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短編集
(番外編)KISS ME…?
宿題はさっさと片付けてしまう主義だ。
先生が無意味なことを宿題にするわけないとは思うけれど、僕には理解できない意図を孕んだ課題もまれにある。
「先生はきっと、深い考えがあってこんな課題を出すんだ。無意味な課題を出してるわけじゃないんだ……」
僕がノートと向き合ってそう自分に言い聞かせていると、
「無意味なことをやるのも、たまには勉強になると思う。先生も無意味な宿題を出したりするだろ」
アートはそっけなく指摘した。
恨みがましい目でつい彼を見てしまう。
「なんで無意味なことが勉強になるんだよ?」
「そんなの先生に聞けよ。大体、『無意味なこと』なんてこの世には無いんじゃないか?」
「うう……」
議論が哲学の方向へいってしまいそうだ。
アートは呆れ顔だった。
「だからお前は子供だって言うんだよ」
「そんな……」
「大体、作文くらいで悩んでるなんて、お前は小学生か」
「そうだよ、作文が宿題だなんて小学生かっていうんだ!」
今日出された課題は、作文。テーマは趣味だ。
全寮制で厳しい戒律に守られた由緒正しい学院で、生徒達の趣味の範囲なんて限られてくる。
数多くのクラブか、もしくは図書館での読書くらいだろう。
僕は作文が苦手なうえに、趣味というほどの趣味もなかった。

アートはさっさと作文を書き上げてしまっていた。
参考までに見せてと言っても、他人の作文を見ても参考にはならないと言って見せてくれない。それどころかノートをどこかに隠してしまった。
うんうんと唸っている僕に、アートは机に肘をついて顎の下に手をあてた体勢からにっこりと笑いかけた。
「レッド、気分転換すれば、さらっと書けちゃうかもよ」
「え?」
何かいい案があるのかな?
僕は期待して顔を上げた。
するとアートは、身を乗り出して素早く僕の唇にチュッと軽いキスをする。僕は真っ赤になった。
「アート……!」
周りに人気がないとは言え、ここ、図書館は公共の場だ。どこで見られているかも知れないのに。
「気分転換になった?」
「ならないよ!」
それどころか、イライラが募っちゃうよ。
怒鳴り返した僕にアートは笑いかけたまま腕を延ばしてきた。
「じゃぁ……」
って、後頭部にアートの手がまわり、ぐいと強く引かれる。
しまった、アートの手を容易に許してしまった。でももう遅い。
アートも顔を近付けてきて、伏し目がちになりながら再びキス。

キスする寸前の、伏し目がちになって僕の唇をじっと見ているアートの顔が好き。嘘がなくて、色っぽくて。

そんなことを考えながら、僕は目を閉じた。
アートの舌が僕の口に入り込んでくるのも、もう慣れちゃった。
じっくりかきまわされながら、すっかり頭の中はアート一色。
「んぁ……」
唇が離れた時、ちょっといやらしい声が出てしまった。
恥ずかしくて俯くと、嬉しそうなアートの声。
「気分転換、なったろ?」
「な、なった」
くす、とアートは優しい感じの笑い声を漏らした。

その時だ。
かつん、とわざとのような足音がして、僕達は同時に振り返った。
本棚に寄り掛かって立っていたのは、隣部屋のジョー。
「君達……夕食の時間だから呼びに来てみれば、何やってんのさ」
ジョーのそんな呆れた声音に、恥ずかしくなる。
「悪かったな。今行くよ」
アートはあっさり答えたけど、僕は微妙な笑顔しか返せなかった。
ジョーはにっこり僕に笑いかけ、
「最近、色っぽくなったよな」
それだけ言うときびすを返し、立ち去ってしまう。
すごく、すごく微妙に何かがいやらしい嫌なセリフだけ残すなんて……!
「さ、行くぞ。ノート忘れるなよ」
立ち上がってそう言うアートに僕は八つ当り。
「もう絶対キスしないからね!」
「ダメ〜」

僕が理由を言うまでもなく、さらに食い下がる有無も言わさず……あっさり却下だった。


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