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短編集
遠い海 4
「はぁっ、はぁ…」
 緊張のためか、息があがっている。それでもなんとか、声を絞り出した。
「う、動くな」
「……ちっ」
けど、ほぼ同時に、他の犯人の銃は僕とアートに向かっている。それに、アートのパパは近くの席にいる女性に銃を向けていた。
「おいおい、このお嬢さんを撃ち殺してもいいのか?」
「カーキを殺してもいいっていうのなら」
「君の腕前じゃ、彼を殺した後、我々に銃を向け直す前に撃ち殺されるよ?」
「う、うん」
確かにそうだ。
大体、僕には人を殺せない。
「どっちにしろ、僕は殺されるんでしょう」
とりあえず、ハッタリでもいいや。
「その人は赤の他人だもん。どうでもいいよ。でも僕はどっちにしろ殺されるんだから、アートだけでも逃がして。アートのパパ」
僕の言葉に、アートも、カーキも、アートのパパも息を飲んだ。
「カーキの命と引き換えだよ。僕、撃ち殺される前に、カーキ一人くらいならすぐ撃っちゃうよ」
「アート……」
アートのパパは何故か何も答えず、カーキにタックルした体勢のままのアートを見た。
僕に釘付けになっていたアートが振り向くと、
「アートぉ…いい友達を持ったなぁ、おまえ……」
「な、なに泣いてんだよ!」
思わずアートが怒鳴りつけたのもわかる。
犯人もそろってアートのパパに驚愕のまなざしを向けていた。
アートのパパは、なぜかぼろぼろ泣いているのだ。
「ううっ、いい友達だなぁ、アート……」
「変な人…」
僕が呟くと、
「まったくだ」
カーキが答えた。

けれど。
アートのパパの銃が、今度は僕に向けられた。
「だが、君の命はない。アートも逃がすわけにはいかない」
「ええっ!」
「君は足がカーキの下敷きになっていて身動きできないだろう」
「しまったっ」
僕が焦って足を抜こうとした途端、カーキが両足に抱きついてきた。
うわぁ、本当に身動きとれない!
それに、カーキと僕はずいぶん体格が違う。カーキは片手で僕の両足をまとめて掴んでしまうと、もう一方の手で、僕が握っている銃身を掴んだ。
そのまま、力ずくで銃をむしり取られてしまう。

一瞬の出来事だった。

「あほぅ!」
というアートの言葉で僕は我に返った。
「あっさり取り返されてんじゃないか!」
「あ、う、うん」
はっとなって答えると、アートはまた大きなため息をついた。
「別れの言葉はそれでいいのか」
アートのパパが静かに言った。
まだ銃口は僕に向いている。
「う、うわぁっ」
改めて、また暴れ出す、僕。
がちり、と撃鉄を起こす音。
ざわっと背筋が粟立った。
「キャーー!」
「男がキャーとか言うなってば!」
 と怒鳴ったのはアート。そして、
「そろそろ黙ってもらおう!」



銃声が、

響いた。
アートの声が聞こえたので、僕は目を開けた。
「しっかりしろ! レッド、おい!」
「痛いよ…アート」
「ばかっ! オマエが悪い!」
アートの怒鳴り声が近くなったり遠くなったりしている。
頭がぐるぐる回っていた。
「痛いよぉ…」
目の前が、涙でかすむ。
もう、駄目かも。
「しっかりしろ!」
アートが叫んで僕の肩を抱き起こした。
その肩越しに、冷たい目で僕を見ている犯人一同がいる。
おそるおそる、手を後頭部にやってみた。
……あ、良かった。
「たんこぶ出来てないみたい」
「そうか、良かったな」
アートはそう言うと、

すぱぁんっ!

