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Short Novels
St.Valentine's Day 〜有馬楓の奮闘記〜(オリジナル) 後編

――現在、一時間目が終わり休憩時間。
いつもの通り何事も無く終える事が出来た、と言いたい所だけどもちろんそんな事は無かった。
眠気対策(主に苦手なブラックコーヒーとかメ○シャキ等)をきちんとしてきたはずのだが、睡魔に襲われてしまい抵抗虚しく敗北してしまったのだ。
それを先生が見逃すも無く(何故なら私の席は中央列の前から三番目)、注意されてしまい、恥ずかしさで私はその時間中ずっと俯くしかなかった。
・・・・ただ、そのせいで再び睡魔に負けて、先生に怒られてしまったのだが。
本当に慣れてない事はするものじゃない、と今日一日で学んだ私だった。


「珍しいな。いつも遅刻ギリギリまで寝てるお前が、授業中に寝てるなんてよ」
「・・・・・亮にだけは言われたくないよ」


さっきまで爆睡していた亮にちょっぴり皮肉を込めてそう言うと、何故か『まぁな』と胸を張って言ってのけた。
ちなみに亮が爆睡してるのはいつもの事なので、最初の頃は先生も注意していたのだけれど今では完全無視。
それでも学年で中の上の成績だから不思議で仕方ない。

――閑話休題。

亮の全く悪びれる様子もない言葉に、私は少し大げさに溜息を吐いた。
すると、不意に先程まで忘れていたチョコの存在が脳裏をよぎった。
そうだ!今渡せば――


「ハッピーバレンタインだよ、亮助君!!」


そう思って自分の鞄に手を伸ばそうとした矢先、いつの間にか私と亮の間に見覚えの無い男子の姿があり――その手に持っているリボンで包装された大きな包みを、亮の机の上に載せた。
・・・・・・・男子?
・・・・・・・・・・・・・・・・えええええええええっ!?
な、なんで!?なんで男子が亮にチョコを!?
いや、そもそもバレンタインは好きな相手にチョコを・・・ってことはこの男子は亮の事が好きな訳で・・・?
・・・・・・・・・・・・・・・ええええええええええっ!?


「――おい。これは、何の真似だ?」


パニックに陥りかけた私だったが、今までに聞いたことのない亮の冷めた声に現実に引き戻された。
亮の表情を窺ってみれば限りなく『無』。
私は何となく戦慄を覚えて、思わず『ひ』と悲鳴を出してしまいそうになってしまう。
が、男子はそれに臆した様子も無く『決まってるじゃないか!』と大げさに両手をがばっと拡げてニヤリと口元を緩ませる。


「今日は2月14日、つまりはバレンタインデー。好きな人にチョコを贈る日だよ?」


そう言って、亮に向けて――気持ち悪い程可愛らしいウインクをした。
――瞬間、何故か私の体中を悪寒が走った。
何故だろう?
こう、上手くは言えないけど・・・・何となく、亮が補食されてしまいそうな、そんな気がしてならなかったのだ。

亮はというと一瞬だけ固まったが、直に無言のまま動き出し――その包みを一瞬のうちにその男子に渡すと、見た事無い程猛ダッシュで教室を飛び出していった。
『照れ屋だな亮助君は〜』と、これまた気持ち悪い程良い笑顔を浮かべながら、包みを抱えてその男子は亮の後を追うように駆け出した。


「待ちたまえよ亮助く〜ん!!これを受け取ってくれ〜!」
「悪いが俺にそっちの気はねぇ!だから受け取れねぇ!!いや、受け取ったら人間として終わる気がする!!」
「そんな!?僕の愛情たっぷりの手作りチョコが受け取れないってことかい!?」
「逆にそんなもん受け取れんわ!?」
「だけど大丈夫!」
「なにが!?」
「亮助君にその気がなくても、僕が亮助君を・・・・・じゅるり」
「こええよ!?もう、色々な意味で本能が危険を感じる程こええよ!?」


そんな事を廊下でギャーギャーと叫びつつ、二人の足音は段々と遠ざかっていった。
ぽかんと一部始終を見ていた私は、あまりの展開の早さに脳の処理能力が追いついていなかったが。


「分かった。人類の神秘の根源は全てエジプトにあるんだね」


もう、付いていくのを諦めて現実から目を逸らす事にした。
それよりも、と小包を取り出そうとしている自分の手を見て、『はぁ』と溜息を漏らした。


「また、渡しそびれちゃったか〜・・・・」


そう呟いて、私は自分の鞄の奥へと小包を追いやった。

――ちなみに、亮が帰ってきたのはそれから10分後のことだった。
やけに憔悴しきった面持ちで、『やっと・・・・逃げ切れた・・・・』と、ボソッと呟きながら、先生の呼びかけにも応えずにドサッと机に突っ伏した。

な、なにがあったんだろう・・・・?

