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短編集
カタコイ連れて 2
 モップを持って戻る。教室が近付くにつれて、連中の騒がしい声が大きくなっていくのが、とても憂鬱だった。
 とにかく無視して俺のやることに専念しよう。少なくとも、それなりに緊張して教室に入ったというのに、
「なあなあ、近江」
 名前を呼ばれて驚いた。どうして俺のことを呼ぶ!? 放っておいてくれないかな。出来れば出て行ってくれないかな。
 無表情に顔を向けると、話しかけてきたのは3人の中心にいる宮崎という男。なるほど、女にもてるのはわかる、端正な顔立ちだし、見た目だけではそんなに女に対して不誠実な男には見えない。
「なに?」
「つっかかんなよ」
「用もないのに呼ぶからだ」
「用がないって決めつけるなって。近江、なんで掃除なんかしてんの? 罰掃除?」
「いや……」
 罰掃除?
 比較的、校則が厳しくないうちの高校では、風紀に見とがめられるようなことがあっても、罰掃除なんてものはない。いや、もしかして俺が知らないだけであるのだろうか?
 宮崎はしばらく、無言で俺の顔を見ていた。そして再び口を開く。
「で? なんでやってんの?」
「は?」
「や、質問に答えないから、どうしたのかと思ったぜ。聞いてなかったの? なんで掃除してんのって聞いたんじゃん」
「ああ……」
 めんどくさいな。こいつ。
 俺に興味があるわけじゃないんだ。絶対。それなのに……なんで相手をしてやらなきゃいけないんだ。
「教室、汚れてたから」
 俺は素直に答えてやった。
 もっとも、それ以外の理由で掃除なんかするわけがないじゃないか。きれいな教室だったら、掃除する必要性がない。
 だけど宮崎はその答えは不満だったみたいだ。
「なんで近江が掃除してんだよ? 先生に頼まれたのか?」
「違うけど」
「なんで?」
「なんでなんでって……」
「あ、機嫌損ねたあ?」
 そこでなぜか、宮崎は笑った。
 な、なんで笑うんだろう。しかも楽しげに。
 からかわれているのか?…………そうだ、からかわれているんだ。
 途端に、こいつの顔を見ていたくなくなった。顔を背けて、床を隅から拭き始める。早く拭かないと、せっかく濡らしてきたモップが乾いてしまう。
 俺は無視する体勢をとったのに、宮崎の声はまだ俺を追いかけてきた。
「怒るなよ。なに怒ってんだよ」
「剛ぃ、こんな奴、放っておけよ」
 宮崎の声にかぶせるように、横にいた遠山が言う。そうだ、放っておけばいい。遠山の方が賢い。
 しかし、宮崎が遠山に答えて言う。
「だってさぁ、一人で掃除とかしてて、うざいじゃん。目ざわりじゃねぇ?」
「確かにうぜーけど、関わるともっとめんどくせー」
 もう一人、平本もそう言った。
 しかし、宮崎が俺にかまう理由がわかった。鬱陶しいからか。こいつらが溜まり場にしようとしていた教室に俺がいるから。
 俺はモップをかけながら言う。
「じゃあ、出て行けよ。お前らの方がうざい」
 こんな風に、人を攻撃するような言葉を口にすることは苦手だったはずなのに。
 俺は最近、確かに苛立っていた。機嫌が悪かった。理由は明らかだ。耕哉のせいなのだ。
