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短編集
(続編その2)僕の心の在処
 本人達の知らない所で、「あの優等生アート」と「あの奨学生レッド」の失踪
事件は、学院の地元ではかなりの騒動になっていたらしく、三度目の正直……ふ
たりで再び海を目指そうという計画は、一番最寄の駅で駅員に捕まるという結末
を得た。
 俺達の知らない所で、俺とレッドの顔ははっきりと町民達に記憶され、もうど
うしようもない、どこへ行っても、「ああ、例のあの子達だね」と囁かれるよう
になっていたのだから。

 院長室で一時間以上の説教。
 そして、謹慎。
 いい加減、自分の部屋の景色を見飽きてしまった。


 レッドの様子がどうもおかしいと思ったら、一週間の謹慎期間後に、奨学生試
験があるらしい。
 入学後に成績が著しく落ちたレッドに再び試験を受けさせて、その成績如何に
よって在学か退学かを決定するという、大きなチャンスだった。
「俺が勉強見てやろうか?」
 にっこりと自分の最高級の笑顔で言ってやると、レッドは俺をちらりと一瞬、
目だけで見てすぐまた別の方を向いてしまった。
 ……おいおい。俺の笑顔に魅力はないのか。
「レッド?」
「勉強は一人でするから、いいよ。大体謹慎中に、なんでアートが僕の部屋に来
るんだよ」
 なんて可愛くない言い方だ。
 しかしレッドは、そんな言い方をするところが可愛い。
「謹慎なんてもう飽き飽きだろ。それに俺、一応、同級生を殴った件に関しては
謹慎解かれてないんだよ。だからあと2週間も! 自分の部屋ばっかり見てなきゃ
いけないんだ!」
「殴ったのはアートの責任じゃないか。謹慎くらい……」
「父親のせいで、この間まで無駄に1週間謹慎してたんだぞ」
「アートのパパのせいじゃなくて、脱走したアートのせいだよ。リステさんはあ
の1週間を公欠扱いになるようにしてくれたんだから」
「当たり前だ! あんな危険な遊びしやがって…」
 レッドはぷいっと俺に後頭部を見せた。
 教科書を開いた机にかじりついて、
「いいから、もう帰りなよ」
 まだろくな会話もしていない俺に対してそう言った。
「あのな……俺達が恋人だと思っているのは、俺だけか?」
 その可愛らしい小さな後頭部に言う。
 レッドは体が小さくて、頭も小さい。ふわふわの髪の毛が、後ろの方はちょっ
とはねていた。
 そんな可愛い頭を見せてもらっても、それが後頭部じゃぁ嬉しくない。
「レッド」
 呼びながら座っていたベッドから立ち上がり、そっと、椅子ごとレッドを抱き
しめた。
「なぁ、しようぜ?」
「何を?」
 くるくるの目が、きょとんと俺を振り向いた。
 俺は脱力してレッドに寄りかかる。
「お、重いよっ」
「お前が間抜けなこと言うからだ。しようぜって、俺の勉強はお前が拒んだじゃ
ないか。することはひとつだけだ!」
 レッドのシャツの襟元を引っ張りあげた。
 ガタガタ!と激しい音をたてて、俺に引きずられてレッドがよろけながら立ち
上がる。軽いものだ。
 その襟を、シャツを破る勢いで左右に開くと、途端にレッドは泣き顔になった

「う…」
「泣くのか?」
 意地悪く言ってやっても、効果はなかった。
「うわぁーっひどいよぉっ」
 と、レッドは涙を流し始める。
 俺は額に手を当てた。
 ……なんと言うか、その……もっと情緒のある泣き方はできないのか、こいつ
は。
 大口開けて泣いている奴を前に、俺は手を放すしかない。
 ったく、なんだってこんな……顔だけ魅力的なのに、中身は子供なんだろう。
 それに惚れてしまって、俺はもう、こいつと離れられない。中身が子供で苛つ
くことも多いのだが、離れたいとは思わない。
 相手にしてられん、と思っても、絶対に。
「レッド…あの、泣くなよ」
 なぐさめ方なんて知らない俺は、まごつきながらそう言うしかない。
「だって、僕の服、破ったぁー! うわぁーん」
 泣いているのは、そのせいか!
 俺はてっきり、襲われて泣いてるのかと思ったのだが。
 シャツ一枚なんて、俺にとってはくだらないことだ。
「馬鹿、シャツなんて俺がいくらでもプレゼントしてやるよ。だから泣くな」
「いらないよっ」
 この…意地っ張り。
「俺が破ったこのシャツを買い直す金はあるのか? ないんだろ? だったら黙
ってプレゼントされとけ!」
「縫い直して着るからいいよ! お金が無尽蔵にあると思ってるアートにはわか
んないんだよ! シャツ一枚大事だってことがどういうことか!」
「またすぐお前はそうやって貧乏をひけらかす!」
「だっ…」
 レッドの涙はぴたりと止まった。