隣でピクリとも動かない亮を見て、思わず顔を引き攣らせてしまった私だった。


















――結局、あの後も私は亮にチョコを渡す事が出来なかった。
何故か、私がチョコを渡そうとすると必ず邪魔が入るのだ。
例えば、部活の呼び出しとかあの男子の来襲、そして再来襲などなど。

・・・・・うん?今考えてみると、直接的な原因はあの男子?
でも、あの男子は一体誰なんだろう?

そう思って、亮に聞いてみたところ『触れないでくれ・・・俺の人生の中で最大の過ちだ・・・』と遠い目をしてそう答えるだけだったので結局分からずじまいだ。

・・・・・ただ、毎時間ごとに亮がやつれていったので、亮に取ってはこれはトラウマに近い物があるのかもしれない。
そして、そのトラウマにずっと追い回されていた亮は、私以上に厄日だったのかもしれない。


――放課後。
部活中にも貰った数十個のチョコを何とか鞄に詰めた私は、街灯の光が差し込むひっそりとした昇降口にいた。
上履きをローファーに履き替えて、薄茶色のコートの上の薄桃色のマフラーを巻き直して昇降口から出る。
既に空には星が姿を見せていて真っ暗だったが、それでもグラウンドの方からは運動部のかけ声が聞こえてきていた。


「・・・・結局渡せずじまい、か〜・・・・」


コートのポケットに入った小包を取り出して、白い息と共にそう呟く。
――ふと、空へと視線を向けてみれば、今日は満月だということに気付いた。


「・・・・亮のバーカ〜・・・・」


昨日の夜からずっとドキドキしながら待っていた今日。
初めて好きな人の為に一生懸命に作ったチョコ。
そんな――ヴァレンタインデーの終わりが近づいていることを意識すると、思わず涙が溢れてしまいそうになり、それを誤摩化すように私はそう呟いた。


「馬鹿で悪かったな馬鹿で」
「え・・・・・!?」


周りには誰もいないと思って呟いた筈なのに、予想外の返答に思わず声のした方向に振り返ってしまう。
そこには――むすっとした表情の亮の姿があった。


「ど、どうして・・・・?」


驚きを隠しきれず、私が戸惑うように訊くと『どうしてって言ってもなぁ・・・・』と亮が少し困ったように頭を掻いた。


「ほら、一回部活の呼び出し合ったろ?あれで今日は部活が休みってことになってさ、家帰ってもやること特にないから楓の部活が終わるのを待ってたってだけだ」 


そう言って子供のように笑う亮は、相当長い時間待っていたのだろうか寒さで身体が微かに震えていた。
――本当に、亮はズルイと思う。
亮は何気なくやってるつもりかもしれないけど、私にはそういうことが凄く嬉しい。
現に、さっきまでの絶望感はどこに行ったやら、私の顔は完全に嬉しさで真っ赤に染まってる事だろう。
だから――それを隠す意味でも、私は亮に思いっきり抱きついた。


「のあ!?お、おい!こんな所誰かに見られたりしたらなんて言われるか・・・!」
「亮は私とこういう関係だって言われるの嫌なの?」
「うえ!?い、いや、それは・・・・・」
「嫌、なの?」
「・・・・・・・嫌、じゃないけど」
「だったら大丈夫だよ」


そう言って、私はぎゅーっと背中に回す力を強くする。
顔が亮の胸に近いせいか、ドキドキしているのがしっかりと分かった。
亮も最初は戸惑ってばかりいたが、やがて観念したのか『はぁ』と溜息を漏らした。

ああもう・・・・!
本当にこーゆー所なんだよね、亮の可愛い所ってさ〜。


「・・・・・ったく、帰るぞ楓。いつまでもここにいてもしゃーないし」
「あ・・・・うん。そうだね」


一旦亮の背中に回した手を外して――それを亮の右腕へと持っていき、そのまま腕に抱きつく。
これに関しては、亮は何も言わずに歩き出した。
私は亮と一緒にいるのが本当に嬉しいんだろう、『えへへ』と笑みが溢れてしまっていた。

――そうだ。

コートのポケットにある物を右手で取って、それを亮の目の前に差し出す。
立ち止まって、それを不思議そうに見つめる亮に――私は心からの笑顔を向けた。


「――ハッピーバレンタイン。亮の事、ずっとずーっと好きだよ」


――おそらく、私はこの時の真っ赤になった亮の顔を忘れる事は無いだろう。





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あきゅろす。
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