力いっぱい、僕の前頭部を平手ではたいた。
「いたっ」
「馬鹿だ、オマエは! 銃にビビって頭打つなんてな。馬鹿だ馬鹿だ」
「う…」
銃声がした瞬間、僕は驚き恐怖で、体勢を崩してしまった。
そして思いきり頭をシートの金属の部分に打ちつけた。
その音があまりに凄かったんで、カーキが呆然としている間にアートは僕を抱きおこしてくれたのだ。
恥ずかしい。
周囲の人からは、くすくすと笑いが聞こえるし。
「笑っちゃ悪いだろ」
「だって、あの子さぁ…」
そんな声まで……。
アートのパパは銃口を上に向けて苦笑いしていた。
「はは…おどかすつもりだったんだけどね。驚き過ぎだよ」
「全くオマエは! 強く頭打って気絶してたから心配してやったのに」
「え、僕、気絶してた?」
「数秒間な」
そんな馬鹿な。
確かに今も頭がずきずきと痛むけど。
カーキが僕の顔をのぞきこんで、ほっと息をついた。
「ちっと顔色は悪いけど、大丈夫みたいだな」
「うん」
戸惑い気味に見上げると、カーキはふいっと目線を外してしまった。
なんで僕のことを心配したりするんだろう?
この人達、実は……本当に人を殺すつもりはないんじゃないだろうか。
「さて、じゃぁオマエは…」
アートが僕の肩を抱いて、そっと引っ張り上げてくれた。立ち上がってもふらふらしない。
うん、大丈夫みたいだ。
「人質だから」
そのまま、どこに連れて行かれるのか。
機内の雰囲気が、また緊張し始めた。












「動くな!」
鋭い声がその場の空気を破った。
停止してしまう犯人達と、僕。
声の方向を見やると、ばらばらと数人の男が入ってきた所だった。狙いはきちんと犯人それぞれに定められている。
見てわかる軍隊の人間だった。
「え?」
思わずその場にいるほとんどの人間が呟く。
「あ、そうか」
僕だけ、違うことを呟いていた。
だって。
犯人の中にアートのパパがいるってわかった時、犯人も乗客も驚いていて、外の軍隊に対して完全に無防備だった。それは僕も気づいていた。
その間に、窓の外をよぎったような気がした、影。
あれが多分、今入ってきた人達だ。
「あっさり捕まってしまったな」
「全く、拍子抜けだ」
アートのパパと軍隊の人が呟きを交わしていた。
 知り合いみたいな雰囲気だけど……まさかね。



そうして、ハイジャック事件はその日のうちに解決した、のだが……。





飛行機の乗客は全員保護されて、夜にはそれぞれ解放された。
何故か僕とアートだけは軍仕様のヘリで学院まで送り届けられた。
驚いたことに、ハイジャックされて飛行機が降り立ったのは、同じ国内の、僕達が利用した所とは違う空港だった。
だからあっという間に学院に着いてしまって、混乱している頭がますます混乱してしまう。


「アート……僕達…」
その日。先生と一緒に院長室へ向かいながら、僕は隣を歩くアートに声をかけた。
でもアートはちらりと僕を一瞥しただけで、すぐに目線を前方に戻してしまう。声もかけてくれない。
脱走計画が失敗して不機嫌になっているのだろうか。
僕だって、こんなことならいっそ海外へ逃げてしまいたかった。
今更、こんな形で学院に帰って来たって、僕には未来なんてないような気がする。
教会にでも入ろうかな。それで、僕が育った孤児院で子供達を導くんだ……。
それもいいかも。
そんな風に、一切をやり直すつもりで将来に思いを馳せているうちに、気づくと院長室の前に来ていた。
先生が扉をノックして、先に院長室へ入る。
目で促されて、僕達も入った。
院長先生は、僕が奨学生として入学した時に、期待していますよって優しく微笑んで言ってくれた人。
その人の前に立つと、いたたまれない気分になる。
申し訳なくて。
「君達の処分については、検討中です。一週間後に知らせますので、それまでは各自、自室で謹慎」
院長先生の話はそれだけだった。


追い出されるに決まっている寮の部屋に、一人。
僕はすることもなく、教科書を開いたまま考えごとをしていた。
 とりあえず勉強でもしようと思ったものの、手につくはずがない。
この先、どうなるんだろう……。

