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企画小説
 




 春一番が吹いた。

 どんなに風が強くとも、東雲荘喫煙組はめげない。春を告げる嵐に体を縮めながら、震える指先で煙草を口に運ぶ。温かい室内から冷たい目線を投げかけられても、彼らは紫煙を愛しているのだ。

「クッソ、どっかファミレス行けばよかった……」
「……」

 煙草を吸うためだけに外食していたら、彼らは三日で破産するだろう。食後に一本、コーヒーを飲んで一本、風呂上がりに一本、何もなくても一本。空気の代わりに煙を吸っているようなものだ。呼吸をしたいのか、それとも永遠に呼吸を止めたいのか、もうわからない。
 強風に煽られ、煙は吐き出した傍から消えていく。
 寒い寒いと文句を言いながらも、雄大は二本目に火を点けた。寒空の下に出るのを渋って我慢していたから、一本程度では物足りないらしい。それに、一度居心地のいい居間に入ってしまうと、再び寒風を浴びるにはそれなりの覚悟が必要なのだ。
 その点ウロは、強風も雨も気にせず外に出る。非喫煙者達に言わせると、彼は愚か者に外ならないようだ。煙草などのために厳しい環境下へ身を置くほど馬鹿な事はない。悠菜辺りにそうこき下ろされても、彼はわかっているのかいないのか、返事もしなかった。
 彼は飲み込んだ煙を鼻から吐き出し、携帯灰皿に吸い殻をねじ込んだ。苦々しいような無表情のまま口を動かす。

「……来週」
「あ?」
「出て行く」
「は?」

 下っ端ヤクザが凄みを利かせる時の顔で、雄大は聞き返した。そしてウロは黙る。これ以上わかりやすく伝える術を、彼は知らない。
 溜まりに溜まった有給休暇を消費し終えた。だから仕事に戻る。自分の職場は紛争地域だから、日本にある東雲荘には居られない。
 きちんと説明するなら、このようになるだろう。だがそれはどうでもいい事だ。必要のない情報は混乱を招きかねない。
 雄大はまだ理解出来ていないのか、口を半分開けたまま顔をしかめている。怒っているようで呆れているような、複雑な顔だった。口から鼻から、煙か吐息かわからない白いものが漏れだしている。やがて彼は俯き、ウロと同じようにして煙草を消した。

「あっそ。部屋広くなって助かるわ」
「……すまん」
「また顔出せよ、生きてるうちに」

 同居は御免だけど。と、素っ気なく呟くと、雄大は肩をすぼめて居間へと繋がる窓へ足を向けた。
 居心地の良い場所。
 暖かくて優しい場所がそうであるとは限らない。けれども確かに、あの居間は居心地が良かった。

 春一番が吹いた。
 風に掠われるようにして、人は春に旅立つ。







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あきゅろす。
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