 そして青ざめて俺を睨み上げる。
「どうせ僕は貧乏だよ! お金持ちなことをひけらかしてるのは、アートじゃな
いか! アートに僕の気持ちはわかんないだろっ」
 わかるものか。貧乏になったことなんてない。
 産まれた時から、名士の父親と、名家から嫁いできた母親に大事に育てられた
んだ。
 俺までも、憮然として黙ってしまう。
「僕は貧乏をひけらかしてなんかないよ。事実を言ってるだけだよ。シャツ一枚
……シャツ一枚の値段が一日のご飯……」
 ぶつぶつと呟き始めるレッド。
 ヘソを曲げたら当分、戻らない。

 ……今日は帰るか。

 一日経つと機嫌が直っているような奴だ。
 俺は窓際に寄ると、
「もう帰るからな」
 そう言って、窓枠を乗り越えようとした。
 レッドに引き止められたことなんてない。
 当然のようにレッドは黙って俺を見送った。

 気持ちが信用できない。俺を好きって言ったのは、やっぱり子供みたいな気持
ちから出た言葉だったのか?
 俺から会いに行くのも腹立たしくて、結局、あいつの謹慎期間の1週間が過ぎ
るまで、俺はもう行かなかった。


 俺は傷害事件を起こして、計2週間の謹慎だ。
 やっとその期間が過ぎた。
 朝、早起きして制服に着替え、寮の食堂に行くことが嬉しいなんて信じられな
い。
 解放的な気分で俺は部屋を出た。
「おはよう、アート」
「おはよう」
「やっと謹慎が解けたね」
「ああ」
「君のことだから、授業なんて聞いてなくても勉強は独学で出来るんだろうなぁ

 話しかけてくる同級生に応えながら、さりげなく食堂の隅の方を集中的に捜し
て見れば、やっぱり、いた。端っこの席にレッドが座っている。
 俺はそそくさとそっちへ近づいた。

「おはよう」
「あ、おはよう。謹慎解けたんだね。良かったね」
 ほら見ろ、だ。
 レッドはいつもと変わらず笑顔で挨拶をした。
 よく見れば、真新しいシャツを着ている。……自分で買ったのか?
「奨学生資格試験、どうだった?」
「合格だよ」
「良かったな。また一年間、一緒に…」
「進学するごとに、奨学生は特別に試験を受けるんだ。次の試験ではわからない
じゃないか」
「そんなことないだろ。入学した時はトップだったし、今回も合格したし」
「僕、勉強好きだけど精神状態に左右されるんだ。今回はアートのことが引っか
かってて、全然集中できなくて……もう駄目かと思った」
「え…」
 フォークを置いて俯き、レッドはため息をついた。
 今、目の前の俺に重大な告白をしたことに気づいていないようだ。
「今回は良かったけど……」
「じゃあ、レッド」
「なに?」
 俺を見上げる目が、真っ直ぐで可愛い。
 俺は自然と笑顔がこぼれた。
 意識的な笑顔じゃなくて。
 こんなふうに笑顔が出てしまうっていうことがどういうことか、久しぶりに実
感した。子供の頃以来だろう。

 幸せなことなんだ。すごく。

 俺はポンポンとレッドの頭に手を当てる。
「今度から、駄目そうな時は俺が勉強見てやるよ」
 精神的にどうこうというのがなければ、一人で勉強した方が、俺よりずっと成
績がいいんだから。
 駄目そうな時だけ、と俺が言うと、レッドも笑ってくれた。
「うん!」

 こいつの、こういう笑顔を見ているだけで。
 幸せを感じる。

 俺達を遠目に見ながらひそひそと噂話をしている連中なんか、気にならない。
 レッドはそういうことを気にしてしまう質(タチ)らしいが、今度から教えてや
ろう。
 悪い噂をしてたら、もっとあいつらから邪気を感じるはずだって。
 もっと、好意的な雰囲気を感じ取れるようにならなきゃ、こいつは精神的に駄
目になってしまうだろう。

 大丈夫。俺がいるから。
 でもまだ、そういう些細なことを気にして、俺を頼りにして欲しいなと思って
しまう俺も、子供なんだろう。




 **終**



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あきゅろす。
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