノに僕はなり果てたのだから。
僕の香りに包まれてあなたが呆然とする。









僕はあなたを手に入れたよ。







[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!