 しかし言ってしまってから、しまったと思った。宮崎達の話し声がぴたりと止まったから。
 しーんと教室は静まりかえった。
 俺は慌てて振り返る。3人とも俺を見ていたが、宮崎と目が合う。さっきまで笑みを浮かべていたのに、無表情になったその顔が怖い。
 やばい、さっきの話の中で、他校の奴に町で喧嘩売られたからぼこぼこにしてやったとか、目ざわりな奴をこっそりつけて人気のない場所で後ろから襲ったとか、そんなことを言っていたのに。
 腕力じゃ絶対、数でも敵わないのだから、相手にしなきゃよかった。
 宮崎は乗っていた机から、とん、と軽い足音をさせて降りた。そのまままっすぐ、俺の方に向かってくる。俺はモップの柄を握り締めた。いざとなればこれが強力な武器になるということなんて、この時は思いつかなくて、ただただ、何かにしがみついていなければ怖くて仕方がなかったというだけのこと。
 今はもう、他クラスの連中も帰ってしまって、静まりきった放課後の学校。俺は孤立している。
 宮崎は俺の前までくると、すっと頭をかがめた。何のことはない、こいつは俺より背が高いのだ。
 耳元に顔が寄って来たと思ったら、
「わりーな。出て行くわ」
 そう告げられて、目を瞠った。
 存外、素直な宮崎の言葉。そしてすぐに彼は離れていった。教室を出て行く宮崎を、遠山と平本が追いかける。宮崎の鞄を持って。
「おい、忘れもん!」
 3人が出て行った後、廊下から声がした。
「お、悪い」
「なんで出て行く必要があんだよ。あいつが勝手に掃除してるだけで俺達が悪いわけじゃないだろ」
「まったく。なんで剛はお人好しかな」
「お人好しとかじゃねぇし!」
 笑い声がして、声はどんどん遠ざかる。どくどくと鳴っていた俺の心音が、やっと落ち着いてきた。怖かった。殴られるかと思った。
 モップにすがりついて、床に座り込んでしまいそうになるのを、なんとか耐える。どうしてこの高校、あんな奴らがいるんだろう。あいつらも、一応は成績がよくて、県下ではかなり上位に入るこの高校に入って来たんだろうに。
 素行が悪いのは成績が悪い連中ばかりじゃないってこと、俺もよく知ってはいるけれど。
 詰めていた息を吐き出して、呼吸を整えた。
 そしてやっと、ちゃんと背筋を伸ばして立つ。モップがけをして、机を今度は前に寄せたら、また埃をはいて、床を拭かなきゃ。自分のやることを頭の中で再確認すると、再び動き出した。
 教室の床を掃除した後は、机と椅子を一つずつ拭いて、窓を拭いた。全てを終えた頃には外は薄暗かった。鞄を持って学校を出ると、もう日も沈みきって暗い。夜になってしまった。
 しかし、午後をまるまる使って教室を綺麗にできたことに満足していた俺は、時間を無駄にしたなんて思わない。有意義な時間を過ごせたと思う。
 昇降口を通って、正面の校門から出ようとした時だった。
「近江くん」
 朗らかな声がかけられた。不気味なほど爽やかな、聞き覚えのある声。
 校門の目の前に停まっている車がある。ジャガーだ。なんでこんな所に、と不審に思う。
 助手席の窓から、宮崎がコーラの缶を片手に手を振った。コーラって……子供かよ。
 俺の位置から運転席は見えない。誰が運転してるんだろう。もしかして、宮崎の知り合いの、よくない連中とか、か?
