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短編集
陶磁器に似せた殻 1
俺は一ヶ月も前から、自殺の準備を進めてきた。
だって、或る日いきなり俺が死んだら、周りの人は、
「自分が昨日あんなこと言ったせい!?」
とか少なからず考えるんじゃないかな。
でも、一ヶ月も前の日付の遺書が見つかれば、ホッとするだろう。
「自分のせいじゃないんだ」
って。
本当はもっとずっと前から考えていた。
死んでしまえば、楽なのに、って。
それはバカバカしいと思っていた頃はまだ健全な精神だったと言える。もしくは、悩むことに疲れきって、死ぬとか生きるとかがどうでもよくなってしまたのかも知れない。
どっちだったんだろう。あの頃の俺は。
でももう決めてしまった。自殺するんだって。 一ヶ月、ゆっくりとその準備をすすめてきたんだ。
部屋の中の要らない物、全部捨てて。借り物は全部返して。貸した物は、全部あげると言って。 大学には退学届を出してある。
あとは……あとやることは、ひとつだけ。

***

俺と同じゼミに、高遠さんというひとつ年上の人がいる。昨年、大学を休学していて留年したそうだ。
俺は高遠さんとはほどほどに仲が良かった。
ほんとに、フツーの友達。
高遠さんは友達が多いので、俺なんかその他大勢のひとりだ。
高遠さんはかっこいい。
フルネームは、高遠悠紀(タカトオ ユウキ)さん。名前からして素敵だ。
俺は宮内薫(ミヤウチ カオル)という。こんな普通の名前とは全然違う感じがする。
どちらも、字だけ見れば女に間違われるのだが…。
俺は、最期の日は、この人に告白すると決めていた。

 ***

その日、講義が終わる頃、俺は前に座っている高遠さんの背をシャーペンの尻の方でつついた。
「今日、これから飯食べに行きません? おごりますよ。ちょっと行きたい店あるんで、つき合ってほしいんです」
高遠さんは肩越しにちらりとこっちを見た。
「いいよ」
その一言が、すごく嬉しい。
ただ、緊張は募ってきた。
早く、講義終わらないかな。

***

二人で大学を出て、俺はタクシーをつかまえる。高遠さんはちょっと驚いていた。
「なに、珍しく贅沢すんだな」
「今日は特別なんで」
タクシーの運転手さんには、ガイドブックから切り抜いた地図を見せて、「ここ行きたいんです」と告げた。
困った顔ひとつせず、運転手さんはうなずいてすぐに車を発進させた。
 さすがだ。
着いた所は、洒落たフランス料理店。
「うげっ」
高遠さんはうめいた。
「私服のままじゃん、俺ら」
「いいんです。私服でオッケーな店なんで」
「あ、そう?」
俺は店内に入ると、案内のフロア係に名前を告げた。
「ご予約の宮内様ですね」
「はい」
「どうぞ、こちらです」
席まで案内されながら、高遠さんが俺に耳打ちした。
「予約なんかしてたのか。俺が断ったら誰と来るんだ?」
「あ、そうか。そうですよね。高遠さんに断られたら、キャンセルするつもりでした」
そう言うと高遠さんは苦笑した。
「もったいないな。キャンセル料かかるだろうが」
いいんです。
高遠さんの為なら、キャンセル料くらいは。

***

料理はすごく美味しかった。
美味し過ぎて、最期の晩餐にはぴったりだ。
食後のコーヒーになって、俺は勇気を振り絞ることにした。
「あの、高遠さん。俺、今日ここに誘ったのは理由があるんです」
「どうした? 改まって」
「実は俺、ずっと前から、あなたのことが好きだったんです」
「……」
あ、やっぱり口を開けて俺を見てる。
「それだけ言いたかったんです。気持ち悪くてすいません。じゃ、もう行きましょうか」
俺は自分からそそくさと席を立とうとした。
しかし。
「いいよ」
って、高遠さんが言った。
いいよ、って何が?
「は…?」
「いいよ。俺は、お前が相手なら」
「何がですか?」
「だから、俺達、つき合おうぜって言ってんだよ」
「え? え、ええええっ!」
どうして、そういう返事なんだ?
違う。ここですっぱり振られるはずだったのに。
何なら、一発や二発は殴られることを覚悟していたのに。
「高遠さん…女が好きでしょ」
「そりゃ好きだよ。男でもいけるなんて、そうそうカミングアウトしないだろ」
「でも…でも……」
「でもじゃない。俺が好きなんだろ。じゃあいいじゃん」
軽く、言われてしまった。

