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短編集
少年、愛。
ニュースでは、6歳の少年に卑猥なことをした男が逮捕されたとアナウンサーが無表情で話していた。
パンを噛りながらその話を聞いている藤野智彦はどうしようもない嫌悪感が沸いてくるのを止められない。
彼は、俗に言うショタコンを憎んでいた。
彼自身、子供は分け隔てなく好きだ。特に少年が好きなのだ。
しかし、相手は子供である。
あんなに純真なものを汚すなんて、とんでもないゲスだ。
彼の内には、それもまたショタコンと呼ぶに相応しいであろう、激しい少年愛があった。それ故に、少年に汚れた欲望を抱く者達が許せない。
パンを食べ終わり、牛乳を飲み干すと、智彦の朝食は終わった。これからアルバイトである。
彼は25歳。フリーターで、火曜〜土曜に近所の本屋で働いていた。
趣味は事件の記事のスクラップ。やはり、主に少年が被害者となっている事件の記事を集めている。
彼にとっては無意識の趣味であった。そういった記事を読むとつい、保存して記憶にとどめたくなってしまう。
それは彼自身もまた少年に対して欲望を抱いてしまいそうになる衝動を制止するための行動でもあった。


青木山書店。智彦が働く、そこそこ広い本屋であった。この駅前では一番広い本屋である。そうは言っても田舎の駅で、他の本屋はといえば、踏切の反対側に一軒のみだった。
「藤野くん、おはよう」
「おはようございます」
真っ先に声をかけてきたのは、副店長の片桐だった。今年、31歳。彼は実質、アルバイトのまとめ役である。指示や相談など、アルバイトが接するのは副店長であった。
控え室に入り、智彦は自分のロッカーに荷物を入れ、ハンガーにぶらさがったエプロンを取る。それを身につけるだけで着替えは完了。
煙草を吸っていた片桐も、それを灰皿に押し付け立ち上がった。智彦と共に店の方へ出ながら、
「藤野くん、うちに入社しないの?」
「えっ、しませんよ」
「そうなんだ? でもけっこう長いでしょ。3…4年?」
「いえ、3年ですね」
言いながらレジに入ろうとすると、様子を窺っていたのか、ランドセルを背負った子供がよたよたと歩いてきた。背中のランドセルがまだまだ重そうだ。小学校1年か2年であろう。
「あの」
黒いランドセルで、甲高いボーイソプラノ。
智彦も、6歳の息子を持つ片桐も、顔が緩んだ。
「どうしたの?」
智彦が中腰になり、目線を合わせた。
「あ、あの、さんすうのドリルっ、どこですかっ?」
彼はひどく緊張して、一生懸命に喋っていたが語尾がはねあがっている。
「案内してあげよう。こっちですよ」
智彦は腰を伸ばすと、笑顔で少年の手を取った。少年はおとなしくついてくる。
奥まったところに、参考書や辞書が並ぶ棚があり、そこまでつれて行った。
少年の胸には小学校の校章入りの名札がある。
1ねん1くみ あいかわじゅん
そう書かれていたので、
「ここが1年生のコーナーだよ。算数のドリルは、これとこれとこれとこれ。どれ
がいいかな?」
と、わざわざドリルを取ってやる。
少年はそれらをぱっと見て、青い表紙のものをすぐに指さした。子供はインスピレーションですぐに決めてしまうことが多い。
「これっ」
「はい。じゃあ、これね」
手渡すと、嬉しそうにレジの方へと駆けて行った。
半ズボンから見える脚は、白く、柔らかそうだ。細いので靴がちょっと大きく見えるのもいい。
その後ろ姿に見入っていた智彦は、少年が見えなくなるとはっとなって棚の方を向いた。
何を考えているんだろう、自分は。
罪悪感に苛まれながら、少年が選ばなかったドリルを元に戻す。
これは、そう、欲望なんかではない。
そう自分に言い聞かせる。
可愛いものに見入っていただけなんだから。決して劣情を抱いてはいない…。
苦い顔をして、しきりに自分に言い聞かせた。


それから、本屋にたびたびやってくるあいかわじゅんくんを、智彦は目で追うようになった。本が好きらしく、よくやって来ては、絵本や児童書の棚の前に1時間ばかり立っている。まだ子供だ。買う金はほとんどないだろう。立ち読みは歓迎しないが、智彦は彼ならば黙認して……いや、むしろ喜んでその後ろ姿を見守っている。
そんな自分に気づくたびに、智彦は己を嫌悪した。
その、ほっそりとした、小さな後ろ姿の、柔らかそうな肌にみとれ、産毛のような髪の毛に顔をうずめたいと、妄想してしまっている自分に、気づくと。
自分がいつ、彼に対して不埒な行動を起こすかわからない。
そう恐れていることが、すでに、あいかわじゅんくんへの愛がただの父性愛ではないことになるのだが。
「あの子、よく来るねぇ」
手を止めて、あいかわじゅん君の後頭部を見つめていた智彦は、不意に声をかけられ不審なほどびくりと振り向いた。声をかけた片桐が驚いた顔をしている。
「な、なに、僕なにか悪いこと言ったかな」
「い、いいえ…すいません、ぼーっとしてたもので。あの子……あいかわ君、ですよね。よく来ますよね」
「うん。可愛いよね」
「はぁ、可愛いですよね」
片桐に同意を求められた時、智彦は胸が痛んだ。
片桐があいかわじゅん君を見る目と、自分があいかわじゅん君を見る目は、違う。そう思ったからだった。
彼に対する欲望は抑え切れない。
毎日のように、彼のことを考えてしまう。
彼の、服の下を、ふんわりと脂肪のついた柔らかな肌の感触や、まだ小さなおちんちんのことを考えてしまう。
智彦は曖昧に笑って、片桐に同意してみせた。