 宮崎は車を降りて来た。後部座席のドアも開いて、平本と遠山が降りてくる。
「なんだよ……」
 一歩、退こうとした。だけどそれよりも早く宮崎が俺の目の前に近づいている。俺の両側には、平本と遠山も。両腕を押さえられて、同時に腹に、宮崎の膝蹴りが食い込んだ。
「ぐっ」
 かしゃん、と地面に俺の眼鏡が落ちる。
 こいつ、教室を素直に出ては行ったけど、俺のことはむかついてたってことか。そうか、やっぱり思っていた通り、つっかかっちゃいけない連中だったんだ。
 だけど後悔しても、当然ながら遅い。
 無理やり引っ張られ、俺は教室に連れ戻された。土足のままだ。だけどそんなことを気にしている余裕はない。
 3人は教室の電気をつけなかった。もう外も暗いから、教室の中は見えない。何かが起こっていても、気づく人はいないだろう。
 先生も、全員帰ったのだろうか。部活動の連中はもうとっくにいないはずだし……。
 投げ飛ばされて、机に背中から突っ込んだ。ついさっき、整然と並べた机を自ら崩してしまう。
 痛みにうめいていると、襟元を引き上げられて、机の上にうつ伏せに押し付けられた。
「な、なにする……っ」
 まだ、抵抗の声をあげる元気があったんだ、俺。自分でも驚くが、声は自然と出てしまったものだ。
「いやぁ、せっかく綺麗にした教室、自分で汚させてやろうと思ってね」
 楽しげな平本の声。同時に襟を持ち上げられて、後頭部を掴まれた。わずかに浮き上がった顔を、思い切り、机に叩きつけられる。眼鏡を外に落として来て良かった。これで割れていたら、目を傷つけるところだった。だけど、ごきり、と顔の中心で音がして、どうやら鼻は折れたらしかった。
 いてぇ……。
 ぼろぼろと涙が零れて来た。体格でも俺はかなわなくて、抵抗しようとして手を振り上げても、両腕と襟首を二人がかりで掴まれて、ぶんぶんと振り回されて体をあちこちにぶつけられて、まるで抗っているようには見えないだろう。でも必死で全身に力を込めていた。それがなすすべもなく突き崩されて、人形を振り回すのと同じように遊ばれているのを感じるたびに、悔しさと、絶望が俺を侵食していく。
 かなわない。勝てない。
「うっ、うぅっ」
 頭がずきずきと痛む。首筋を、汗らしき物がすぅっと落ちていくのを感じた。
 教室の中はめちゃくちゃになっていたが、それを気にする余裕はない。俺自身がめちゃくちゃになってしまう。
 一通り、体の中で痛めつけられていない部位がなくなったところで、再び机にうつ伏せに乗せられた。もう手足がだらんと力を失って垂れるだけだ。
 俺が乗った机の脚を、誰かががつんと蹴り飛ばし、びくっと怯えて体が跳ねた。
 背中に誰かがのしかかってくる。だらしなく垂れ下がった足の間に手が滑り込み、そこにある柔らかい部位を掴まれて、俺は気付いた。まだ、痛めつけられていない部分が残っていたことを。
 睾丸を強く握られて、あまりの痛みに足を跳ね上げた。俺の背中にいる誰かを蹴ろうとしたのだ。だけどその足をあっさりと捉えられて、机の上に曲げた形で乗せられた。思い切り、足を開いた格好。そこはさらけ出されている。睾丸はまだ握られたまま。
「いっ……た……」
 ごり、ごり、と2個の玉を擦り合わせるように握られると、全身に脂汗が浮いてきた。歯の奥ががちがちと鳴る。本能的な恐怖は、やはり、内臓に痛みを与えられること。
「たーのしーなー」
 浮かれた声が背後でした。俺の背中に乗っている奴の正体を知る。宮崎だ。聞いたこともないような、ラリったような声をしている。
「俺達、男も犯したことあるからね。近江」
 わざわざ、今、そのことを俺に告げる理由は明確だ。俺をこれから、以前犯した男と同じように扱うということなんだ。
