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企画小説
 



小さな丘の上に立つその小さな店は、今日も変わらずひっそりと佇んでいた。

「スイちゃん、ココア飲む?」

店主が声を掛けると、テーブルの上で水晶玉を転がしていた少女は顔を上げ、こくりと頷いた。
店主はそれを確認して微笑むと、小鍋を取り出してココアを練り始めた。
店内に甘く温かい匂いが漂っていく。

「はい、どうぞ」

店主が少女の前に湯気の立つマグカップを置いた時、ちょうど入り口の扉が開き涼やかに鐘が鳴った。

「いらっしゃいませ」

店内に入って来た客は20代の青年で、初めて来た店の様子を物珍しげにちらりと見た。

「何になさいますか?」
「あ、コーヒーで」
「かしこまりました」

店主は彼の注文を聞いてコーヒーをドリップし始める。
青年はカウンターの端に座ると、見るともなくぼんやりといった様子で古びた地球儀や動物らしきオブジェを眺めていた。

「はい、どうぞ」

白いコーヒーカップが彼の前に置かれると、青年は軽く会釈をしてコーヒーに口を付けた。

「お客さん、もしかして住むところをお探しで?」

店主が何気なく問いかけると、彼はコーヒーカップに口を付けた態勢でぴたりと止まった。
そのまま目だけで店主を見上げるが、その目には怪訝な色がありありと広がっていた。
店主はただにこやかに微笑み、青年はやや警戒しながらもまたコーヒーを飲み始める。

「それで、彼女に振られたばかりだとか」

店主がさらりと呟くと、青年は今度こそコーヒーを含んだまま盛大に噎せた。

「……っは、なんで……!」

わあ大丈夫ですか、とあまり驚いていない様子で店主が声をかけて、青年はごほごほと噎せながらも疑問符だらけの表情で店主や店内を見渡した。
彼にしてみれば店内に置かれている商品は見ようによっては胡散臭いし、テーブル席の少女が弄んでいる水晶玉は何か占いでも出来そうで、何より店主の笑顔が不可解だろう。
なんで、という彼の問いに店主は何でもないような顔で彼のバッグを指差した。
そのバッグからは賃貸住宅の情報誌が顔を出していて、青年もそれに気付いて、あ、と呟いた。
そんな青年の表情を見ながら、店主は続ける。

「二つ目はですね、ただの勘です。あなたがお店に入って来た時、うちの店の中を見てる表情が『あぁ、あいつの好きそうな店だな』って思ってそうな顔に見えたから」

勘違いでしたらすみません、と言う店主の顔を見つめると、青年はしばしの間の後でゆっくりと溜め息を吐いた。

「どっかこの辺で、安いアパートとか無いっすかね……」

独り言のように力無く呟く青年に、店主と少女はこっそりと顔を見合わせた。
それから、店主は少し悪戯げに微笑んで青年に告げる。


「ありますよ、格安のアパート。ちょっと風変わりとは言われますけどね」


そして、またひとつ新しい物語は始まってゆく。




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