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短編集
遠い海 3
「何してんだ」
グリーンは他の二人よりは細身だったけれど、まとう空気は全然違った。力関係がはっきり見える。
低い声で問いただされて、カーキもブルーもそそくさと手を引く。
上半身ははだけられて、下半身は下着だけの格好で二人が離れていくと、僕のありさまはグリーンの目に全て晒された。
ううっ、恥ずかしいよぉ。
慌てて起き上がり、躯を隠すように丸くなる。
「お前ら……そんな場合じゃないだろうが」
呆れたようなため息。「グリーン……すまん」「そのお嬢さんに謝るんだな」
……僕、言わなきゃいけない。
怖いけど、このハイジャック犯を相手に言わなきゃいけない。

「お嬢さんじゃないよっ! 男だよ!」

「わかってるよ」

あっさりと言われてしまった。
勇気を振り絞ったのに……もしかして、からかわれてただけ!?
ぷっ、とさっき僕を女の子扱いしたカーキが吹き出した。
グリーンに睨まれてすぐ黙ったけど。
ぽんと頭に僕のズボンを投げつけられた。グリーンだ。
「着ろ。これから着陸体制に入る。席に戻ってシートベルトをしっかり絞めるんだ」
「着陸!?」
どこに?
さすがに着陸という言葉を聞いて、ずっと部屋の隅で黙っていた乗務員の女性が声をあげる。
「着陸ですって? 私にも手伝わせて下さい」
「なんでだ?」
「間違いがあってお客様に怪我でもあったら困るからです」
「プロ根性だな」
そう言った口から、馬鹿にしたような笑いが洩れる。
「ふんっ…いいだろう。素早くやれ」
「わかったわ。さ、早く服を着て席に戻るのよ」
女性は立ち上がると、僕の顔をのぞきこむ。
その目は、さっきまでの薄情な態度と違って、僕を心配してくれていた。
今更だけど……仕方無い。
もし僕の目の前でこの人が脱がされたらと思うと、すごくイヤだもんな。僕が襲われて良かったと思う。ちょっと触られただけで済んだんだし。
男に襲われた悲劇は、諦めることにした。
久しぶりに、アートの顔を見た。
カーキは僕をシートに座らせると、しっかりとシートベルトをした。
彼が立ち去ってから、僕はアートの方を見る。 アートも僕を見た。
「アートっ」
小声で呼ぶと、じわっと涙が出てきた。
「うわっ、オマエ、なに泣いてんだよ」
「会いたかったよ。怖かったよー」
「あ、ああ、そうだな…」
アートは黙ってしまった。
黙られると急に恥ずかしくて、慌てて目尻を指でぬぐう。
……なに泣いてんだろ…。
でも、アートの近くに帰ってこられて嬉しかった。
「オマエ、何もされてないか?」
「うん、平気だよ」
「良かったな。さすがにオマエみたいなガキに手を上げるほど大人気なくはなかったか」
また、ガキって……。
「同い年じゃないか!」
「オマエは童顔だからな」
うー……精神年令の次は童顔のことを言われた。
僕ってほんとに外も内もガキなのかな。
いやいや、自分で認めちゃいけない。
「ふん。可愛いって、犯人には言われたんだから」
「なんで自慢してんだよ。……え? オマエ、あいつらとそんな話してたのか」
「え、ことの成り行きというか」
「なんだよ、成り行きって。……あー! オマエ!」
「へっ?」
アートが突然大きな声を出すものだからびっくりした。
「うるさいぞ!」
真後ろから、どかっとシートを蹴られた。
なんと、真後ろの席にカーキが座っていたのだ。
他の客と席を替わったわけでもなく、最初からこの席だったらしい。
アートは声をひそめて、ぐぐっと顔を僕に近付けて来た。
僕の顔じゃなくて、目線は衿元に向かっている。
「キスマークみたいなアザついてるぞ…」
「嘘っ?」
 気づかなかった。いつの間にそんなこと……いや、キスマークと決まったわけじゃない。
「暴れた時にぶつけたんだよ、多分」
「こんなとこぶつけるか?」
下から見上げるように睨まれた。
うっ。なんで、いきなり機嫌が悪くなってるんだろう。
「僕も気づかなかったもん……」
「あいつらに何かされたんじゃないだろうな」
「されてないよ。襲われかけたけど」
「されたんじゃねぇか」
アートの手が乱暴に僕の肩に絡む。
後ろの男には聞こえないようにだろうけど、僕をぐっと引き寄せて、
「何をされたんだ?」
「うわっ、耳元で喋らないでよ」
くすぐったい。
それになんだか、アートの声って実はちょっとカッコイイかも知れない。耳元で囁かれるとなんかむずむずするよ。
「何もないよ。服を脱がされそうになったけど、着陸するからって言って解放されたんだもん」
「き、キスとかは…」
「ないよ?」
「そっか」
ほーっ、と吐息をつくアート。
「良かった」
「なんでアートがそんな心配するのさ」
僕のことなんてお邪魔虫に思ってて、すごく邪険に扱っていたくせに。
アートの拳がごつんと僕の頭に降ってきた。
「いくらなんでも気分悪いだろ。俺が無理やり乗せた飛行機でオマエが被害に遭ったら…」
もう充分、被害に遭ってるよ、アート。
でも、心配してくれたことがちょっと嬉しかったから、僕は言い返さないでおいた。
飛行機から、飛行場が見えた。
なんとなくほっとする。空の上にいるより、地上にいる方がなんとかなる気がしたからだ。
「アート、見て」
振り返り、隣のアートを呼ぶ。
すると、目を開けてアートが一言。
「…あ?」
「寝てたの!? よく寝られるね!」
「そんなこと言ったって…」
アートの背後へ目をやれば、ちらほらと眠りこけている人が見える。
みんなどういう神経してるんだろうね…もう。


