[携帯モード] [URL送信]

短編集
雨の唄 2
うっかり下の名前で呼んでしまわないように、いつも気を遣う。
「ん…もう、お願い」
亘は求めに応じて岬のアナルに触れた。なめて濡らした指で押し広げて慣らす。
「あ、あ…んっ!」
ぐいぐいと2本の指が押し入ってきて、中でばらばらに動いた。
そうされながら岬も亘のペニスを握って、撫でさすっている。亘も興奮しているのがよくわかる。
まだ明るい時間、日が差し込む部屋で、両足を大きく広げた岬の姿は淫猥だった。

やがて、赤く潤んだ秘孔に亘が入ってくる。
先端がめりこんだだけで、これからやってくる快感を思うと岬は精液をだらだらとこぼした。
ぐぐ、と押し入ってきたものが、岬の内部を刺激する。
「あっ、あ……!」
亘はすぐに腰を引いた。そして再び、ずるっと押し込んでくる。
そろそろ、2時だ…。
岬は頭のどこかでそんなことを考えていた。
家の鍵は閉めていない。静貴には、インターホンは鳴らさず勝手に部屋に入って来いとメールで伝えてある。
こうして、亘に抱かれてあえいでいる姿を見て、諦めてくれるだろう。
そんなことを想像していると、亘が激しい注挿を始め、玄関の扉の開閉音にな
どかまっていられなくなった。
苦しいほど強く中を出入りしていく。
「ふあっ…あ、あんっ! 山崎さんっ! いい…いいっ、あぁあっ」
ぐちゅぐちゅと卑猥な音をたて、責めたてられて泣いた。
足を亘の腰に絡ませ、さらに深い侵入を求める。
「ぅあっ…いいよ、ぉ…」
揺さぶられ、必死に亘の背にしがみついて。
耳をかりっと噛まれて、とうとう、岬はひときわ激しく震えて、イった。
びくびくと震えているのに、まだ亘が奥を突いてくる。
「や、ぁん…」
首を左右に振って快感に悶えた。
亘が強く、中に打ち込んでくる。
「あ! あぁっ…」
亘が、中ではじけた。
コンドームをしているので中には流れ込んでこない。
コンドームなんか、外して欲しい……。
岬はそう思いながら、目を閉じた。

自分で思うより疲れていたのかも知れない。
一度きりでかなりの脱力感に襲われた岬を亘も続けて抱こうとはしなかった。
自分だけ起き上がり、シャワーを浴びに行ってしまう。
静貴は来たんだろうか。
当然来ていただろうが気づかなかった。情事の邪魔をされないように携帯電話の電源は切ってある。
いつ来て、いつ出ていったのかわからないにしても、どっちでもいい。
これで諦めてくれただろうから。
10分程でシャワーを浴びて亘は戻ってきた。
まだベッドに横になっている岬を見つけると、眉をひそめて近づいてくる。
「起きられるか?」
「あ……ええ、大丈夫です」
腕をついて上半身を起き上がらせる。すると亘が背中を支えて起こしてくれた。
「疲れているなら無茶をするな」
「疲れている時の方が…無茶苦茶にしてほしい気になりますから」
「そうなのか」
ストレスが溜まると抱かれたくなる、という嘘を、まだ信じているのだろうか?
心配してくれる亘をそっと上目遣いに見た。すると視線に気づいて目を合わせてくれる。
「お前は、」
「なんです?」
「終わった後はいつも、しばらく色っぽい顔をしているが……そんな顔で帰宅途中に襲われることはないのか?」
「え?」
亘にそんなことを……色っぽいなどということを言われたのは初めてだった。
驚いて聞き返すと、亘も変なことを言っている自分に気づいたのだろう。
「いや…そうだよな、普通は男が襲われる心配なんてしないよな。お前を抱くようになってから、俺の価値観も変わったようだ」
くすっと笑みをもらすと、亘は気まずい顔をした。


ことが終われば、亘は帰る。
今日はたった1時間程で帰っていった。疲れた風の岬を心配して、ということもあるのだろう。
優しい人だから。
愛しい人が帰ってしまった後は、何をする気にもなれず、再びベッドに横たわった。
携帯電話の電源を入れてメールをチェックしてみるが、静貴からは来ていなかった。
だが、月曜には静貴からメールが入った。
『今日会えませんか』
会えない、とだけ返す。


