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Short Novels
Visit of love-EPISODE2(東方Project)


――休日。
ここ最近忙しかったため、本来だったら数少ない休日に惰眠をむさぼりたいという衝動に駆られるのだが。


「千尋さ〜ん。朝ですよ〜?」
「・・・・・むぅ」


こうも先ほどからゆさゆさと身体を揺らされてしまっては、目を覚まさざるを得ないだろう。
怠いが、同居人の呼びかけに応えて、ゆっくりと目を開いていく。
そこには、まぁ予想通りというか射命丸の顔があった。


「あ、やっと起きましたね。早起きは三文の得ですよ?」
「・・・・・・」


――ただ、予想以上に顔が近かったが。
最初は頭がぼーっとしてて『顔、近いなぁ』なんて呑気に思ってたが、意識が段々と覚醒していくにつれてそのことを意識し始め、自分でも顔が熱くなっていくのが分かって、それを隠そうと咄嗟に目を逸らした。


「二度寝はダメですよ〜!・・・・てやっ!」
「のおっ!?」


どうやら、その行動は射命丸の目には俺が二度寝をするように見えたらしい。
射命丸は力づくで俺の毛布をひっぺがした。
毛布に包まっていた俺はその勢いでごろごろと部屋を転がり回り、朝から壁と激しいキスをした。

・・・・・おはよう、壁。今日も朝から激しいなーなんて。


「おはようございます、千尋さん。今日も良い朝ですよー!」
「・・・・こんな起こし方じゃなければ、尚更良かったんだけどな」


ボソッと呟いた俺の声はどうやら届いていなかったようだ。
射命丸は何も気にした様子も無く、鼻歌なんて歌いながら部屋のカーテンを開ける。
朝の日差しが部屋に入り込んできて、俺は思わず目を細める。
どうやら天気は快晴。
今日もまたくそ暑い一日が始まるようだ。
ふと、時計の方へと目を向ければ――針は7時を指している。
俺が、休日に起きる普段の時間より三時間も早かった。

どうりで目覚めが悪い訳だ・・・・・超眠い。

ふわぁ、と小さく欠伸を漏らして、仕方なく身体を起こした。
低血圧な俺とは違って、射命丸は元気が有り余ってるのか朝から空を飛び回っていた。


「・・・・ってダメだろ!?射命丸降りてこーい!」


慌てて窓から射命丸を呼び込む。
射命丸は『何ですかー?』と言いつつ、俺の目の前に降り立って俺を見上げるようにして見つめる。


「お前なぁ・・・・いくら自分が鴉天狗だって言っても、どう見ても外見は人間なんだから、空を飛ぶとか止めてくれ」


はぁ、と溜息まじりにそう言うと射命丸は心底不思議そうに、


「何でですか?」


と訊いてきた。

・・・・・いやいや、何でとかじゃなくて。


「人は空を自分の力だけで飛べたりしないんだよ」
「そうなんですか?確かに少数派ですけど、人間でも飛べる人はいますよ?少なくとも私の友人の中では」
「・・・・・マジでか?」
「マジです」
「・・・・・ソイツら人間じゃねぇよ」


俺はきっぱりとそう言い放った。

人間なのに自力で空を飛べる?
・・・どんなビックリ人間だよソイツ。

射命丸はというと、そんな俺の答えに『あはは・・・』と苦笑いを零す。
さて、その笑いは肯定と否定のどちらだろうか?


「取り敢えず、こっちの世界じゃ人間は空を飛べないんだ。だから、なるべく空を飛ばないでもらえると嬉しい」
「それじゃ、人に見られなければいいんですか?」
「いや、そりゃそうだけど。そんなのは無理だろ」
「いえいえ。人が目視できないような速度で飛べば良いだけですから」


そう言って、とんと自分の胸を叩いた。

そういう問題、なのだろうか?
いかんせん、今は全く頭が回らないからそういった判断が出来ない。
つか、もういいや。
本人がそう言うんだったら、それで。

なんか面倒になって、俺は考える事を放棄した。


「んじゃ、ま。折角早く起きた事だし、散歩にでも行くか?」
「行きましょう!朝の散歩大好きです!」


射命丸が瞳を眩しい程に輝かす。

・・・・コイツは放っておくと、ずっとあちこちを走り回ってそうだよな。

目の前の射命丸を見ながら、俺はそんな事を思った。


















カランコロン、と静寂に包まれた早朝の空気に軽やかな音が響く。
朝から元気よく歩く射命丸に、俺は欠伸を漏らしつつ付いていく。


「ん〜〜♪朝の空気はやっぱり良いですよね〜。そう思いませんか、千尋さん?」
「・・・・暑いだけだろ」
「違いますよ〜。分かりませんかねー、この朝だけに流れる独特の空気と言いますか」