***

帰りは駅まで歩くことにした。
しかし、高遠さんがやけにきょろきょろして、周囲を気にしてるなと思ったら。
「ここでいいや」
「はい?」
いきなり腕を掴まれて、通りかかったホテルに連れ込まれた。
何を考えてるんだ、この人は。
「な、なんですかっ」
「しようぜ。俺、今したい気分」
「だから人気のない道を選んでたんですね」
「当たり前じゃーん」
自動販売機みたいな物でさっさとお金を払って部屋の鍵を取り出すと、高遠さんはエレベーターの方へ行ってしまう。
待ってほしい。こんな展開は困る。
 でも、俺が混乱している間に、高遠さんはどんどん進んで行く。
「早く来いよ」
「はい……あっ、お金…」
「いいよ。ここは」
「でも」
「フランス料理、おごってもらったじゃん。俺、会計の時に目玉が飛び出るかと思ったぜ。堅実なお前があんな高い店選ぶなんて」
「それは…」
死ぬんだから、ある金は使い果たそうと思っただけだ。
俺はあれよあれよという間に、高遠さんとラブホテルの部屋にこもっていた。
そして。
あっさりと、エッチしてしまったのだ。
死ぬはずだった夜に。

こんなの、困る。
俺はあっさり高遠さんに振られて、死ぬつもりだったのに。
つき合うことになってしまったら、高遠さんを裏切って勝手に死んだりなんて出来ない。
いや、そんなのきれいごとだ。
死ぬのが、嫌になってしまう……もっと高遠さんと生きていたいって、望んでしまう。


高遠さんに告白した日は、一晩一緒に過ごして、自分の家に帰った。
大学に受かってから家を出て一人暮らしを始めてから、ずっと同じマンションに住んでいる。
部屋に戻ると、がっくりと遺書が置いてある机の前で床にへたりこんだ。
計画通りならば。
昨夜、この部屋のバスルームで。
手首を切っていたはずなのに。
遺書にそろえて置かれている新品の剃刀を手に取る。
高遠さんに捨てられたら、死のう。
俺から高遠さんを振るなんてとても出来ないから。
でも、そうしたら高遠さんはショックを受けるだろうか。振られたから自殺したんだと思われて、うざい奴とか思うだろうな。
……じゃあ、高遠さんに捨てられて、しばらく日を置いてから死ぬことにしよう。

俺の命が、どんどん延びていくな……。

 ***

午後から大学に行くと、高遠さんの姿を見つけて俺はどうしたらいいかわからなくなった。
だって、恥ずかしい。照れくさい。
自分から嬉しそうに尻尾を振って近寄るのも嫌なので、軽く手をあげて挨拶してから、俺は離れた所に座ろうとした。
すると、隣にどさっと荷物が置かれる。
振り返れば、高遠さんが席に座りながら言った。
「こんな前で講義受けんの? 話せないじゃん」
「えっ…」
「大学出てこないかもと思ったけど、来て良かった。なあ、今日、帰りに俺の部屋に来ない?」
高遠さんも俺と同じく一人暮らしだ。
突然の申し出に、俺は嬉しくて舞い上がってしまいそうだったけれど、やっぱり複雑だった。
黙っていると、高遠さんは俺の顔をのぞき込むようにぐいっと近づいてくる。
か、顔が…近い……。
「なに? 用事あるの? あ、バイト?」
「いえ……バイトは…」
死ぬので早々に辞めました。
なんて、言えなくて。
「えっと…前のとこは辞めちゃって、今探してるんです」
「なんだ。じゃあ、俺と同じとこ来ない?」
「いえ! いいです!」
思わず大声で、はっきりきっぱり、断ってしまった。
即答だったので高遠さんが目を見開いて驚いている。
「俺と同じとこが嫌なのか」
「違っ……あの、緊張しちゃうから。高遠さんと一緒なんて、嬉しくて。それに俺、トロイんで、呆れられちゃうのも嫌だし」
「あ、そう。なんだ、そんなこと気にしないのに。俺がサポートしてやるよ」
あっさりと高遠さんは笑って。
そして、爆弾発言をした。
「かーわいいな、薫は」