 ところが、静貴のメールにはそっけなく返したのだが、ランチの時に亘からメールが入った。
『今日、残れるか』 
 とのメールだ。
 ベンチャー企業で若い者ばかりが集まった小さな会社だ残業は毎日である。
 残業手当もほとんど出ないに等しい。
 だが、それなのに改めて部長から「残れるか」と聞かれたということは、通常業務以外のことがあるのだろう。
 岬は急いでランチを済ませると会社に戻った。
 しかし、亘は不在だった。午後から外出の予定だったらしい。
 戻る予定はないか、社に残ってランチをしていた人間に尋ねると、遅くなるらしいとのことだった。


 就業時間を過ぎ、数名が帰宅した。
 帰ることが出来るのはほとんど仕事を受け持っていない者だけだ。
 プランナーチーム全体の仕事を把握していなければならない岬には、残業してもしても終わらない量の仕事がある。
 その日も、フロアで一番遅くまで残っていた。
 亘が残れるかと言って来たということは、どんなに遅くなっても社に戻って来るとわかっていたから、例えば仕事が終わったとしても帰るつもりはなかった。
 タクシーで帰っても一万円しない距離に住んでいるので、終電の心配もない。


 午後11時になろうかという頃。
 携帯電話が鳴った。
「はい」
 電話をかけてきた相手を確かめもせずに出てしまったことを後悔した。
「赤羽さん、今日も帰りは遅いんですか?」
 陽気な声で問い掛けてきたのは静貴だ。
「俺、今仕事あがったんですけど」
「会えないって言ってるだろう」
「赤羽さん家行ってもいいですか? 夕飯作りますよ」
「悪いけど、俺、あんまりお前と会いたくないんだが」
「どうして?」
 平然と尋ねる静貴の神経を疑ってしまう。
 どうして、だって? 本当に俺のことが好きなら、会いづらいものじゃないのか?
 大きな疑問を抱きながら、相手に聞こえるように溜め息をついた。
「疲れてるんで、お前のことを考えてられないんだ…」
「それは、山崎部長のことを考えてるからじゃないんですか?」
「……お前」
「俺、昨日赤羽さん家に行きました。わざと山崎さんとあんなことしてたんでしょ? 俺に見せてどうするつもりだったんですか」
「俺のことなんか、諦めて欲しかっ……」

 がちゃ、と背後で扉が開く音がした。

 人に聞かれては困る会話だから、思わず言葉を途切れさせて振り返る。
 亘が入って来るところだった。目が合い、岬が携帯を片手にしているところを見て、何も言わずにデスクに着く。
「悪いが、会えない。じゃあな」
 静貴がどうのこうの言うのを一切聞かず、岬は一方的に電話を切った。
 ふっと小さく息をついて、亘の方へ向かう。
「お帰りなさい。それで、僕に何か話が?」
「ああ」
 そう答えて、亘は口をつぐんだ。
 言いづらいことを言われるのだ、と予感する。
 だが、まさか予想もしなかった。

「赤羽、お前との個人的な関係はもうやめよう」

 そんなことを言われるとは、全く考えていなかった。
 まだしばらくは、亘とはそういう関係を続けていられると思っていたのだ。
 脅しの材料にしている亘の家族の顔が脳裏に浮かぶ。
 脅しは効果がなくなったのか? 離婚?
 混乱している岬に気づいたのか、亘は失笑した。
「赤羽のことを心配しているんだ。やっぱり病院に行った方がいい。赤羽の体の為にも、良くないだろう……あんなことを続けて」
「……」
 亘は純粋に、岬が病気だと思い込んでいることに気づいた。
 病気で男に抱かれたがるのか? そういう性癖を持っていなければ、男に抱かれたいと考えるわけがないだろう。
 とことん彼はノーマルな男なのだ。

「嫌です」
「……何?」
「終わらせるつもりはありません。病院に行く必要もない」
「しかし、赤羽…」
「抱かれたいと思うのは、あなたを好きだからだ。病気じゃない! ストレスが溜まるのも、あなたを好きだからだ!…それともこの気持ちも病気だと言うんですか」