 宮崎の手は俺の脚を押さえ、もう一方の手は睾丸を握っている。誰かがまた後ろから手を回して、ズボンのベルトを外した。ボタンをはずして、やけに丁寧にチャックをおろすと、ズボンをゆっくりと下ろしていく。同時に、下着も。
「やめろっ」
 耐えきれずに叫んだ。尻が、性器が、空気にさらされてひやりと冷えた。
「やめない」
 遠山の声がした。尻を手が這う。その手はすでに、何かでぬるりと濡れていて、撫でられるとぞくりと寒気が走る。
 そのまま、手はまっすぐに慣れた手つきで肛門にたどり着いた。容赦なく、指の根本までを一気に突き入れられる。粘着質な液体で濡れていたせいで、指1本なら切れることもなく受け入れたし、痛みもさほどなかったけれど、俺の恐怖はどんどん上がっていくばかりだった。
 ずぶ、ずぶ、と出し入れされると、そこからぞわぞわと言いようのないくすぐったさというか、悪寒のようなものが、背筋を走りぬけて、性器まで達する。排便する時の感覚と同じだ。そう思えば大丈夫だ。自分に言い聞かせようとしたけれど、ぬちゃぬちゃと音がたち始め、指が徐々に増やされて3本を出し入れされるようになると、その苦しさに、自分の感覚をごまかすことは出来なくなっていた。
 尻に指を入れられて、激しく抜き差しされているんだ。
 そして絶対に、指だけでは済まない。
 何か、その辺にある物を入れられるかも知れないし、宮崎達の性の吐け口にされるかも知れない。
「うぅ……うっ、うっ」
 4本目の指、小指を入れようとすると、さすがに苦しくてなかなか入らない。無理に穴を広げようとしてる背後の人物が動くたびに、吐きそうな声が口から漏れていた。
「さてどうしよっかな」
 宮崎の楽しげな声が聞こえる。俺は、願っていた。「もう終わりにしよう」と言って、帰ってくれるのを。
 だけどそうなるはずがない。かちゃかちゃと、ベルトを外す音がしてぞっとした。
 もう駄目だ。
 尻に手がかけられて、指が抜かれる。圧迫感が消えても、違和感が残り、むずむずした。
「た、たす……け」
 無意識に呻いていた。誰にともなく助けを求めていた。
 本当は、脳裏に誰の姿を思い描いていたのか、自分でも知っている。
 小さい頃からヒーローだった。あいつは。
 俺にとっても、眩しいほど輝いていた、憧れの存在だったんだ。
 誰かの手が俺の頭にかかる。上を向けられたその顔の下に、小さなビンを差し出された。そこから、香る甘ったるい匂いが、鼻腔から入った瞬間に、意識がクラッシュしたように、前後左右の感覚が抜けてしまった。
 がくんと倒れる頭を、掴んだままの手がさらに力を込めて引っ張ったけれど、痛みを感じなかった。髪の毛を掴まれているはずだ。だけど何も感じない。
 はぁ、と呼吸が自然と漏れた。体中を苛んでいた痛みが消えた。手足から力が抜けて、だらしなく机にもたれかかる。崩れ落ちそうになる体は後ろから覆い被さってきた体が抱き留めていた。
 何だこれ。なんだこれ。なんだこれは……。
 音が一瞬、遠くなり、きぃんと戻って来た時には、宮崎達が何事か会話を交わしていた。
「良さそうじゃないか?」
「やっぱこれ、効き目いいね」
「もう楽になったでしょ?」
「聞こえてねぇよ」
「そうだな」
 また尻の中に指を突っ込まれた。固い爪、指紋の襞までわかりそうな感覚。
「あっうぅ」
 ぐっと入れられた瞬間に、喉から声が漏れた。力が入らないから、声がだだ漏れる。
「あっん、あぁ」
 内側を掻き回されると奇妙な陶酔感が襲って来て、恐ろしいくらいなのに、俺は何も怖くはなかった。さっきまで俺を支配していた恐怖はどこかへ飛んだ。
「いいな…」
 低い声が後ろでした。誰の声かはわからない。
 指を引き抜かれた。その時だった。
 ぱっ、と目の前が明るく、真っ白になった。目が眩んで瞼を閉じる。何が起きた?
