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短編集
あなたの卒業式に
 なんで俺、こんな事になっちゃってんだろう…。

 自分で自分を嘲笑う。
「なに笑ってんだよ?」
 俺の上の奴が聞いてきたから答えた。
「自分のこと嘲笑ってたの」
「自嘲って言うんだろ」
「ジチョウって何?」
「……」
 呆れた目で見られた。
 相手に言われる前に自分で言う。
「どうせバカだよ」
 するとそいつは苦笑した。


「う…んっ」
 キシキシ言ってるベッドが耳障りだ。俺の腰を抱えて懸命に腰振ってる奴の荒い息遣いも。
 そして、腰をよじって甘い声を上げちゃってる自分も。
「里…っ」
 男がうめいて、俺の中に出した。腰が砕けそうなほど強く抱かれて、どさりと体重をかけてくる、男……一つ年上の先輩、二本松 透機(とおき)。
 四つん這いだった俺は、先輩の体重で体勢を崩してしまった。
「里…こっち向いて」
「無茶言うな」
 自分で強く抱きしめてるくせに、ムリを言う。
 先輩はキスがしたいんだ。
「里、あのな、さっき言ってた自嘲っての、漢字でこう書くんだ」
 少し先輩の体が離れ、背中にすすっと指が滑った。
 汗ばんだ背。先輩の指。
 ジチョウという字が描かれていく。
「…??」
「わかった?」
「わかんない」
「里はバカだなぁ。自ら嘲るって書くんだよ」
「アザケルってどういう字?」
「……」
「黙るなよっ」
 どうせ…
「「どうせバカだよ」」
 先輩と俺の声が重なった。
「ははっ、里の名ゼリフじゃん」
 笑った先輩に悪気はないんだろうけど…
 けど…けど…
「ムカつく」
「何? 怒った?」
「怒ってねーよ」
 そんな小さなことで怒るなんて器が小さいって自分でわかってるから俺は否定した。
 でも先輩にはそんな俺の心理さえお見通しなんだろう。

 俺は元木 箕里(みさと)。
 二本松先輩は生徒会長で、俺より一つ年上で、二つ上の学年だった。つまり、俺は留年。今ではクラスメイトに敬語を使われてしまう立場。
 高校一年で半家出状態でふらふら遊んでたら体壊して、治ってからもヤケになってまた家を出た。
 俺のこと、見てくれる奴がいるとか、いないとか。
 そんなことはどうでもよくて。
 仲間は皆そうだった。友達の友達がヤクで警察に引っ張って行かれたとか、知り合いの店がガサ入れにあったとか、そういう話を平気でするような仲間だけど。
 自分だけが大事。でも自分も嫌い。
 本当はこんなふうに、バカなことやってる自分が一番嫌い。
 でも先輩が俺に気付いてくれて、本当はとても嬉しかったんだ。
「君、去年も一年の教室にいたよね?」
 校舎の三階、一年のテリトリー。新入生の各クラスにプリントを配ってた先輩が、俺に気付いてそう声をかけてくれた。
 その瞬間に一年坊主達に俺が留年だってバレちまったけど。
 俺も先輩を覚えていた。一年の時から生徒会役員を務めていた先輩に、入学した時に俺は会っていた。
 凛々しくて、一つ年上なだけとは思えない先輩だなって思ったくらいだけど、俺が人の顔を覚えていたのは奇跡的なことなんだ。

 でも。
 この男は、俺が思っていたような人間じゃなかった。
 コーヒー入れる、とか言って部屋を出て、一人だけ風呂に入って1時間も経ってから戻って来るような奴だし。
「待たせたな」
 とか言って、全然悪いと思ってない顔。
「遅ぇよ。寝そうだった」
「寝てれば良かったのに」
 テレビにリモコンを向けながら、俺の方なんか見ずに言いやがった。
 しかもコーヒーを忘れてくるし。
 イライラする。
よそ見をしているうちに俺は自分の服に手を伸ばす。と、ちゃんと気付いてその手は捕らえられた。
「僕の部屋は禁煙」
「わかってるよっ! 服着るだけ!」
 ……本当は、煙草を吸うつもりだった。制服のポケットにちゃんと入ってるんだ。
「なぁ、あんた受験勉強とかしなくていいのか?」
 もう10月だ。
 受験生なら追い込みの時期だろう。しかもこいつは生徒会長様だから、当然大学には行くんだろうし。
 かと言って、いい大学に推薦で入れるほど、うちの学校のランクは高くないのだ。
「勉強はやってるよ。お前といる時はやらないだけ」
 ちゃんと勉強机の上には参考書が出しっぱなしになってる。
 ……ちゃんと出しっぱなしって、どういう日本語だ。
「僕が心配か?」
「…なわけ、ねぇって」
 服を着ると、俺は帰ると言い出した。
 焦って先輩が引き止めるのを期待してたのに、
「あっそう。気をつけてな」
 ……こっち見て言えよ!
「…おぅ。じゃな」
 何も抗議できずに先輩ん家を出た。

 ねぇ、俺がさぁ……
 俺があんたのことを好きかも知れないって、思わないのか?
 あんたにとって俺は遊び相手なんだろうけど…さ。

 時間が経つにつれて、俺は怖くなっていた。
 別れる時が来ることが。
 別れようって言われることが。
 いや、そもそもあいつには俺と付き合ってるっていう自覚はないかも知れない。
 別れようなんて言わずに、自然と俺たち離れちゃったりするんだろう。
 辛いことは先延ばしにしたくて、俺も何も言わなかった。