 耐えられなかった。とうとう言ってしまった。

 言うつもりはなかったのに、言葉があふれてしまったのだ。

 亘は黙って岬の顔を見つめていた。両目は見開かれて、驚きのあまり次の句が継げないようだ。
 岬は俯いた。しかし、床を見つめているのには耐えられなくて、再び亘に目線を合わせる。

「あなたが好きなんです…」

 消え入りそうな声で再び告げた。
 心臓が異常な速さと強さで脈打っている。
 亘よりも自分の方が混乱している、と自覚していた。
 思わず言ってしまったが、どうなるのかわからない。
 告白することなど予想もしていなかった。どんな答えを返されるのか、わからないし、これから先自分が何をしたいのかもわからない。
 戸惑う表情で必死に目を凝らしている岬に、亘は言う。
「……本当なのか」
「ほ、んとう、です」
「そうか…」
 深い溜め息。
 そこに、仕事で機嫌を損ねたときと同じものを感じ取って、岬は唇を噛んだ。
「悪いが…」
 亘は机に肘をついて、顔を手で覆った。

「悪いが……理解できない」

 きっぱりと、そう告げられた。






 岬はどのようにして部屋を飛び出したのかわからない。
 書類を放り出してきたような気もするが、もう、今の彼にとっては些細なことだった。
 自分の鞄を持っていたことが奇跡なくらいだ。

 会社を飛び出すと強い雨が降っていた。
 よろよろとその中へ走り出して、しばらく行って立ち止まる。
 雨が降っているのは、自分の気持ちの現れだと思えた。
 この強く降る冷たい雨が、今の心そのものだ。

 呼吸が出来なかった。
 地面に膝をつき、深夜のオフィス街、知らないビルの壁にもたれてうずくまった。

「あ゛……」

 なんとか、息を吐き出す。蛙が潰れたような声が漏れた。
 亘のことを愛していた。
 脅したとは言え、頼んだら抱いてくれたくらいだから、決して男に対して嫌悪感を抱いているわけではないのだと、勝手に思い込んでいた。
 それに、抱く腕はいつも情熱的で…。

『理解できない』

 彼の言葉が耳の中で響き続けている。

『仕事の面では評価する。だが、そういう性癖に関しては嫌悪感しか抱けない。赤羽がそういうつもりだったのなら…今までの一年間の関係も、無かったことにする』


 亘は、それ以降、岬の顔を見なかった。
 岬がこれ以上は脅迫してこないことは見抜かれたのだろう。
 全て、個人的な関係は清算すると言われたのだ。
 恐らく関係の修繕は期待できない。亘の表情には本当に嫌悪感しか無かった。
ずっと彼の下で働いてきたからわかる。

「山崎さん……亘さん……」
 本人の前では呼ぶことのかなわない名前を舌に乗せれば、一気に涙が溢れてきた。
 雨が、頭を冷やしてくれる。
 まだ寒い時期なのに、岬は寒気を覚えることも出来ない。




「赤羽さん…?」
 一人、絶望に浸っていた岬にとっては、拍子抜けするほど明るい声。
「何してるんですか?」
 ぱしゃぱしゃと水を踏む足音が間近まで近づいてきた。顔を見なくたって声だけでわかる。
 静貴は鞄を傘代わりに頭の上に掲げ持って、年甲斐もなく地べたに座り込んでいる岬を見下ろした。と、自分もすとんとその場にしゃがむ。
 冷え切った手が岬の肩に回された。それでも岬よりは体温が高い。
「風邪ひきますよ?」
 肩に温かみを感じたことで、やっと岬は顔を上げた。
「赤羽さん、泣いてるんですか…?」
「……静貴」
 雨でぺったりと額にはりついた前髪からのぞく両の瞳が、あまりに暗かったからだろうか。
 再び地面に目を落とし、黙って泣いている岬に、静貴は何も強制はしなかった。
 泣きやませることも、立たせてどこかに入ることも。
 ただ岬の肩に手を置いて、じっとそこに居た。


 亘さん…、と何度か声にならない声で呟いたのを、彼は聞いていただろうか…
…。








 **終**



[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!