と、何故か射命丸は得意げに話し始めた。
俺はその話を聞かずに、周りを見回してみる。
ニュースなどでよく聞く閑静な住宅街は朝だからか余計に静かで、音と言えば射命丸の話し声かどこからか聞こえる虫の鳴き声くらいである。
時たま、ジョギングをしてるおっさんを見かけたりするが――俺には正気の沙汰とは思えない。
こんな早くに暑い中運動をするとか、頭がイッてるに違いない。


「――と、いうわけなんですよ。って、ちゃんと聞いてますか千尋さん?」
「ん、ああ。少しは」
「も〜全部聞いてくださいよ!」


『いいですか?』と、再び射命丸が先ほど言ったことと同じようなことを話し出す。

・・・かいつまんで言えば、朝というのは一日の始まりを告げる時間であり、その空気に触れることによって生物は今日一日を生きる力を授かるのだという。
これがもし、テレビとかに出ている威張り散らしてそんな事を語るおっさんだったら俺も信じないだろうが、何せ天狗の言うことだ。
信憑性は高いだろう。


「分かりましたか千尋さん」
「ああ。よーく分かったよ」


コイツの話は大学の講義より面白いかも知れん。


「そういえば、千尋さんは今日は『大学』という所に行かなくていいんですか?」
「ああ。今日は大学は休みで、一日中暇だ」
「そうですか!・・・・あの、千尋さんがよければなんですけど一つお願い事が・・・・」


射命丸が歩を止めて、俺に向き直って上目遣いで俺を見つめる。
言いづらいことなのか、射命丸にしては歯切れが悪い。

・・・・こんな射命丸もいいと思ってしまった俺は相当やばいかもしれない。
いや、朝だから思考能力が低下しているからだと信じたい。


「その願いを叶えられるか叶えられないかは分からんが、取り合えず言ってみ?」
「は、はい!昨日のうちに色んなところを飛び回って、子供が言っていたのを聞いたんですが」


昨日の時点で飛び回ってたんかい。


「ここには『遊園地』という面白い場所があるそうじゃないですか。私、そこに行ってみたいです!
「あー・・・遊園地ねぇ」


携帯を取り出して、周辺検索機能を使って調べてみることにする。

日帰りで行けそうな距離にあったかなぁ?

検索結果を待ってみると、結果はゼロ。

だよなぁ。
こっち着てから遊園地とか見てなかったしな。
俺の知ってる限りじゃ、日帰りで行くのは厳しいしなぁ・・・移動時間だけで一日の半分が終わっちまう。


「どうでした?」
「日帰りってなるとどうしてもな。あんま遠くに行けないしな」
「遠くってどっちの方向ですか?」
「方向?・・・あっち、だけど」


俺が指差すと射命丸がなるほど、と頷く。

・・・?何なんだ?


「それじゃあ行きましょうか千尋さん」
「・・・・へ?あ、いや、だから」
「大丈夫です!私に任せてください!」


さぁ、と射命丸が手を差し出す。
俺はよく分からないままその手を握ると、射命丸が懐からカードのような物を取り出す。


「なんだそれ?」
「ふふふ〜。私が幻想郷最速たる所以の能力です」
「幻想郷とかよく分からないが取りあえず待て。何か嫌な予感が――」
「疾符『風神少女』!」
「するんだけどぉおおおおお〜〜〜〜!?」


カードが光ったかと思うと、俺は風になって空を飛翔していた。
俺の悲痛な叫びが空に響き渡る。
凄まじいGが俺を襲い、思わず意識が飛びそうになる――が、それは唐突に終わった。
思わず手を離してしまった俺はそのまま前方へと投げ出され、二・三度地面を跳ねた後近くの茂みに巻き込まれて何とか止まることができた。

・・・・なんで嫌な予感はこうも当たるかね。

茂みに絡まりながら、俺はため息を漏らした。


「大丈夫ですか〜?いきなり手を離したら駄目ですよ〜」
「・・・無茶言うなよ」


何とか茂みから這い出て、服に付いた葉っぱを払う。

・・・何だろう。朝なのにすごい疲れた。


「それで、千尋さんが言ってた遊園地ってここですか?」
「・・・・は?」


俺は射命丸から視線を外して、その後ろへと移す。
――そこには、いつかテレビで見た大人気のアミューズメントパークがその存在を訴えていた。
携帯の時計を見てみると、先ほど検索をしたときにちらっと見た時間である7時42分を指していた。

