短編集 (続編その1)Believe it or not! 貼り出された期末試験の結果表を見上げて、アートは青ざめていた。アートは3点差で追い抜いて1位になったのは、僕だったから。 「よくやったな」 そう言って誉めてくれたアートも、笑顔はちょっと引きつっていた。負けず嫌いだから。 そして、学院は冬休みになる。 生徒のほとんどが引き揚げるのは明日、という日、アートは僕に尋ねた。 「オマエはどこ行くんだ?」 「僕は孤児院に帰るよ」 「そうか。そこがオマエの家だもんな」 「うん」 「じゃあ、俺の家に一緒に来ないか?遊びに来いよ」 「えっ」 僕が驚いたのも無理はない。だって今まで、誰かの家に呼ばれたことなんてない。 「アート、ほんとに?」 「ほんとに決まってるだろ。冗談で言ってるんじゃないぞ」 「そうだよね。うん、行くよ」 「よし」 なにが、「よし」? アートって僕のこと、ペット扱いしてないか……。 翌日、街まで降りると、高級車がぞろぞろと学院の生徒を迎えに来ていた。 アートの所へも、まっすぐ初老の男性が歩いて来て、 「アート様、お車はあちらでございます」 と言って高級車まで案内してくれた。 「レッド、運転手のリガーさんだ。リガー、電話で話したけど、同級生のレッド」 歩きながらアートが紹介してくれる。 「初めまして、リガーさん」 「よろしくお願いします。レッド様」 うわぁ……様を付けて呼ばれてしまった。 ドキドキしながら、その後、高級車に乗り込む。僕も知っているような有名な車は、中がとても広かった。 すごい、こんな車に乗ることなんて一生ないと思っていたのに。 車内を見回す僕を、アートもリガーさんも苦笑して見ていた。 学院は山の中にひっそりと建っているから、車はしばらく林の中の大通りを走っていた。それから、ちょっと開けた街に入る。 街に出れば、集団で走っていた高級車も、ばらばらに別れていく。 「アートの家は、ここから何時間くらい?」 「3時間以上かかる。眠かったら寝ていいから」 「うん、寝心地よさそうだよね」 「……そ、そうか?」 「だってこんなに広いし。孤児院のベッドくらいの大きさはあるよ」 「……ふーん」 車はブレーキ音もたてずにすぅっと停止する。車にあまり乗らない僕でさえ、運転が上手だと感じる。 しかし、感心していると背後でものすごいブレーキ音が響いて、一台の車が横を通った。かろうじて赤信号の交差点には飛び出さず、歩道に乗り上げて停止する。 「危ないな」 アートと僕は窓に張りつくようにして見ていた。 「危ないよね。なんだろう?」 「人通りが少なくて良かったな」 「あ、人が出てきたよ」 運転席から降りた男は、ふらふらと危なっかしい足取りで蛇行しながら歩く。 本人は走りたいようなんだけど、膝が馬鹿になってしまっているみたいだ。 「怪我、してないのかな」 「それより、車道をふらふらしてたら危なくないか」 「うん……あれ、あの人」 と言っている間に。 その男は、僕達の乗っている車の真横に歩いてきた。 そして不意にドアに手をかけて開く。 制止しようと声を出そうとした時には遅かった。 僕達がその行動に一瞬、呆気に取られている隙にだ。男はリガーさんを車外に引きずり出して自分が運転席におさまってしまっていた。 そのままドアを開きっぱなしで車を急発進させる。 リガーさんは地面に投げ飛ばされて、体勢を建て直す間にもう車は走りだしていた。 「アート様ぁーーー!!」 叫び声が遠ざかる。 後ろを振り返れば、リガーさんが地面に膝をついてこっちを見ていた。 もう声は届かない……。 「さすが高級車は馬力が違うなぁ!速い速い!」 男は嬉しそうに言いながらハンドルをきる。 「ちょっと待てよ!なんだよお前」 アートが怒鳴った。 