こんこん、と窓の方から音がした。
なんとなく、いやな予感がするんだけど…。
カーテンを開けると、窓硝子に手のひらだけが押し付けられていた。
「わぁっ!」
驚いて後ずさると、すぐにアートの顔がひょこっと覗く。
「はっはっは」
笑っている。
僕は窓を開けてアートを見下ろした。
「馬鹿ないたずらするから、驚いてみせただけだよ」
「なんだよ。可愛くないな」
「可愛いなんて思われたくない」
頬を膨らまして言うと、アートはさっきのような意地悪な感じではなく、うっすら笑いを浮かべた。
「行こうぜ」
「え、どこに?」
「いいからついて来いって」
そう言われて、つい、僕は窓から外に出た。
「どうせ退学だ」
アートは言った。
「どこ行くの?」
「街まで歩く。酒でも飲もうぜ」
「もう海外には行かないんだ?」
「親父のカード、もう使えないだろ」
「……そっか」
軍隊に連れて行かれたハイジャック犯達の姿を思い出す。
アートのパパも……。 自然、僕の声のトーンは落ちた。
すると、ぽんと肩にアートの手が乗った。
「さ、行くぞ」
そしてその手が僕の腕を掴む。
あの日と同じだったけれど、僕は抵抗もしなければ文句も言わず、引きずられるまま、ついて行った。
引きずられてるのはね、アートの方が全然背が高いから。



「アート、僕、お金ないんだけど」
「貸してやる」
「えーっ」
お店の前まで来て僕が言うと、アートは気にも止めずに中へ入ってしまった。
お酒を出すようなお店は初めて来た。
アートはカウンター席に座ると、適当に注文する。僕が知っていたのはサラダとグラタンだけで、他は知らない食べ物だった。
……多分、食べ物じゃなくてアルコールなんだと思う。
「かんぱーい」
かちんとグラスを合わせて、アートは一気にグラスの中を飲み干した。 そして、
「うえっ。グラス間違えた。これオマエのために頼んだやつだ」
「え」
口をつけようとしていた僕は、慌ててグラスを差し出す。
ひったくってそれを飲んだアートを見て笑ったのは、カウンターの中にいた店員だった。
「はっは。オマエら、山の中にある学院の生徒だろ。酒は出せないよ」
「おえー。なんだ、こっちもノンアルコールかよ」
僕の手から取ったグラスの中身を飲んだアートが、また顔をしかめて言った。
良かった。お酒じゃないんだ。
安心してアートから返ってきたグラスに口をつけた。
「酒出してよ。俺ら、学院はもう辞めるからさ。いいじゃん」
「だめだめ」
店員さんは笑って取り合わない。
いい人そうで良かった。
本当はお酒を飲むことにちょっと抵抗があったから。
「あと、早めに学院に帰れよ。脱走があったとかで、先日も大騒ぎだったんだから。警察が聞き込みに来たりな」
「へー」
白々しく相づちを打つアートを僕は横目で見た。