え。
頭の中が、真っ白だ。

今、可愛いって言った!?
しかも俺のこと、いつの間に下の名前で呼び捨てにしてるんだ、この人は。
そういえば昨夜、ベッドの中では何度も「薫」って呼ばれた気がするが……俺は気持ちよさにトリップしててちゃんと認識してなかった。
駄目だ! 何を思い出してるんだ!
ベッドの中で高遠さんにしっかり足を絡めて可愛がられていた情景まで思い出してしまって、はっきりと顔が熱くなった。
「何してんの?」
気づけば再び高遠さんの顔が目の前にある。
「何、赤くなってんだ?」
「いえ……」
俺は黙ってすくんでしまった。
「はははぁ〜」
高遠さんは何か言いたげな笑みを浮かべて、けど何も言わなかった。
初めて、高遠さんの部屋に行く。
俺達は昨日と同じく二人で大学を出た。
「俺は金ないから、駅まで歩きな」
「俺だって金はないんですよ。昨日は奮発しただけで」
「だよなぁ。学食でいつもうどん食ってるしな」
笑われると、なんだか恥ずかしくなってくる。
俺は確かに貧乏だ。
「飲み会もたまにしか参加しないもんな、お前」
「それはバイトがあるからで…」
「合コンなんか一度も参加しないだろ。それはこういう理由があったのかぁ」
「こういう理由って?」
「俺が好きだからだろ」
ああ、そういう理由か。
ゲイだからだろ、とか言われるのかと思った。
確かに本人の言う通り、高遠さんの口から合コンという言葉が出ただけで、胸がちくちくした。すごく嫌な気分……嫉妬だ。
「薫はこれからも、合コン禁止な」
「はい」
言われなくても行きません。
あっさり答えた俺に、高遠さんはちょっとだけ顔をしかめた。
「なんで? とか言ってくれなきゃ困るよ。俺が妬いちゃうから禁止、とか言ってやろうと思ってたのに」
「うわっ」
顔が一気に熱くなる。絶対、真っ赤だ。
この人は、こんな人じゃなかったのに。
多分、恋人には甘やかすタイプなんだ。……って、俺達、本当に恋人なんだな。
高遠さんのこういう変化を知ると、つき合ってるっていう実感がある。
大体、講義の時、高遠さんから俺の隣の席に座るなんて今までなかったことだ。
「また顔が赤いぞ」
にやにやしながら高遠さんが言った。
俺は顔を背けて、
「高遠さんが恥ずかしいこと言うからですよ」
と正直に答えた。
「悠紀でいいよ」
「…え?」
「悠紀って呼べばいいじゃん」
「た…かとお、さん」
恥ずかしい。下の名前で呼ぶのが、ものすごく恥ずかしく感じる。
俺は、やっぱり赤くなっていた。
「そ、そのうち…」
「はは、そのうちっていつだよ」
高遠さんの部屋は、きちんと片付いていた。
そこら辺に雑誌や靴下が落ちていたりするけど、常に棚にきっちりしまわれている部屋の方が気持ち悪い。
「ちょっと急いで出たから散らかってるけど、その辺に座れよ。何か飲む?」
「えーと…」
「ビールね。はいはい」
……何も言ってないのに。
冷蔵庫から出したビールを俺に向けて放ってから彼は笑った。
「ビールしかないんだもんよ」
最初からそう言ってくれ。
高遠さんは俺の隣に座ると何気なくテレビをつけた。
「お、この女優、久々に見たな。復活したのか」
「ああ…そういえば」
なんて、どうでもいい会話をしながら、何も食べずにビールを飲んで。

ふと気づけば、ただそれだけの時間が1時間も過ぎていた。
高遠さんが、ふと俺の肩に頭を乗せたから、驚いて振り向いてみれば、目を閉じてしまっている。
「……寝てるの?」
小声で尋ねても、反応はない。
俺の肩にもたれて寝るなんて、可愛い…。
安心されているみたいで、ほっとする。
俺は高遠さんの前では、安心はできない。好きな人の前だから、いつも緊張してしまう。
でも相手が俺の横で安心してくれると嬉しい。高遠さんはもともと、オープンな人だけど。

俺も少し、うとうとしてきた。
肩の辺りが高遠さんの温もりで、あったかくって……。



んー……なんか、もぞもぞする。


ちょっと寒いな。


「……んー」
ぼんやりと目蓋をあげた。
「起きちゃったか?」
目の前に、高遠さんの顔。
「…………。え?」
寒いと思ったら、何故か下半身だけ脱がされている。理由は明白で、高遠さんがいたずらしていた。
俺は彼の手の中でもう勃起している。
「ちょっと、あの!」
「何のために部屋に呼んだと思ってるの」
「このためっすか……」
高遠さんがぺろりと俺の耳をなめた。
「お前だってその気になってるし、いいじゃん」
「なっ…あなたがその気にさせたんでしょ! 男なら勃ちますよ!」
やわやわと手の中で揉まれて、俺のものはどんどん大きくなっていく。
やばい……。
テレビはつけっぱなしだし。
俺達は床の上だし。
下しか脱いでないし。
そんな状態で、俺は高遠さんに両足を抱えられて、突っ込まれてあえいでいた。
「あっ…あ、もう」
「いっていいよ。俺の部屋だから、何度でもしてやるよ」
「待っ…う、うぅ、んっ」
明日は朝から講義が、って言う暇もなく、いかされて。
日付が変わっても、俺達はまだ眠らなかった。
二人でずっと交じりあっていた。

 ***

死ぬのが怖い。
高遠さんに捨てられるのが怖い。
そんな思いのまま、一ヶ月が過ぎた。

 ***

一緒に住まないか、と言い出したのは高遠さんだ。
二人で同棲するために引っ越そう、と。
俺にはすぐ返事が出せなかった。
「や、待ってください。俺、いろいろ心の準備が……」
「なに?」
「だから、ほら、いろいろあるでしょう、準備が」
「ないよ。部屋探すのだって時間かかるんだぞ。探しながら心の準備しろよ」
「た、高遠さん…」
「それとも、未だに俺の前にいると緊張するとか言うのか?」
「………」
俺は答えられなかった。
もちろん、緊張する。
すごく好きなんだから。
 前よりももっと好きなんだから。
「とにかく、あの…待って欲しいんです」


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