Short Novels
Smile means…『 』(オリジナル)
――彼女の笑顔が好きだった。
理由、なんて聞かれてところで、それに適した答えなんて持ち合わせていない。
ただ、百合のように綺麗で雪のように儚い彼女の微笑みに言いようもなく引かれたのだ。
言ってしまえば、一目惚れだ。
楽しそうに笑う顔、困りながらも笑う顔。
それはどれも、僕には海に浮かぶ月のようにとても幻想的で魅力的だった。
だから、その笑顔が僕以外の誰かに向けられているのがたまらなく嫌だった。
その人の事を妬んだりしたし、酷いときは殺したくなってしまったこともあったような気がする。
クラスの女子からは、可愛いなんて言われてた僕だけどそんな事は無い。
本当はとっても嫉妬深くて独占欲も強い、嫌な奴なんだ。
そして――どうしようもないくらい、臆病なんだ。
僕は、自分から彼女に話し掛ける事が出来ず、ただ彼女から話し掛けてもらうのを待つばかり。
席が隣になった時は勇気を出して、なんて思ったりもしたけど結局自分から話し掛けられず、人一倍気を使う彼女は僕みたいな奴にも楽しそうに話し掛けてくれた。
話した事一つ一つは、他人から見ればとりとめも無い日常でよくあるようなもの――だけど、僕に取ってはかけがえのない思い出。
そして、彼女の笑顔を近くで見た時、ああやっぱり、と再び認識させられた .
僕は本当に――彼女が好きなんだ、と。
――だから本当に、本当に驚いたんだ。
彼女が――
――死んでしまうなんて。
Smile means…『 』
その知らせは、本当に突然だった。
僕はその日もいつもと変わらず学校に着くと、普段なら僕より早く来てる筈の彼女の鞄が無かった。
彼女は部活でいつも朝早かったから、そのことに珍しいなと思いつつも、僕は席に着いてその日の授業の予習をすることにした。
教室の扉が開く音がする度に自然と目はそちらへ移ってしまう――が、いつまで経っても彼女は来ない。
――結局、彼女は登校のチャイムが鳴っても来なかった。
具合でも悪くなったのかな、なんて妙にざわつく胸を誤摩化すように考えた。
だけど、それは深刻な面持ちで現れた担任の言葉で打ち砕かれた。
彼女が、死んだ。
その言葉を聞いた瞬間、僕の世界から光が消えた。
真っ黒な世界の中で、僕は担任の言葉を繰り返した。
彼女が、死んだ。
何故、なんて思うよりもまず、その言葉の意味が分からなかった。
――いや、言葉の意味なんて分かっていた。
なにせ、何も包み隠されてないシンプルな言葉だ。
ただ、僕がその事実を、現実を認めたくなかっただけ――信じたくなかっただけなのだ。
彼女が、死んだ。
無明無音の世界にその言葉だけが延々と反響し続ける。
それをまるで僕を嘲笑っているかの様で――不意に、激しい嘔吐感に襲われた。
それと同時に僕は現実の世界へと引き戻さる。
見回せば、皆が一様に暗く沈んで俯いており、所々ですすり泣く声も聞こえた。
ああ、本当なんだな、と――あたかも他人事の様に思えた。
――滑稽に見えてしょうがなかった。
皆、彼女の死に対して一応に哀しみを覚えていた。
人として当たり前の感情――故に、僕にはそれが『哀しみ」という名の仮面のようにしか思えなかった。
だから僕は――このイツワリの世界が嫌になって、逃げ出すように保健室でその一日を過ごした。
ベットの上では昨日までの彼女の事を思い出していた。
曇り一つない、太陽のように輝く笑顔――少なくとも、昨日までの僕にはそう思えたのだ。
――僕が静かにベットの上で横たわっていると、ふと担任と保健の先生の会話が耳に入った。
彼女が死んでしまった原因――それは自殺。
つまり、彼女のあの笑顔の奥には、死んでしまいたくなる程の悩みを抱えていたという事だ。
――情けなかった。
毎日彼女の笑顔を一番近くで見ていたのに、僕は彼女の悩みに気付く事が出来なかった。
――悔しかった。
それは、僕なんかじゃとても解決できるようなものじゃなかったのだと思う。
でも、偽善だろうとなんだろうと――彼女のちょっとした支えにはなれたのかも知れない。
そう思うと本当に悔しくて――嗚咽が漏れてしまわないよう、顔を枕に埋めて、これでもかと思うくらい僕は思い切り涙を流した。
――彼女の葬式はその日の夜に行われた。
学校を代表して、僕たちのクラスは全員参列する事になった。
だけど、僕は葬式に最後の最後まで行くかどうか迷った。
何故なら、もし行ってしまったら彼女の死を認めてしまうということで。
だからといって行かない、というのは彼女の存在した時間を僕が全て否定することになってしまう。
どちらが彼女の為か。
そんなのは、最初から分かりきっていた。
あとは、僕が覚悟を――彼女の死を受け入れる覚悟ができればよかったのだ。
相変わらず弱い人間だな、僕は自分で自分の事を嘲笑した。