 ゆっくりと薄眼を開けて、景色の輪郭がはっきりしてくるまで、時間がかかった。その間に、現実感のない白い世界で、ヒーローの声が聞こえた。
「お前ら、何してる?」
 低く凄んだ声。周囲を威圧するような声だった。そんな耕哉の声は初めて聞いたのに、それが、耕哉の声だということはすぐにわかった。
 俺の後ろで、舌打ちが聞こえた。覆い被さっていた体が離れると、支えるものもなく、俺は床に転がるようにへたりこむ。足腰に力は入らない。
 ゆっくりと戻ってくる視界の中、近づいて来る耕哉が見えた。制服は着ておらず、私服だった。
「なんだよ、耕哉かよ」
「邪魔すんなよ。今、近江と遊んでやってんだから。お前も混ざる?」
「そう言えば、こいつと同中だったよな」
 3人がそれぞれ、面倒臭そうに耕哉に話しかける。耕哉の溜め息が聞こえた。
「なんで俺がここにいると思ってんだよ。警察呼ぶよ? そいつ、行方不明だっつって親が大騒ぎしてるから来たんだよ」
「この状態を親に見せれるのかよ」
「俺が知ったことじゃねぇな」
 耕哉はパチッと携帯を開いた。リダイヤルなんだろう、カチカチッと音がしただけでその手を耳元へ持って行く。明らかに誰かに連絡を取る耕哉を相手に、宮崎達はどうしたらいいのかわからないのだろう。その場に立ちつくしていた。
「あ、俺っす。耕哉です。光木いましたよ。学校です」
 短く要件を伝えると、耕哉は携帯を閉じてポケットに押し込む。
「早く出て行けよ」
 耕哉の低い声に、宮崎が一歩踏み出した。
「なぁ、このことは黙っててくれよ。こいつだって、親に知られたら困るだろ」
「そんだけ、顔に跡があるんじゃ無理じゃねぇかな」
 耕哉は平坦な声で言った。取りつく島もないといった風情なのだが。宮崎が目の前に来た瞬間、ぐっと拳を握るのが、床から見ている俺にはわかった。宮崎が手を振り上げるより早く、耕哉の顔面ストレートが飛ぶ。ごきっと音がして宮崎の体が後ろ向きに倒れた。
 がたたっと椅子と机を巻きこんで倒れる。
「う、いっ…てぇ」
 呻く宮崎に追い打ちのように腹に靴を押しつける。
「親になんて言わねぇよ。俺がぼっこぼこにしてやるよ」
 そう言って、耕哉が、笑った。
 俺は初めて見た。こんな風に笑う耕哉を。
 笑っているのに、少しも穏やかではない空気がある。遠山と平本が、耕哉の両側に立ったけれど、ひと睨みされただけで動きを止めた。
「とっとと帰れよ」
 耕哉は笑みを消し去り言った。宮崎がゆっくりと体を起こす。
「おい、大丈夫かよ」
 遠山が宮崎の体を助け起こした。その手を振り払って宮崎は立ち上がる。
「行こうぜ」
「えっ、こいつ、三人がかりでやっちまえばいいじゃん」
「やべぇんだよ。戸本センパイに気に入られてんだよ、耕哉は。行こうぜ!」
「えっ…」
 耕哉の横を通り過ぎて行く宮崎を二人は追って行った。宮崎はわざとゆっくりと歩いているようだったけれど、拳が震えていた。恐怖か? 悔しさか?
 俺は床に、寝転んだまま動く気力もなかった。
 耕哉が俺の横に膝をつくのを見上げながら。ああ、なんて、みっともない格好なんだろうと思ったけれど。顔もきっと傷だらけだし、半裸だし。
「痛いか? 体起こせるか?」
 耕哉の心配そうな声がどこか現実味がない。どうして俺を心配してくれるんだろうか。
「最近ずっと、無視してたのに」
 思ったことが口から漏れていた。突然の俺の言葉だったが耕哉には意味がわかったらしい。
「お前の帰りが遅いから、おばさんから電話あったんだよ。探しに来たんだ」
「心配、した?」
「心配した」
 耕哉が俺の腕を掴んだ。引っ張って、浮いた肩の舌に腕を入れて起こしてくれる。
 だけど触れられた所から、急速に熱が全身に伝わって俺は身を捩った。なんだかわからない感覚が怖くなったから。
「暴れるなよ、何もしない」
「嫌なんだ、触られるだけで」
 俺が言うと、耕哉は眉をひそめて手を離した。
「悪い、触られるの、気持ち悪いんだったっけな」
