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短編集
君トノ恋ゴッコ
 僕が化粧をして家を出ていく様子を、母は異様な目で見ていた。
僕は今まで可もなく不可もない息子だったのだが、朝はカフェで夜はコンビニでアルバイトをして一生懸命に金を貯めていることは知っていたはずだ。
成績は中の中、本当に平均点ばかりの僕だったが、やりたいことはあったんだ。


僕が楽器を買ったことは母も知っていた。
しかし、母は僕がやっている音楽がコアな分類だとは思いもしなかったろう。そんな分野すら知らないのかも知れない。

ビジュアル系バンドで活動を始めたことを僕は、すぐに母にも伝えた。
濃い化粧と独特なセンスの服装で、僕らはライブに出掛ける。
僕の部屋には数人の男友達が集まり、シンセとヘッドホンで曲を作る。
普段は皆化粧はしないけれど、服装はやっぱりちょっと普通じゃない。
それに全員がやけに美形だ。
そんな仲間と一緒にやる音楽活動は楽しかった。
僕は自然と皆からはリーダーとして頼られるようになっていた。

ある日、メンバーの一人、りょうと二人で僕の部屋で新曲の作曲をしていた。
曲はほとんど僕とりょうが作っている。
小休止で軽くアルコールを飲んだりもしながら作業を進めていく。
二人とも無言だったり、何時間も意見を交わしたりと、密な時間は半日ほど過ぎた。

「まさみ、今日はもうやめよう。なんかもう、何にも浮かばない」
「そっか」
僕はりょうの言葉にうなずいて、シンセの電源を切った。彼はいい曲を作るだけあって、出来る時と出来ない時のムラがある。
作曲なんてそんなものだ。
「なんか飲む?」
言いながら部屋の冷蔵庫を開けるとりょうは薄く笑った。
「どうせビールしかないだろうが」
「ああ。他に欲しけりゃ買ってくるよ」
「ビールくれ」
りょうに缶ビールを投げてやった。
ごそごそと床を這ってりょうの隣まで行き、自分の缶ビールを開ける。
じゅわ、といい音が出た。
「あーー」
横で、もう缶の半分ほどもビールを一気に飲み干したのだろうりょうが間抜けなため息を吐いた。
「うまーい」
「気付かなかったけど、ずいぶん喉が渇いてたみたい」
僕もかなりの量を一気に飲み干してから応える。
ふぅ、と息をつくと、不意に隣のりょうが僕に覆いかぶさってきた。
声をかける前に唇に、彼のそれが触れてしまう。
「んんっ」
ビール臭いお互いの息が交じり合う。
りょうはキス魔だし、僕もキスは好きだ。
りょうは美形で清潔感があって、何より大好きなメンバーだからキスを求められて一度も拒んだことはない。

巧みなキスに、りょうの首に両腕を回していつのまにかしがみつくような体勢で舌を絡め合っていた。
「まさみぃ…」
合間にちょっとかすれた声で呼ばれるのが気持ちいい。

二人でひとしきりキスをして、ちょっと名残惜しげに、でも満足してやがて唇は離れていった。
けれどりょうの体はそこを動かない。
僕の背後の壁に腕をついて、僕を見下ろしている。
りょうは僕の顔が好きみたい。目がうっとりしている。
「まさみって、ほんとすっぴんで綺麗な顔してるよな」
「りょうも男前だよ」
「まさみの顔、オレ好き。女っぽいっていうんじゃなくて、すごく色っぽいんだよな」
「そうか?」
自分ではわからないけれど。
切れ長のまなじりが色っぽいとはたまに言われる。
りょうはいつまでも僕の顔を見つめていた。
そしてやがて、片手が僕の顎をそっと優しく持ち上げ指先で耳元をくすぐるように愛撫し始める。
「まさみ……オレ、おまえが好き」
 熱っぽい声音だった。
「うん、オレも好きだよ」
「ほんと?」
「うん」
「じゃ、しようぜ」
りょうは単純だった。
さっそく僕の服の裾に手を突っ込もうとする。
僕は笑いながら身を捩ってそれをかわした。
りょうもむきになって掴み掛かってくる。
「やめろよ」
「いいじゃん」
二人、笑いながら転げ回る。

そんな恋ごっこを、いつまでもこいつと続けていたい。
子供のような恋ごっこをこいつとだけ。

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