あいかわじゅん君はどうやら鍵っ子らしい。たびたび立ち読みをしているし、子供にしては遅い時間まで店にいる。
ある日、彼は店の閉店まで立ち読みしていた。本に夢中になり過ぎていたらしい。
閉店時間、夜8時。
智彦は客が帰るまでレジで待ってた。だが、人がほとんどいなくなった店内の一角、児童書の棚の前からあいかわじゅん君が動く様子がない。
智彦は彼の横へそっと近寄ると、肩を叩いた。
「じゅん君」
「…っっ」
ぱっと振り返った、見開かれた目。あどけないその表情に、心が揺らされた。
「じゅん君、もうお店閉まっちゃうよ。もう8時だし、そろそろおうちに帰ろうか」
「う、うん」
店によく来るので、たびたび言葉を交わすようになっている智彦に対して、あいかわじゅん君は警戒心を抱いていないようだ。
こっくりとうなずくと、本を棚に戻した。
智彦は彼の手をひいて、出入り口まで一緒に歩く。
その様子をレジ締めの作業をしながら、片桐がほほえんで見ていた。
彼を店の外で見送った後、智彦が戻ると、片桐が言う。
「あの子、心配でしょ? 送ってあげたら?」
「えっ?」
智彦は、必要以上に驚いた。
自分があの子に対して抱いている、特別な汚れた思いを、片桐に見透かされていると思ったからだ。
だが片桐が気づいているはずもなかった。
「あんな小さい子、こんな時間に歩かせるのやっぱり心配だよね。俺の子もあのくらいだからさぁ、つい心配でね。送ってあげてくれない?」
「あ…はい、じゃ、すぐ戻りますからっ」
確かに、あいかわじゅん君を一人にするのは心配だった。この辺りは夜6時も過ぎると、出歩く人もほとんどないうえ、外灯も少ない。
智彦は急いで、外に走り出た。
あいかわじゅん君がどこの家の子かはわからないが、どちらの方向へ帰っていくのかはわかっている。そちらに向かって、走り出した。
住宅街を少し行くと、二区画分程の大きな公演がある。智彦がその公園の前まで来た時、どこからか子供の声がした気がした。
ただ声がしただけではない。せっぱ詰まった、悲鳴に近い声だったのだ。
ただでさえ心配で走ってきた智彦は神経が過敏になっている。その声に反応せずにはいられなかった。
すぐに声のした方を振り向く。公園の中のようだ。
足音高く智彦は公園に入っていった。
そしてまた、子供の声。泣き声のようだ。
智彦の背中を、こめかみを、汗が伝う。
「じゅん君!?」
耐えられず智彦は叫んだ。
声のした辺りを智彦は歩きまわる。
ふと彼の目に、公衆トイレが映った。
いやな予感は増すばかりだ。
「じゅん君! じゅんくーん!」
叫びながら智彦がトイレに駆け込もうとした瞬間に、そこから大人の影が飛び出した。駆け寄る智彦とは反対方向へ走って行く。智彦は思わず去る影を追った。
だが、二、三歩も行ったところで引き返した。
まだあいかわじゅん君は見つかっていないのだ。
急いでトイレに駆け込む。
一見して人はいなかったが、奥から子供のひそやかな泣き声がしていた。個室だ。
智彦は荒い足音をたてて個室前に立った。のぞきこんだ智彦を、泣き顔のあいかわじゅん君が見上げる。
目が合った。智彦はほっとする前に、彼のその姿に目を奪われ顔を強ばらせた。
あいかわじゅん君は半ズボンを脱がされていた。それだけではなく、下着もはいていない。それらは、床にぺったりとお尻をつけて座り込む彼の横に放り出されていた。
シャツの裾がかろうじて、秘所を隠している。脚のつけ根こそ見えないが、半ズボンですら隠していたぎりぎりの太股があらわになっていた。
智彦は、瞬間、唾を飲み込む。
真っ白な脚をさらして、あいかわじゅん君が泣いている……!
「お、お兄さん」
泣き声で彼が呼んだ。立ち上がろうとしたのか、片膝を立てる。
彼の脚に釘付けになってた智彦は、無論、見た。
真っ白な肌の延長に、小さなふくらみ。
わずかに濡れたそれは、先ほど逃げた男にでも吸われたからか……。


智彦の咽が、再びごくりと鳴った。




**終**



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