 悲しげに言うな。俺が悪いことを言ったみたいじゃないか。
 違うんだ。耕哉が気持ち悪いんじゃなくて、俺自身が気持ち悪い。なんで、ただ触られただけで体が熱くなるんだろう。そんな自分が怖いだけだ。
 けどそれを言うのはどうしようもなく恥ずかしくて、弁解せず俺は自分で体を起こした。だるい。力が入らないし、動くと体に服が擦れる刺激で鳥肌が立つ。
「うぅ…」
 堪え切れない声を出した俺に、
「痛いのか?」
 耕哉がそう聞いてきたけれど、違う。違うんだ……。
「痛くない」
 首を左右に振る。
「痛くはないんだ。痛みは感じない」
「感じない? 大丈夫か? 変なクスリとか打たれた?」
「打つ?」
「や、その、麻薬みたいな……あいつら校内で売人やってるって噂、戸本先輩から聞いたから」
 さっきも出たな、その名前。
「その先輩って、誰?」
「ん? まぁ、ちょっと……悪い方面の人、だよ」
 耕哉は言葉を濁らせた。俺の知らない耕哉の世界があるんだ。そして耕哉は、俺にその世界に踏み込んで欲しくないと思っている。
「悪い人と付き合うなよ。友達やめるからな」
 思考回路がふわふわしているせいか、俺にしては強気に言った。耕哉は驚いた顔をする。目を見開いて俺をまじまじと見た。
 何かおかしなことを言ったか?と思っていると、
「まだ、俺のこと、友達か?」
 そのことに驚いていたのか。変な奴。
 耕哉は深く俯いた。片手がその顔を覆う。口だけが見えていた。
「お前、俺を嫌いになっただろう。あんなに拒絶したくせに」
「だからって、謝りにも来ないのかよ。俺は毎日、お前が謝りに来るのを待ってたのに」
「悪かった」
「今謝っても……」
「遅いか。そうだよな。俺が側にいたら、こんなことに」
 こんなこと、と言われて俺は自分のみじめな姿を思い出した。慌てて立ち上がる。だが、中腰になった瞬間に膝が力を失いガクンと床に倒れた。
「わっ」
「おい!」
 耕哉が俺を支えようと手を出すけれど、間に合わず一緒になって床に倒れ込んだ。しかも耕哉を巻き込んだせいで、一人で倒れるよりも派手に転がってしまう。
「大丈夫か? 少し休んで行くか」
「でも、あいつらが戻って来たら」
「大丈夫だって」
 耕哉は立ち上がると、教室の扉の方へ行く。扉横にある電気のスイッチを切ると、また俺の隣へ戻って来た。教室内は暗くなり、耕哉の顔が見えなくなる。俺を見下ろしているようだったが……。
「お前、下、はけよ」
 そうだった。下半身を晒したままだったのだ。
 慌てて下着に手を伸ばすが、俺は自分の下半身が興奮していることに気付いた。動いた拍子に硬いものが自分の腹を打った。
「え……」
 下を見る。暗くてよく見えないが、恐る恐るそこに手をのばしてみると、その存在を確かめることが出来た。しかも、
「んっ」
 軽く手で触れただけなのに、途端にびりびりと電気が全身を走り抜けて、変な声が出てしまう。
「うわっ」
 自分で驚いて手を離した。
 その一連の様子を見ていた耕哉が首を傾げる。
「大丈夫か、お前。なんかさっきから、ずっと……そんな風になってんだけど」
「ずっと!? ずっとって、お前、気づいてたのかっ」
 羞恥で顔が熱くなった。しかも一度気付いてしまったら、そこは激しく熱を持っていて、満たされたい、満たされたい、と俺を促すようにどんどんと心臓の音が小刻みになってくるのだ。
 大きく深呼吸をしてみた。だけど、少しも楽にならない。
「光木、もしかして、お前さ」
 耕哉が一歩、俺に近寄った。手を伸ばされて、怯えて体を竦める。だがその手は、優しく俺の耳を撫でるだけだった。
 それだけ、だったのに、びくっと肩が震えた。
「あいつらにやられて、感じたのか?」
「違うっ」
 否定したけれど身体は熱いままだ。俺の反応がおかしいって、耕哉だって気付いたはずだ。


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