やがて飛行機は飛行場へ。
犯人と機長や官制室の間でどんな取引があったのか知らないけれど、飛行場には別段変わったところもなかった。
……あ、いや。
なんかあっちの方に見えるのは、もしかしなくても戦車だろうか。
軍用車も見えるのは気のせいかな。
「アートぉ…凄いことになってるよ」
見守っていると、あっという間に軍用車が飛行機を取り囲んでしまった。飛行機からは10メートルくらい離れている。
10台以上はいるだろうか。
「こんなに囲まれちゃったら終わりじゃないの?」
「人質がいるんだ。どう転ぶかわからないだろ」
「そっかぁ…」
人質って、僕達のことだ。
早く解放されたいなぁ。

飛行機が完全に停止すると、客室にまた銃を持った男達が入って来た。
見覚えのない男の人も入ってきた。
中年で、なかなかカッコイイ。でもその人も、犯人にライフルをつきつけられていた。
パイロットの制服を着ている。
「ねぇねぇ、あの人、機長かな?」
「多分な。それより、俺は後ろにいる犯人の方が気になるんだが……」
アートは、機長を連れてきた男をじっと凝視している。
あの人は、多分僕も見たことがない。
「あの、ライフル……あれは見覚えが」
「へえー」
「父親の持ってるライフルに似ている。似てって言うか、多分…」
「ん?」
「静かにしろ!」
犯人の大声に、僕達の会話が途切れた。
けど、その語尾にかぶさるようにして、アートも声をあげる。
「パパ!?」
犯人の肩がびくりと震えた。
……すごい動揺しているな。
 犯人の男はこちらを見た。
「アート!?」
 驚いたことに、アートの名前を呼び、咳払い。
「あ、いや…違っ……何のことだね?」
「ださ…。今俺の名前呼んだくせに」
アートの冷めた声に、あからさまに犯人の肩が落ちた。