けど男はバックミラー越しにこちらを見ると、ズボンの後ろの方に手を延ばす。 嫌な予感……。 そして案の定、男は銃を取り出した。 それを自分の肩越しに僕達に向ける。 「抵抗するなよ。撃つからな」 「やっ、アート!銃!銃だよ!」 「うるさい!あんなモノ、見飽きただろうが」 確かに、ハイジャックに遭った時にも銃で散々脅された。 そうか。 よく考えれば、人数が1人対2人な分、今の状況の方が恐くないかも。 …………ん? いや待て……狭い車内という状況を考えれば、やっぱり同じくらい危険でコワイ。 「お前らどうやら金持ちの息子らしいし、調度いい人質ができたぜ」 「また人質だって」 うんざり。 僕達は顔を見合わせて肩を落とした。 車はけっこうなスピードで走って行く。土地勘のない僕にはどこに向かっているのかさっぱりわからない。 男はちらちらと何度もバックミラーを確認する。 僕達の動向も気になるし、警察の動きも気になるんだろう。 どうしよう。 「あーあ。アートといるとろくな目に遭わないよね」 「なんだと?」 僕がぼそりと呟くと、アートのまなじりが吊り上がった。 「レッドといるからだ!俺は生まれた時から高級車に乗ってるが、こんな男が乗り込んできたことはない!」 「僕だって銃で脅されるような目に遭ったことはないよ!アートと一緒にいる時だけだ!」 「うるさいぞお前ら……」 男が低く注意してきたが、本気ではないらしい。僕達が言い争っていることは、どうでもいいみたいだ。 けれどアートの気に障ったんだ。 「お前が悪いんだろ。一体、何が目的なんだ?逃走中の銀行強盗か?」 「お、よくわかっ…」 アートが言ったことは当たっていたらしい。男が意外そうな口振りで言い掛けたが、アートが突然叫んだ。 「わかったぞ!お前、イカレたパパに雇われたんだろう!」 「は?」 「え、ちょっとアート……」 僕達は唐突な問い掛けに驚いた。 「今度はなんだ、誘拐ごっこがやりたいのか、あいつは」 「あの……何の話だかさっぱり理解できねえんだけど」 「とぼけても無駄だ。もう俺達に正体がばれたんだから、さっさと帰してもらおうか。これ以上は無駄だぞ」 「…………えっと、よくわからんが、あんまり騒ぐと撃つぞ。人質は一人いればいいんだからな」 男は肩越しに銃をこちらへ向けている。 僕は怖くてアートにしがみついてシートに倒れこんだ。 ところがアートは僕の手を振り払う。 「おい、何すんだ。邪魔だぞ」 「危ないよアート!」 「うるさい。おいお前!雇い主の息子を殺したらどうなるかわかっているんだろうな!」 銃を目の前につきつけられているにも関わらず偉そうに叫んだ。 「くそーなんだかよくわからない……」 勢いに押されて男が呻く。 「お前はパパに雇われたんだろう!もう観念しろ!」 「うう……なんだかそうだったような気になってきた……」 え、そうなの? さっきから男の反応を見ても、パパとは無関係に見えるんだけど……。 「俺は……お前の父親に雇われた、の、かな?」 「そうだろう。ようやく認めたな」 「ちょっと待ってよ、二人とも。何その気になってるのさ」 見ていられなくなって僕は口をはさんだけれど、二人には無視された。 「じゃあ、俺達を家へ連れて行け」 アートが偉そうに命令したけれど、当然、男はアートの家を知らないだろう。 「家ってどこだ?」 「全く正反対の方に走っている」 アートは自分の家の住所を告げた。 見ず知らずのこの人に、そう安易に住所を教えてしまっていいんだろうか…。 男は軽快にハンドルを切りながら銃をまたズボンの後ろにはさんだ。 僕はほっと息をつく。 良かった、とりあえず……。 車を走らせて、1時間。 アートが車を止めさせた。 