・・・嘘だろ?
あそこからここまで特急とタクシー使っても、最低三時間は掛かるぞ?
夢でも見てんのか俺は。


「どうですか?これが私の能力です」
「いや、まぁ、うん」


ふふん、と胸を張る射命丸の肩に手を置いた。

取り合えず――


「近くのコンビ二に行こうな」
「?」


朝飯は食ってないわ、金はないわでは何もできない。
かといって、アレをもう一度体験する勇気は俺にはない。
俺は携帯の周辺検索機能をもう一度使って、近くのコンビニに向かうことにした。
























〜遊園地〜


「さあさあさあ!!やって来ましたよ遊園地!ん〜〜〜〜!!面白そうな所が一杯ですよ〜!」


いざ開場となって(もちろん一番乗り)中に入っていくと、所狭しと射命丸がカメラを片手に走り回る。
俺はそれを苦笑しつつ『あんまりはしゃぎ過ぎんなよー』と言いつつも、俺もここに来たのは初めてだから年甲斐無く胸を躍らせている。

遊園地なんて久々だよな〜・・・・
記憶がある限りだと、小学生くらいだったかなぁ?


「行きましょう千尋さん!!時は金なりです!グズグズしてると今日中に遊びきれませんよ!」
「逆にお前はこの量を遊びきるつもりかよ」
「当たり前ですよ!」


射命丸は見てるこっちが眩しいと思うくらい、目をきらきらと輝かせている。
俺はそれを見て、小さく溜息を漏らした。

ま、今日はコイツに付き合ってやるしかないか。
いい思い出にしてやんないとな。

そう自分で思って、ふと『思い出』という単語が引っかかった。

そうか・・・
コイツもいつまでもこっちにいるわけじゃないし、遅かれ早かれ元の世界(?)に戻るんだよな。
まだ日が浅いから異常だと思えてるけど――これが遅くなったらどうなるんだか。

射命丸の顔を覗き込むと、射命丸が不思議そうに首をかしげる。


「私の顔に何か付いてますか?」
「いや、なんでもないよ」


そう言うと、心底不思議そうな顔で『変な千尋さんです』と、くすくすと笑みをこぼした。

――いや、もう遅いか。
俺はどこかでコイツのことを、自分の日常に無くてはならないものだと薄々認識し始めてる。
それがどういった感情かはまだ分からないが――少なくとも俺にとってコイツは『鴉天狗』じゃなくて『射命丸文』――一人の少女なんだ。


「ちーひーろーさん?どうしたんですか?何かお悩み事ですかー?」
「あ、いや、別に」
「私でよろしければ相談に乗りますよ?」


射名丸の提案に、俺はやめとくと小さく首を振った。

ま、今考えててもしゃーないか。
そん時が来たら来たで考えるかね。
――そん時、俺はどんな想いでそれを迎えるんだろうか?


「そうですか?だったら行きましょうよ!早く早く!」


射命丸はもうおあずけは我慢できないようだ。
俺を置いてアトラクションのほうへと駆け出していってしまった。

・・・なんて、らしくねーな。
俺はいつから詩人志望になったんだか。

苦笑いを浮かべつつ、元気に走り出した射命丸を見失わないように俺も少し早足でその後を追いかけた。

さて、今日は久しぶりに遊びまくるかね!



























「ん〜〜〜♪今日は遊びましたね〜〜!!」
「・・・・ああ」


隣で満足そうに笑いながらそう言う射命丸に、俺は疲れと共に溜息を深く深ーく吐き出した。

まさかあんな立て続けに絶叫系に乗らされるとは・・・
ううっ・・・思い出したら気持ち悪くなってきた。

ちなみに帰りは電車を利用することにした。
こんな状態で、あそこの絶叫系アトラクションの全てを遥かに凌駕するアレを利用しては本気で俺は死ねる。


「千尋さん、今日は私の我侭に付き合ってくれてありがとうございました!今日のことは――」


電車がちょうどトンネルを抜け――


「――一生忘れません」


夕陽が俺たちを包み込んだ。
その時の射命丸の笑顔は思わず見惚れてしまうほど綺麗で――まるでそこだけ切り取られた写真のようだった。
自分でも胸が高鳴っているのが感じられる。

――一体、俺はどうしちまったんだ?


「まだまだ到着には時間ありますよね?私、ちょっとこの電車というものを見てきます!」
「あ、ああ・・・」


そう言うと射命丸は、電車の揺れをものともせずに他の車両へと行ってしまった。

・・・相変わらず、落ち着きの無い奴だ。
面白そうなものがあればすぐに動き回る。

やれやれ、と言わんばかりに俺は苦笑いを漏らした。
――と、同時に射命丸がいなくなったからか、一気に睡魔が俺を襲ってきた。


「ねむ・・・」


小さく欠伸を漏らして射命丸が向かっていった方へと目を向ける。
まだ、帰ってくる気配は無い。

まぁ・・・いいか。
少しくらい寝ても大丈夫だろ、アイツが帰ってくれば起こしてくれるだろうし。

そう思って俺は眠りにつく――


「ミッチー・・・?」


ことはできなかった。
意識が完全に落ちる瞬間、どこか聞きなれた声が俺の耳に入った。


「怜・・・?」


その声の主とは、怜だった。
怜は目の前に立って、俺のことを見つめていた。


「どうしてお前が?」
「うん。ちょっとこっちに用事があって。始発でこっちに来てたんだ」
「そうだったのか・・・」
「そういうミッチーは?休日は家でごろごろしてるんじゃなかったの?」