「どういうことだ?」
「パパって言ったよな?」
「犯人の正体はあの子の父親ってことか」
客室がざわめき始める。
それと同様に、犯人達もアートのパパを囲んで、機長もそっちのけで動揺してしまっている。
「おいおい、本当にあいつの父親なのかよ?」
「名前を呼んだんだから、そうなんだな?」
「バレちまってどうするんだよ」
「えっと……君達、落ち着きたまえ。ど、どど、どうしたらいいと思う?」
「あんたも落ち着けよ」
……お客さんより、犯人の方が動揺してるよね。
仕方ないと思うけど。
犯人達の話し合いが終わるまで、こうやってじっとしていなきゃいけないんだろうか。
それはちょっといやだ。
それに、むしろこの隙を活かさなきゃ。
僕は懐に手をやると、取り出したものをアートに渡した。
「アート、これ」
「え? おまえ、これどこで…!」
「しーっ。乗務員室で脱がされた後にね、こっそり抜き取っておいたんだ」
僕のそばにいつもいたのは、カーキだ。
でも僕を襲った後、グリーンに止められて、カーキは銃をホルダーにしまった。僕はその後、服を着ながらカーキから銃をすりとっていたのだ。
誤解がないよう言っておくけど、生まれや育ちが悪くたって僕はスリなんかしたことない。
でも、やらなきゃいけないと思った。
 だから勇気を出して取って来たんだ。
「これで…」
アートが銃のグリップを握り締めた。
「これで、どうしろって言うんだ?」
「え」
「あいつらを撃ち殺すのか? 窓を破って逃げ出すのか? この窓は人が通れる大きさじゃないぞ」
「えっと…えっとね……」
具体的な案は何も考えていなかった。
とにかく、こっちにも武器があれば何とかなるかもと思って……。
アートがため息をつく。
「大体、使い方がわかんねぇぞ…」
「そうなの!?」
「なに驚いてんだ」
「アートなら、なんとかしてくれると思ったんだけど……」
僕が真剣にそう言うと、アートの顔がちょっとだけ赤くなった気がした。
あれ? まさかね。
でも、ずっと見つめてたら、どんどん赤くなっていく。
「アート?」
「な、なんだよ。オマエ」
「へっへっへーぇ」
「なんだよ」
アートってば、正面きって誉められると駄目なタイプか。
僕は含み笑いをしていた。
うろたえている姿が可愛く見える。
 アートはいやな顔をして僕を見た。
「なんなんだよ…」
僕がいつまでも笑っているので、アートは機嫌を損ねてしまったようだ。
顔の赤みはすっかり引いて、そっぽを向いてしまった。
いけないいけない。ここで仲間割れなんかしたら駄目だ。
「ごめん、アート。あの……アートがいい案を考えてないからって、僕は何も責めてないよ。二人で考えようよ…」
「わかってるよ」
ぶっきらぼうに言って、やっとアートはこっちを見てくれた。
良かった。ほんとに機嫌が悪かったわけじゃないんだ。
 気を取り直して話題を戻す。
「じゃあね、誰かを逆に人質にするっていうのはどう? アートのパパとか」
「ここにいる連中全員に父親だってバレちまったんだから、無理だろ。父親を本気で撃てるわけないって思われるだろうよ」
「そうか。じゃぁー………………………………カーキとかは」
「カーキぃ?」
「うん。今、サブマシンガン持ってる奴」
どこかに隠していたんだろう。カーキは今はサブマシンガンを持っていた。
銃をなくしたことには、気づいていないんだろうか。
「あいつ?」
「そう。お互いのこと、色の名前で呼び合ってるみたい。横にいるのがブルーでね」
「ふーん。レッドって奴はいないのか?」
「あ、それがね、カーキがレッドだったんだよ。でも僕の名前がレッドだから、ややこしいからってカーキになったんだ。ブルーがレインボウにしようとか言い出したら、カーキがすごい嫌がって」
思い出すと笑えてしまう。
でも、思い出し笑いをしながら話す僕を、アートは呆れた目で見ていた。
「オマエ、あいつらとそんな話して和んでたのか?」
「違っ…」
「俺がオマエを心配してたってのに、よぉ」
あ、すねてる。
またアートがちょっと可愛く見えた。


僕達が話し合いをしながら、実際は無駄話で時間を潰している間に、犯人達の話し合いは終わってしまったようだ。
アートのパパは、無言で近づいて来る。僕らは慌てて銃を隠した。僕の懐に。
アートのパパは目の前まで来ると、アートの手を取り無理やり立たせた。
 え? どうして?
そのまま、アートを引きずって行ってしまう。
「アートぉっ!」
「しっ! いいから、おとなしくしてろよ!」
 言い返してきたアートのその目が、僕に、
『むやみに銃を使うな』 と言っていた。

そして、親子は扉の向こうへ消えてしまう。
すぐに二人は戻ってきたけど、その時、アートは犯人達と同じように目出し帽をかぶっていた。
アートを仲間に引き込むつもり?
アートはこちらを見ようともしない。
何か考えがあってのことなんだろうけど、なんだか僕はすごく寂しさを感じていた。
……この、懐の銃も、どうしよう。
せっかく勇気を出して取ったのに。
しょんぼりしていると、

だだだだだだ!