やること、やるべきことが分かっているというのに、それが出来ない。
――まぁ結局。親に急かされて、僕は葬式に行く事になったのだが。
僕が式場に着いた頃には、既にクラスの皆が集まっていた。
いつも騒がしい男子もこの時ばかりは沈んだ様子で俯き、女子に至っては号泣してしまっている。
彼女への同情――僕にはそうとしか見えなかった。
彼女の苦しみ、哀しみは彼女以外の誰にも分かる筈が無いのに、あたかも分かった気になって『可哀想』なんて思いながら、涙をこぼす。
つまり、彼らは彼女を哀れむべき対象として自分より『下』に位置づけているのだ。
本人達にその気がなくとも自然とそうなってしまっている。
人間のエゴ、と言えば確かにそうだが――僕はそれが妙に癪に障った。
他人―ひと―の事を言えた義理じゃない、なんてのは重々承知だ。
だというのに、そんな事を思えてしまう。
本当に、僕は嫌な奴――だ。
敷きは滞り無く進んで、そろそろ僕がお焼香をする番が回ってきた。
既に僕以外のクラスの皆はし終わってどこかに行ってしまっており、参列した人々では残す所は僕を含めてあと少しだ。
――そして、僕の番が回ってきた。
葬式に参列することなんて初めての僕は、お焼香のやり方もイマイチ分からず、前の人の見よう見まねでやった。
なるべく顔を上げないようにしていたのだが、この時ばかりはお焼香をするので必死だったのか油断してしまい、顔を上げてしまった。
そこには――いつもと変わらない、彼女の、あの笑顔が、あった――
瞬間、今までなんとか保っていた平静といったものが、全て崩壊してしまった。
流し尽くしたと思っていた瞳からは、大量の涙が溢れ身体が震えてしまい、立っていられなくなっていく。
泣いちゃいけない、泣いたら――僕が、僕までもが彼女を哀れみの対象として見てしまう。
そう思っているのに、その意志に反して涙が全く止まらない。
がくっ、と膝が落ちてしまい、涙が溢れ――嗚咽までもが漏れてしまう。
おそらく、周りの人達はそんな僕を不審がって見つめていた事だろう。
その状態でどれほどいたのだろうか?
もう、時なんて忘れる程まで極限状態に陥っていた僕に『大丈夫?』と誰かが声を掛けた。
その声の方へと顔を上げると、そこには彼女――の母親の姿があった。
涙でぼやけてしまってよく見えなかったが、何故か僕は彼女の母親だと一目で分かった。
大丈夫?と、小首を傾げ口元に微笑を浮かべつつもう一度僕に問いかける。
――その声、その仕草が彼女と重なってしまい、僕は何も答えることができなかった。
そんな僕を、彼女の母親は優しく抱き寄せて。
――ありがとう――
そう、耳元で呟いた。
そして僕をゆっくりと立ち上がらせて、一通の手紙を僕に渡した。
それは彼女から僕宛へのもの。
目で彼女の母親に確認してみると、ゆっくりと頷いた。
――内容はまさに懺悔と言えるものだった。
丁寧な語調で淡々と自分の――罪をつらつらと書き記されていた。
罪――それは何よりも重い、殺人。
ただ、それは望んで行った訳じゃなく僕が手紙を読んでいる限りでは正当防衛。
自分の身体が見知らぬ誰かに犯され続け、その悔しさと絶望感からの行為。
僕はもう読んでいられなかった。
彼女が見知らぬ誰かに犯されたという事実もそうだが、それ以上に――彼女が人を殺したことに対する苦悩。
そして――自殺をするまでの経過が生々しく書かれていて、読んでいる僕までも胸が締め付けられるほど苦しかった。
だけど、最後の一言。
その一言が、僕の心を最も締め付けた。
――大好きだったよ――
その言葉にはどれほどの力があったのだろうか?
僕の頭の中は真っ白になって――ただただ、胸だけが引き千切れるんじゃないかと思う程締め付けられ続けた。
僕は感情を必死に押し殺して――押し殺しても震える声で、この手紙を読みましたか、と尋ねると、静かに首を横に振った。
――あの子の大切な想いだから――
そう言って、彼女そっくりの、あの見る物全てを照らすような微笑みを浮かべた。
――限界だった。
その笑顔を見た瞬間、押し殺していた感情が一気に爆発して、僕は本当の意味で涙をこぼした。
本当の意味。
そう――彼女の事だけを、ただひたすらに、想って――・・・・
海に浮かぶ月。
野に咲く一輪の白百合。
それはとても幻想的で――近くにある筈なのに、とても遠い物に思えてしまう。
彼女の笑顔もそうだった。
とても美しくて――それでいて今にも消えてしまいそうな程、朧げ。
今はもう本当に遠い所に行ってしまって、二度とそれを見る事はできない。
――けれど。
僕はずっと、僕だけでもずっと彼女の事を覚えていようと心に決めた。
彼女の、笑顔を。
笑顔の――本当の意味を。
――Smile means・・・・・・『LOVE』――
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