 3月。卒業式。
 俺は式をサボって家でふてくされていた。式の予行練習だって全部サボってきた。
 卒業生答辞はもちろん二本松先輩だろう。
「関係ないって。あんな奴…」
 遊びに行く気力もない。
 部屋でひたすら、煙草をふかす。
でも夕方になって、やっと俺の携帯が鳴った。

「ばか!」
 私服に着替えた先輩は、俺の家の前に立っていた。
「卒業式をサボるなって言っただろう!」
「なんで俺が出なきゃいけねんだよ。今年は出席日数足りてんだからいいだろ」
「そうじゃなくて…」
 先輩は溜め息をついた。
「ま、いいや。寒いから入れてくれ」
 言いながらもう玄関の扉に手をかけようとしている。
 俺は体でその手を遮った。
「だめ」
「あん?」
 目が一気に冷え切った。
「なんだよ? 入れたくないってのか? 男でも連れ込んでんのか?」
「違ぇよっ」
 なんでそういう勘違いをするかな…。
「あんたとはもうお別れだろ。部屋にあげてやる義理はない」
「は?」
「は?じゃねぇっ!」
「誰が別れるなんて決めたんだよ」
 また、深い溜め息。
 なんだ、一応、別れるって決めたわけじゃなかったんだ。
 でも今日は俺にさよならを言いに来たに決まってる。
 言われる前にフってやるんだ。
「卒業だから…」
「卒業だから別れるのか。お前、なんで俺と付き合ってるんだ?」
「は?」
 俺のセリフを言われて戸惑う。
 困惑顔なのは先輩も同じだった。
「いや、そもそもバカなお前のことだから、俺と付き合ってるっていう自覚もないのか?」
 今度こそ、ぽかんと口を開けてしまう。
 苦々しい顔のまま先輩は俺を見下ろす。
「俺とのことなんか遊びか? え?」
「……違うよ」
 やっと声が絞り出せた。

 先輩が、そんなふうに俺を問い詰めることが、嬉しかった。

 嬉しかった。

「違うよ……先輩」
「何、呆然としてんだお前?」
「どうせバカだよ」
 怪訝そうな先輩と、とりあえず家に入った。
 俺の家はほとんど親はいないんだ。
 部屋に入るなり、
「うっ」
 と顔をしかめる先輩。
 ……あ、そっか、煙草……。
「窓開けろコラ!」
 怒鳴られてばたばたと窓を開ける。
「うわっ、さみっ!」
「ほら来いよ」
 後ろから抱きつかれた。
「う…わっ」
 二人で一緒にベッドに転がる。
 ひゅぅっと風が通り過ぎていくけど、二人ともドキドキしていた。俺は先輩の中にいるから寒くないし。
「別れる気だったのか? お前」
 耳元で先輩が囁いた。
 ぞくっと背中に鳥肌。寒いんじゃなくて、こんな男っぽい声音をこいつはたまにしか聞かせないからだ。
「先輩は、別れる気なんじゃないかと思って」
「一人で別れるって決めたのか。僕の言葉なんて聞かないで」
「……」
 先輩と、同じ言葉をぶつけてやりたい。
 あんたは俺とのこと、遊びなんじゃないのか?って。
 付き合ってる自覚あんの?って。
 でもそんなの、みっともなくて、俺には聞けない。
 結局黙るしかない俺を先輩は強く抱きしめたままだった。
「僕がお前のこと不安にさせた部分もあるのかもな」
 その通りだよ。
「僕はどうしたらいいかわからなかった。だってお前、付き合ってたっていつも
飄々としてるんだもんな。エッチしてる時でさえな」
「確かに、エッチの時はあんたのが燃えてる…」
「当たり前だろ。好きなんだから」
 ……え。
 あまりにもアッサリ言われてしまった。
 俺がずっと黙って大事に胸の奥に抱え込んでた気持ち。
「お前に知られるのイヤだったんだよ。お前に夢中になってるって。お前、そんなこと知ったら前より僕のこと振り回すだろうからさ」
「振り回してない…」
 俺の方が振り回されていたのに。
「振り回してたの。お前は。自覚もなく」
 軽く耳に唇が触れた。
 俺の耳、すごく熱い…。
「それとも、僕が勝手に振り回されてたのか…な?」
「先輩…?」
「お前はいつも僕に気持ちが向いてなくて、僕もクールなふりするしかなかったんだよ。エッチの時も可愛げないし。僕がお前のこと『好きだ好きだ』って考えながらヤってても、お前は全然別のこと考えるだろ。見てりゃわかる」
「う。」
 当たっている。
「しかも僕の卒業を境に別れる気でいたなんて…聞いてない」
「…………う、うん」
 俺も何か言わなくちゃいけない。
 でも言葉がなかなか出てこない。
「えっと…俺…、やっぱバカかも」

 結局、そんなセリフ。

「うん。バカだな」
「……うん。好きなのは俺だけだと思ってた。先輩に好かれてるなんて…ぜんっぜん考えてなくて。先輩、冷てーし」
「ごめんね」
「えっと…だから…いつ別れようって言われるか考えて不安でさ」
 俺にしがみつくように強く抱きしめてる先輩を、突き放した。
 体を離して、ちゃんと顔を見る。
「好きだから」
「こんなに好きになったの初めて」
「俺も!」

「僕達、バカだよな」
 先輩が言って、笑った。
 俺も笑ったけど、嘲笑いじゃなかった。
 ただ純粋に、笑いが込み上げたから笑ったんだ。


「俺と先輩、いつまで一緒にいられるんかな?」

「おい…お前はそんなことばっかり考えてるのか」

「だってさぁ…」

「僕も不安。だから、ずっと一緒にいればいいんだよ」

 あ、そっか。



***終わり***



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