その一言は、 「腹へった」 実は僕もそろそろ空腹に耐えられなくなっていた頃だったので良かった。 だから3人で大通り沿いにあるレストランに入った。 「僕もお腹すいたよー」 「好きなだけ食え。こいつがおごるから」 そう言ってアートが男を指さすけど、当人は焦って手を振った。 「待て待て! 俺、金なんかねぇって」 「そんなわけなだろ!」 「ないんだって!」 この人、銀行強盗したんじゃないのかな。 それとも、やっぱり強盗はしていないのかな。 アートは男の胸倉をつかみあげそうな勢いだ。 「じゃぁ俺のおごりかよ!」 「すいません、坊ちゃん。おごってください」 男は薄笑いでへこへこしている。 うーん……ああいう大人になりたくないなぁなんて思ったら、失礼だろうか。 結局、やっぱりアートの持っているカードで食事代を払った。 そして道に迷いながらも車を走らせて、予定より数時間も遅れて僕達はアートの家に着いた。 ところが、家の前に車を停めるなり走って来る数人の屈強な男達の雰囲気に、車内が凍り付く。 「何事!?」 「え、俺も見たことない連中だなぁ…」 「おい、ドアを開けろ!」 車の窓を叩いて、外の男が叫んだ。 呆然としながら運転席のドアを開けた途端。 「よし、逮捕したぞ! 19時35分!」 運転席の男の腕をがっちり掴み、外にいた男が叫んだ。 「結局逮捕するのか」 アートが呟いたけど、彼はやっぱり勘違いしている……。 僕は気付いた。 家に入ればリガーさんも、アートのパパも、刑事さんもいた。 「アート様、ご無事で」 リガーさんは涙を流しそうな顔をして言った。 刑事さんの話によると、男は今日の午前に銀行強盗をして逃走中だった犯人。 車の燃料が切れそうだったので、僕達が乗っていた車を奪って逃げたらしい。 彼の後ろポケットには、銀行の貸し金庫から持ち出した数億円の価値のブルーダイヤが入っていたのだ。 刑事さんは単独犯だったから捕まえるのは容易だったはずだけど、車を乗り換えた間に見失ったと言っていた。そのうえ人質もいる。 あんな高級車を見失うなんて変な話だと思うんだけど。 そして問題は、刑事さんが帰った後だった。 リステさんは、良かった良かったって言って笑っていたのに、アートはそこに怒鳴りつけた。 「どういうつもりだよ! またあんな奴雇って!」 「あんな奴って? 刑事さん? 刑事さんは勝手に来たんだよ」 「申し訳ありません、アート様。私が警察に言ったせいで家にまで刑事が……」 リステさんとリガーさんは見当違いのことを言う。 僕はちがうちがうと手を振って、 「あの銀行強盗さんのことですよ」 「ああ、あいつか。彼がどうかしたのか?」 「とぼけるなよ。またあんたが雇ったんだろ!」 「…………」 リステさんは、突如真面目な顔をして押し黙った。 まさか、本当に……? 「アート…」 「ったく、危険な遊びをするなよ!」 「彼は……」 リステさんがゆっくりと声を押し出す。 「彼は、全く私とは無関係の人間だ」 「……」 今度はアートが沈黙する番。 「……は?」 「ほらアート! やっぱり関係なかったんだよ!」 僕はアートの脇腹を肘でつっついた。 「危なかったー! 下手したら殺されるところだったよ」 「無関係って……そんなわけないだろ! だってパパ!」 「知らないよ。誰だよ彼は? 私はずっと仕事で忙しかったよ。アートと冬休み を過ごすためにテンテコマイで仕事を片付けていたんだよ?」 「だってあの男…」 「……アートがあんまり怒鳴りつけるから、錯乱してたんじゃない? あの人。 僕にはそう見えたけど」 その場が沈黙で包まれた。 アートの顔には汗が浮かんでいた。 あーあ。呆れてしまう。 こんなアートを、それでも好きだ、と僕は思ってしまうんだから。 **終** [*前へ][次へ#] [戻る] |