お店を出ると、アートは大きく伸びをした。
もう日付は変わっただろうか。
「オマエがいるから酒が飲めないんだよ。童顔だからなぁ。すぐ学院の生徒だってバレちまったんだな」
「僕のせいじゃないよ」
アートが理不尽なことを言うから、むっとして言い返す。
小さい街だから、住民の顔はほとんど覚えちゃってるんじゃないのかな。
そう思ったけど、アートに言うのはやめておいた。
いくらなんでも、全員の顔を覚えてるなんて無理だろうなと自分でもすぐに思ったから。
「帰りたくないなぁ」
適当に歩き出しながら、アートがぼそっと言った。
大通りから一歩入った住宅街だ。深夜で、もう人気はない。
「帰りたくないって、家に?」
「学院」
「でも家にも帰りたくないでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「アート、聞きたかったんだけど……」
おそるおそる切り出すと、先を促すようにアートがこっちを見た。
「この間、なんで逃げたの? 外国に逃げ出すほど……理由があったの?」
「そりゃオマエ……」
アートは少し黙った。
やっぱり、僕になんか本音は語ってくれないのかな。
でも、黙ったのはほんとに少しの間で、すぐ口を開いて、
「俺は学院での自分が嫌だったんだよ。優等生ぶっちゃってさ……中等部まではそれで楽だから良かったんだ。でも最近、なんか息が詰まって、耐えられなくて、逃げようと思った」
「ほんと、アートって学校では猫かぶってるよね」
 僕が同意すると、むっとした顔をしてこっちを見た。
「オマエこそ。なんだよ、不幸そうな顔して、金持ちの坊ちゃんの同情を引いてよ。そういうところが気に食わなかったんだよ」
「ど、同情を引くだって!?」
なんて言いぐさだ。
確かに、学院にいてお金持ちの子供達に囲まれていると、僕って不幸だなぁなんて思っちゃう時もあるけど。
でも。
それを顔に出したつもりはないし、ましてや同情を引きたいなんて思ったことはない。
「生まれた環境の違う人に、同情なんて期待してないよ! 大体、僕が奨学生で入った時なんか、身分が違うくせにって馬鹿にしまくってた奴らの同情なんか、絶対!! 要らない! 同情引く顔なんてしてないよ。それに、勝手に僕を不幸な子にしないでくれる?」
「馬鹿、声でかいよ」
アートが慌てて僕の口にてのひらをあてがった。同時に肩を抱くように腕の中に押さえこまれて、びっくりして思わず口を閉じる。
そっか。夜中で、ここが住宅街だということが、頭から吹き飛んでしまっていた。
アートがひそひそ声で言う。
「悪かったよ。でもオマエ、不幸そうなツラが素なのか…」
「不幸そうな顔なんかしてないってば」
僕も囁き声になる。
アートが間近で笑った。
「だから、自覚してないんだったら、もともと不幸そうな顔なんだろ」
「だからアートは僕が嫌いなんだ?」
「嫌いなんて言ってないだろ」
「言ったよ、さっき。ついさっき!」
自分で言ったことに責任を持ってよね。
「気に食わなかったって言ったんだよ。奨学生で学院に入ってきたのに、入学当初から全然嬉しそうな顔してなくて、暗い顔ばっかだから」
「え……」
アートの言葉に、僕は引っかかりを覚えた。
だって、まさか、そんなはずない。
「アート、僕のことなんて覚えてなかったでしょ?」
「は? 入学した時からオマエ、すごい噂になってただろ。知ってるよ。顔も名前も、入学時の成績も知ってるよ」
「え? 僕が孤児だってことも?」
「当たり前だろ」
アートは、なんでそんなことを聞くんだ、と言わんばかりの顔をしている。
「アート…飛行機の中で、パイロットになれないことないだろみたいなこと、言ったよね。だから僕の生まれについては知らないんだと思った。……知ってる? 孤児って職業がずいぶん限られてるんだよ」
「そのくらい知ってる。オマエ、ずいぶん悲観的だな。やってやれないことはないだろ」
「そんな……」
あっけらかんとしたアートの態度は、他人ごとだからそうなのかな。
以前だったら、他人ごとだと思いやがって、って憎らしくなるところだ。でも今は、なんだか励ましてくれているような気になる。
「そっか……知ってたんだ。まぁいいや」
知っていて、アートは僕が気に入らなかったんだ。
 僕が落ち込んだことには気付かず、アートは続けて言う。
「どこか、養子に貰ってくれるかも知れないだろ」
「この年じゃ無理だよ」
名門学院を卒業していたら、あるいは……ありえたかも知れないけど。
もう、学院も退学するんだし。
僕は小さく息をついて、
「そっか。アートは僕が気に食わなかったんだね」
「まあな」
ずいぶんあっさりと頷いてくれる。
僕は悲しんでいるのに。
でも。
「今はそうでもないけどな」
アートがぽつりとそう言ったから、僕は思わずその顔を見てしまった。 目が合うと、アートはうろたえて、
「なんだよ。悪いのか?」
「う、いや、違うけど」 なんで僕までうろたえているんだろう。
「今は僕のこと嫌いじゃない?」
「もともと嫌いなわけじゃないっつの。……なんだよ、その嬉しそうな顔は」
「え、嬉しそうな顔、してる?」
「すげー顔が緩んでるぞ」
恥ずかしい。
嫌いじゃないって言われて喜んでるって知られてしまった。


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