怜が心底不思議そうに尋ねる。

まぁ、俺だって本当はそうしたかったんだけどな。
さてさて、どう言ったもんかね。

怜に嘘を吐くのは心苦しいが、まだ話すべきときじゃない。
射命丸の存在を隠したままどう――

――ガタン!


「きゃっ!?」


そんなことを思っていると、電車が唐突に強く揺れた。
座っていた俺は何の問題は無かったが、怜はそうもいかなかったようで、ぐらりと俺に覆い被さるように倒れこんできた。
その際、怜の髪から良い香りが俺の鼻をくすぐり、若干頬が熱くなるのを感じた。



「れ、怜・・・?」
「ご、ごめん!今どくから――」


――ガタン!

もう一度、強く電車が揺れる。
俺の後ろの壁に手をついていて耐えていた怜の体勢が崩れ、更に前に倒れてきた。
そして――


「「――!?」」


あ、と気づいたときには、俺の目と鼻の先には怜の顔があって、自分の唇に何か柔らかいものが当たっていた。
お互いどうしていいか分からず一瞬フリーズしたが、怜の方が早く正気に戻ったのか慌てて顔を離した。
そしてそのままよろよろと、顔を真っ赤にして俺の正面の席へと座り込む。

い、今のは・・・もしかして・・・

馬鹿みたいに高鳴る鼓動を抑えようと努めてみるも、その気配は一向にない。


「ご、ごめん・・・!わ、わた、わた、わたし・・・!!」


正面の怜が口元を抑えて、ぼろぼろと涙を流し始める。
俺はそんな怜に何の言葉を掛けることもできず、ただただ呆然とそれを見つめることしかできなかった。

――電車の揺れが収まる。
どうやら停車駅に止まったようだ。


「ごめんなさい・・・!!」


怜は立ち上がって俺に許しを請うように、消えてしまいそうなほど儚げな声でそう言うと、逃げるように電車から出て行った。
その瞳からはやはりまだ涙が流れ続けている。

――電車の発車ベルが鳴り、開け放たれていたドアが閉まっていく。
全てのドアが閉まると、電車はゆっくりと動き出す。

ふと、ホームの方に目を向けると、崩れ落ちるように座り込んで泣いている怜の姿が。
その姿がどんどん小さくなっていくにつれ、俺の胸がズキリと痛んでいく。


「・・・・どうすりゃ、いいんだよ・・・俺は・・・」


『くそっ!』と悪態を吐いて、壁を思いっきり叩く。
ドン!と大きな音が鳴るが、幸い他に乗客はいなかった。


「ただいまです、千尋さ――って、どうかしたんですか?」


前の車両から射命丸が帰ってきた。
最悪のタイミングではないが、その次にくらい悪いタイミングだ。


「・・・・なんでもねぇよ」
「なんでもなくないですよ。私でよければ相談に――」
「うるせぇって言ってんだよ!!」


ダン、ともう一度壁を叩くと、射命丸がびくりと肩を震わせる。


「す、すみません。私、出すぎたことを――」


射命丸が少し怯えたように、頭を下げる。
誰が見ても俺を怖がっているのは一目瞭然だ。
なのに――


「喋るんじゃねぇ・・・!!第一、人じゃねぇ化け物に、人の気持ちが分かるかよ!」
「ッ――・・・」


俺は止まれなかった。
言ってはいけないその言葉――俺はいとも簡単に、軽々しく、射命丸に叩きつけるように言い放ってしまった。
射命丸の表情が一気に痛々しいほど、苦痛に歪んだものに変わる。
それを見てやっと――俺は正気に戻れた。


「す、すまない。言い過ぎた・・・」
「――いえ、いいです。気にしてませんから」


射命丸が今すぐにでも泣いてしまいそうな笑みを浮かべる。
胸がズキリと再び痛む。

・・・・何してんだ俺は。
自分が苛々してたからって射命丸にあたって・・・
最低だ。俺は・・・


「それに――私が人じゃない化け物っていうのは、本当のことですから・・・」


寂しげにそう呟いた射命丸の言葉は、電車の音に掻き消されてしまいそうなほど小さかった・・・





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あきゅろす。
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