激しい銃声が響いた。
思わず何人かの客が悲鳴をあげる。
どうやら犯人はもうこの飛行機を飛ばす気はないようで、カーキが機関銃で天井を穴だらけにしてしまったのだ。
「さて! オマエらは人質だ。ただし人数は多いからな、抵抗すれば片っ端から容赦なく殺すぞ」
カーキはさっきまで一緒にいた僕も聞いたこともないドスのきいた声で言った。
やろうと思えば、ちゃんと犯人らしく出来るじゃないか。
……なんて思ったら、失礼だろうか。
あーあ、僕、どうしよう。
がっくりしてアート達から目を離し、足元を向く。
窓の外に、何か見えた気がした。
すっと横切る影が。
「あれ?」
ちゃんと見てみると、何も見えない。
気のせい? でも人のような影が、確かに見えた…はず……。
「かわいこちゃん」
よそ見をしている間に、目の前にカーキが立っていて、そう呼ばれた。
かわいこちゃんって……すごく屈辱的な呼び方だ。
「名前知ってるんだから、ちゃんと名前で呼んでよ!」
「おうおう、強気で可愛いねぇ」
「な、なにをぉぉ」
アートが身振り手振りで、やめろと言っている姿がちらりと目に入った。いらない抵抗をするなってことだろう。
カーキだってわざと僕を煽るように言っているんだ。
睨んでも、にやにやと笑っているし。
そういえば、他の奴は顔を隠してるのに、カーキは帽子だけだ。
「お嬢さんにはまた人質になってもらおうか。外の連中に、犯行声明ってやつを告げに行くんでね」
二の腕を掴まれ、ぐいっと力ずくで立たされた。
僕は自分の体が小さいことは自覚しているよ。軽々と持ち上げられてしまうのは仕方がなかった。
でも、やっぱり僕の注意が足りなかった。



ぽろりと、懐から銃が落ちた。
がちゃん、と落ちた銃に、僕とカーキの目線が集まる。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙。
僕はおそるおそる、カーキを見上げた。
 その瞬間。
ごつっ!
鈍い音がして、僕は狭い廊下でふっとび、客席に激突した。
投げ飛ばされた…。
そう理解したのは、床にずるりと倒れて、しばらくしてからだった。
い、痛い。
背中とか腕とかが痛い。
動けない僕のもとへ、カーキはゆっくり近づいてくる。
「クソガキ」
言い放つと、僕の襟を掴んで無理やり立たせた。
「あいたた」
「傷はつけないように丁重に扱ってやったんだがな。このガキ」
「おいおい、早速ひとり殺すのか?」
少し呆れた声音でブルーが言ったけど、カーキを抑制する気はないようだった。
腹に機関銃の先端がめりこむ。
こんなもので撃たれたら……。

……撃たれたら?
死体も残らないのかな?

「おい待てよ!」
鋭い制止の声が入った。
アートだ。
僕はすがる気持ちでアートを見た。
「俺の知り合いだ。許してやってくれ」
「じゃぁ尚更、殺しておかないといけないな」
カーキの言い分に、アートがはっと目を見開く。
そうか、犯人の素性を知ってしまっている僕の口は封じなければいけないんだ。
「こいつはオマエと、オマエの父親の素性を知ってんだろうが。どっちみち生かしておいてもなぁ…」
うわぁ、殺されるんだ……。
妙に感慨深い。
でも、感慨深いとか関係なしに殺されるのは嫌だ。
「た、助けてっ」
宙吊りにされたまま僕は暴れ出す。
するとカーキの気がゆるんでいたようで、あっさりと手が外れた。
「待ちやがれっ」
床を這って逃げ出そうとする僕を追うカーキの声。
僕は、さっき銃を落とした方へ向かっていた。
そして、カーキの注意が僕に向いている間に、アートが走り出した。そのままカーキのタックルする。
二人、同時に通路に倒れこんだ。
ただし僕もあおりをくらって、
「うわっ」
足が二人の体の下にまき込まれながら、べちゃっと床にへばりつく。
でも、なんとか手は届いていた。
さっき僕が落とした銃に。
カーキは怒って僕を投げ飛ばした後、その銃を拾っていなかったのだ。僕に構ってる間に、他の客が拾っていたかも知れないというのに。
「こ、このぉ…」
狭い通路でもみくちゃになってて、カーキは機関銃をきちんと構えられない。
その頭に、僕は銃口をごんっと押し付けてやった。


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